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67.傘

 教室。結希は机に突っ伏して半分寝ている。最近そんな事が多い。油断しているかのような。自然で良いじゃないかと級友に思われている事は知らない。結希はただ欲に忠実に居るだけ。随分な成長である。そう、これは成長なのだ。

「平和だ……」

 不意に頭を上げる結希。その声はしっかり三人に届いていた。何を言っているんだ、と五条が視線のみで返す。寝ぼけているようではない。夢を見ていたのかと思ったが、どうやら違うようだった。では何を考えていたのか。周りの会話には混ざらず、一人顔を埋めて。
 無言で居たと思ったら、いきなり平和だなどと意味不明な事を言う。平和では、ある。けれど口にする程の事でもない。

「良い事じゃないか」
「それはそうだ」

 夏油が一呼吸おいて結希に問いかける。結希は素直に頷いた。平和なのは良い事、小学生だって分かる。だが実感する事は少ないのではないだろうか。平和だと感じるのは、幸せな事なのだ。だから結希は、自分が今幸せの中に居ると解釈する。そして実は、まだ少々の欲を持っている。近頃考えている事だ。言おう言おうと思いつつ、口に出せずに居る。急ぐものでもないのでまあいいかと構えているが、このままだといつまで経っても伝えられそうにないので、どこかで言わなければと思っている。そしてその機会は、案外唐突に訪れるものだ。
 夏油が任務、硝子は用事があると行ってしまった。五条と結希二人きりになる。ねえ、と意を決した結希が外を見ている五条に話しかける。空は晴れている。今なら言える、と思った。空が高いうちに言ってしまおうと。

「お揃いが欲しいな」

 思い切って打ち明けた気持ちは、思ったよりはっきりとした言葉になった。五条にもしっかり伝わったのだろう。不意をつかれたような顔をしている。当然かもしれない。脈絡もなくいきなりそんな事を。けれど結希は目に見えて繋がっている証が欲しかった。なんでもいい、お揃いの何かが欲しい。縛りを、縁を。絆を、愛を。それが、生きていく上での一つの希望になる。今の結希は、そう信じている。

「結希もそんなもん欲しいと思うんだな」
「うざったいかな?」

 まあ、そう思うだろう。結希も思う。結希のような人間が、いきなりお揃いなどと言えば大体が五条のような反応を示すだろうと。それでも尚、伝えようと思ったのだ。らしくないと言われても。面倒だと言われればそれで良い。しつこくする心算はない。駄目だろうか、と思った結希に五条は「そこは失礼なって怒っとけよ」と返した。そして行くぞ、と続ける。

「え、どっか行くの?」
「買いに行くんだろ?」

 五条の行動が早すぎて結希の頭がついて行かない。待って、と言いながら慌てて鞄を手に持った。五条はゆっくり歩いていて、すぐに追いつく事が出来た。半歩後ろに落ち着く。隣を歩くのは気が引けた。五条も結希の心境を察しているのか、言及したり立ち止まったりする事はない。だが二人には明確に行きたいところはない。何を買うのかも決めていないのだ。必然的に、会話の内容は決まってくる。

「何にするんだよ」
「ナンモカンガエテナイ」

 五条が溜息をついた。結希のふざけたような態度のせいだ。しかし結希も本当に何も考えていなかったので答えようがない。取り敢えず色々見てみようよ、と言ってみた。頭の中では、何にしようかなとぼんやり考え始めている。ゆっくり街中を歩いて行く。小さな雑貨屋を見つけた。結希が立ち止まる。

「入るか?」

 五条の言葉に「うん」と短く返した。五条が扉を開ける。カラン、とベルが鳴った。オルゴールの音が流れている。正面に大きな振り子時計が飾られている。存在感があるな、と結希は思った。規則正しく動いていて、その音には心を落ち着かせる力があった。数秒見惚れてしまった結希だが、五条に軽く肩を叩かれてはっとする。改めて店内を見回した。色々なものが売られている。アクセサリーが多めだった。

「いらっしゃい。ゆっくり見ていってね」

 店の奥から一人の女性が出て来た。三十代くらいだろうか。落ち着いた印象の女性だった。結希は「有難うございます」と頭を下げる。その後近くの棚に歩み寄った。キーホルダーが並んでいる。一つ一つ全く同じものはなくて、ハンドメイドの一点ものかな、と思った。他の棚のアクセサリーもそうなのだろうか。
 たっぷり時間をかけて店内を回る。ぐるりと一周して最初の棚に戻ってきた。あまり五条を待たせるのは、とも思ったのだがじっくり選んで決めたかった。その中で、最初に目ぼしをつけていた猫のキーホルダーを手に取る。しっぽが右側の黒猫と、左側の黒猫。あまり大きくないし、丁度良いなと思った。

「いいんじゃねえか」
「うん。そうだね」

 後ろから見て五条もいいと思ったようだ。結希は二つを手に取り、購入する。品物を渡される際、店の女性に「貴方がたに幸せが訪れますように」と笑いかけられた。結希はどう言ったらいいか分からなくて「はい」と返すのが精一杯だった。
 店を後にして、袋からキーホルダーを取り出す。しっぽが右の猫を五条に渡した。右か左かは迷った。相合傘だと、左が男性で右が女性だという事を聞いた事がある。素直にいくなら左の猫なのだろうが、そこは捻くれた結希だ。お互いを持っていようという魂胆である。案外思考が乙女だ。
 空が低くなってきている。二人は目的も遂げたしと帰る事にした。寮にはあっという間に着いてしまって、少し名残惜しい。けれど今日はこれで五条と別れる事にして、結希は自室に戻った。キーホルダーを手に取り、眺める。
 迷ったのだが、休日出かける時用のバッグにつける事にした。

「有難う」

 独り言を呟けば、キーホルダーのふちが光に反射してきらりと光った。


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