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68.日常、非。

「結希、任務だ」

 昼食を摂っていると、夜蛾からそう告げられる。結希は「はい」と返事をすると急いで残りの昼食をかっ喰らった。勢いに任せていたらむせてしまい、ゴホゴホと咳をする。

「焦るな焦るな」

 硝子が笑うが、背中をさすってくれる気はないらしい。硝子だけではない。夏油も、五条も。尤も、この二人には最初から期待などしていないのだが。結希はぐびりと水を飲む事で何とか自力で咳を止めた。ふう、と一つ息を吐く。死にそうだったと言えばそんな事では死なないよと夏油。じじいかよと五条。全く、愛がない。兎も角、食べ終えた。結希は一人立ち上がる。

「行ってきます」
「死なないように気をつけろよ」

 五条の皮肉に「誰が」と笑い返した。結希だってそこそこ強い。そう易々と負けたりしない。しかし油断は禁物という言葉もある。気も手も抜かない心算だ。確実に祓う、勝つ。結果が全てだ。終わりが良ければ全て良いのだ。
 用意された車に乗り込む。補助監督の後ろ姿を視界に捉える。よろしくお願いしますねと結希から声をかけた。それはこちらの台詞です、と返ってくる。律儀な人だな、と結希は思った。補助監督には丁寧な人が多い。結希はそんな偏見を持っている。

「詳細は」
「呪詛師です」

 その言葉で大体の事を察する。呪詛師なら、結希にまず声がかかるだろう。続けて説明する補助監督の言葉を何となく聞きながら窓の外を見る。街中から段々離れていく。現場は少し遠いらしい。午後から行くような任務ではないな、と思った。
 任務。助かるとは言われていたものの前回のそれから少し間が空いていた。考慮して貰っていたのだろう。気を使わせているのかもしれないとも考えた。そうならば申し訳ないと。一度夜蛾にも伝えた事がある。そうしたら「神野が気にする事ではない」と言われた。神野はただ神野らしく居れば良いと。自分らしく居る。という事が結希には分からなかった。らしいとはどういう事なのか。個性という事なら、結希は大分らしく生きている気がする。言われるまでもなく。伝わっていないのか、単純にまだ足りないのか。性格も関わっているので中々難しい。夜蛾は最後に「もっと大人を頼っていいんだぞ」と締めくくった。確かに、結希はあまり人に頼るという事をしてこなかった。大人に限らず、だ。けれど最近は少々変わってきている。仲間の大切さを知ったからだ。結希は独りではないのかもしれないと、思うようになっている。

「遠いですねえ……」
「すみません」

 結希の呟きに反応した補助監督に、謝る事じゃないですよ、と返した。任務が入ったのもその場所が遠いのも呪詛師のせいだ。全く、厄介なものである。車内はその後沈黙が続き、やがて青が赤に変わり始めた頃、結希は目的地に着いた。車を降り、一人でどんどん進んで行く。今回しょうけらは出していない。一本道だし、面倒な呪霊の気配もしなかったからだ。

「どこですかあ?」

 結希は声を張り上げる。相手には呪術師がやってきた事など分かっているはずだ。故に、下手に隠れたりはしない。意味がない。面倒だから出て来て欲しい。早く終わらせて帰りたいのだ。結希が居ても良いのだと思えた、あの場所へ。
 ガサリ。音がした。視線を向ける。初老の男が居た。目的はこいつだな、と確信する結希。悪役のようににこりと笑う。しかい赤い双眸は全く笑っていない。相手によってはこれだけで恐怖だ。だが呪詛師も伊達に歳をとってはいない。小娘の挑発程度で戦意を失くすくらいなら、はなから姿を見せず殺す。男は逆に挑発し返す。

「いやいやどこぞのお嬢さんかと思えば」

 神野家の家畜か。そう続けた。結希は目を細める。家畜という呼ばれ方は好きではない。私は人間だ、と言おうとしたところで相手の術にはまってはいけないと思い直した。冷静さを欠いたら勝てるものも勝てない。だから男の発言は流す。

「十二が閉(とず)、狐者異(こわい)」

 代わりに式呪を呼び出した。今回は狐者異一体で十分だと思った。先に手の内を晒して良いのかと言われるかもしれないが、式呪を出すタイミングに関係はない。先、後。出すべく時に出せたなら勝ち。結希はそう思っているし、そう戦ってきた。

「おいでよおじいちゃん。遊ぼ」

 そこからは戦いの始まり。結希自らが応戦する場面もあり、いくつかの傷を負った。だが最後は、狐者異が呪具ごと呪詛師を丸飲みにして終わり。血溜まりさえ出来なかった。全ては狐者異の腹の中。相手が居なくなったその地で、結希は最後の言葉くらい聞いても良かったかなと思った。思い残す事が何かあったなら、出来る範囲で叶えてやっても良かった。いや、でも。残忍な思考だなと、頭の中で切り替える。同情なんていらないのだ。求められてもいないのに情けをかけるのは、残酷だ。

「終わりました。帰りましょ」

 狐者異を戻し、結希も補助監督の元へ戻る。完全に日が暮れている。来た時と同じように外の景色を眺めた。寝る時間が少なくなるな、とぼうっと考える。まだまだ高専には着かない。そこで補助監督から「眠って良いですよ。着いたら起こします」と声がかかる。よく気のつく人だ。

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 スイッチが完全に切れた結希は、何事もなかったかのようにその赤い目を閉じた。


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