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69.ブーゲンビリア

 結希の高専生活は順調だった。大分日々の在り方を取り戻してきている。先日任務の帰りでは、少しだけ仮眠をする心算が本気で寝入ってしまっていた。余裕が出て来た証だろう。良い事なのか悪い事なのか。良い事に決まっている。今の結希は、きっと年相応だと言える。
 それにしても、結希は思う。あの時は補助監督に迷惑をかけてしまった。起こすのに苦労しただろう。目を覚ました時の狼狽えた顔。眉が分かりやすくハの字になっていた。すみませんとは謝ったが、申し訳ない気持ちは消えない。今度会ったらまた謝ろうと思っている。引きずり過ぎだろうか。引きずりすぎかもしれない。

「ふわあ……」

 教室。そんな事を考えていたら大きな欠伸が出た。最近ずっと眠そうにしているね、と夏油から声がかかった。最近ずっと眠そうにしているね、と夏油から声がかかった。否定出来ない。理由はそれぞれ。今日は、単純に眠れなかっただけ。本を読む気力もなく、ただ何となく夜を過ごしていたら時計の針はいつの間にかてっぺんを超えていた。理由という理由でもない。だから弁明は割愛する。

「いや分かってる、分かってるよ、寝ないから大丈夫」
「誰も何も言ってないでしょ」

 今度は硝子が笑う。何だかこのところ、結希は玩具にされているような気分になる事がある。揶揄われているというよりは、玩具だ。遊ばれている。困った事に、それが苦痛ではない。これも慣れだろうか。以前より仲が良くなっている事は確かだ。それは、結希が結希として生きる事を選んだから。居場所。そう、居場所だ。今が楽しい。ここが楽しい。ずっとこの仲間と居られたら。結希は心の底からそう思う。呪術師という特殊な立場上難しいのかもしれないが、出来る限り一緒に。五条はいつまで一緒に居てくれるだろう。結希は更に考える。眠いので頭はそんなに回っていない。大人になった時、まだ隣に居てくれるだろうか。そうだったらいいのに。
 また欠伸が出る。寝るのだけは避けたい。視線を五条に移すとお構いなしに机に突っ伏していて刺してやりたくなった。

「おいこら寝てんじゃねえ」
「ああ? 口悪いぞ」

 寝る体勢ではあるものの五条にまだ意識はあったようで、怠そうに頭を上げた。結希はじとりと睨まれる。何も怖くない。
 まず結希の声がけに全く答えず口の悪さを指摘してくるのが気に食わない。正しいのは結希の筈だ。居眠りしていると怒られる。それを阻止してやろうとしているのだから、ここは起こしてくれて有難うの筈。それをこの男は、口が悪いの一言で片づけようとしているのだ。これは喧嘩だなと結希は受け取る。

「悟くんに言われたくねえのよ」
「いや、悪いぞ」
「うん、悪い」

 夏油と硝子から突っ込みが入る。五条がにやにやしながら結希を見ている。勝った、そう言われているように感じた。その顔を物理的に潰してやりたいところだが、結希にそんな力はない。ただただ「敵しか居ない……」と項垂れた。結希の身にもなって欲しい。自分が眠いのを必死に我慢しているのに近くですやすや寝られたらそれは殺意も沸くというものだ。夏油と硝子は眠くないから呑気に見ていられるだけ。結希の思考は正常なのではないか。

「じゃ、俺寝るから」
「いや寝ないでよ起きようよ。授業だよ」

 一連のやり取りの後平然と寝ようとする五条。今度は冷静に突っ込む結希。夏油と硝子は五条が寝ようが寝まいがどちらでも良いらしく関与してこない。五条を起こせるのは結希だけだ。寝たら授ついて行けなくなるよ、と言えば「俺天才だから大丈夫」との回答。全く以って意味が分からない。五条が天才なのは知っている。呪術師としてだ。頭脳がどうなのかは聞いた事がない。あんなに難しい術式を使っているくらいなのだから良いのだろうか。そんな考えに至って結希はいやいやと首を振る。そういう問題ではないのだ。

「いいか寝てみろ、水ぶっかけるぞ」
「お前何か俺に恨みでもあんの?」

 そんなものはない。ただもう一度言うとすれば、殺意は沸く。結希は本気だ。視線はバケツを探している。今鞄の中に入っているペットボトルの水を背中に流し込んでもいいなと思った。地味な嫌がらせだが、効果はるだろう。結希は五条が起きれば何でもいいのだ。座学はあと一限だし、頑張れば耐えられる筈だ。結希に出来る事が五条に出来ないわけがない。

「悟くんが寝たら私は傑くんと硝子と三人でスイーツを食べに行く。かっこ私の奢り」

 思いついた事を特に何も考えずそのまま口にしたら、ムッとした表情で体を起こす五条。除け者にされるのは嫌だろう、結希はそんな心算で言ったのだが五条の受け取り方は少し違う。だがそれに結希が気づく事はない。やっと起きたかと溜息を吐いた。

「放課後は皆でスイーツ?」
「言っちゃったし、行こうよ」

 硝子と結希の会話だ。そこに夏油が、行くけど自分の分は出すよ、と入って来る。乗り遅れたのは五条だ。ただその視線に、結希は気付く。嫌な視線ではない。

「悟くんのは奢るって。起きてたご褒美ね」
「子供かよ」

 私ら皆子供でしょ、そう返したら五条は後は何も言わなかった。結希は急に出来た放課後の用事にわくわくしている。この四人、かたまっていると中々の存在感なのだが、当の本人たちは全く気にしていない。
 四人は夕方、街へ繰り出した。


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