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43.それぞれの

「ってわけで、何日か会えねえと思うから」
「何て?」

 結希が聞き返したのは納得出来なかったからではない。理解しきれなかったからだ。
 その日、五条と夏油が一触即発の雰囲気になって、これは巻き込まれると面倒だと硝子と逃げた。その後どうやら教室では夜蛾がやってきて話になったらしい。

 告げられたのは星漿体の少女の護衛と抹消。聞いただけで中々ハードな任務のようだった。なぜそんな任務に二人が抜擢されたのかはよく分からない。実力を認められたのか、呪術師不足なのか。両方かもしれない。どちらにせよ、二人を心配する気持ちに変わりはなかった。

「さくっと終わして帰ってくるから大人しくしてろ」
「私は犬か」

 軽口が叩けるなら大丈夫だろう。結希は気付かれないように心を落ち着かせる。せめてもの強がりも、きっと五条には隠しきれていないだろう。それでも何か言わずにはいられなかった。素直な言葉を吐けない自分に、結希は落胆する。五条とてもっと素直な彼女の方がいいだろう。だが今は、そんな事でうじうじしている場合ではない。
 これから大事な任務なのだ。せめて帰る居場所を作って待っていようと、結希は思った。ハードな任務になるだろう。二人が大きな怪我もせず帰って来られますように。結希には祈る事しか出来なかった。硝子のように治癒の力があれば、役に立つ事も出来たのだろうか。何も出来ない。何も。だからせめて想いだけは、そう言い聞かせた。
 拭えない大きな不安の名前が分からなくて、なんだか泣きそうになったけれど、五条ならやり遂げると心に言い聞かせた。

“今沖縄なんだけど何か欲しいもんある?”
「何て?」

 唐突にかかってきた電話。五条からのそれに何かあったのだろうかと驚いて慌てて出て、その第一声がそれである。
 結希は全身から力が抜けていくのを感じた。何故沖縄に居るのか。護衛任務はどうしたのか。聞きたい事は山ほどあったが呆れてしまって次の言葉が出てこない。電話口で黙っていると、聞こえているのを確かめるように五条が声を上げた。その声に結希は現実に引き戻される。

「何で沖縄なの」
「説明が面倒」
「頼むから分かるように説明して」

 結希のその言葉に五条は不満そうにしているのが伝わってきたが、結希とてこんなに心配しているのだ。聞く権利くらいあるだろうと引き下がらず問いかけた。

 五条の話によると、護衛任務中に星漿体の少女の世話係が拉致されたらしい。そしてどんな取引になったのかは省略されたが、その取引場所が沖縄に指定されたのだそうだ。沖縄に飛んだ三人は、さっさと世話係の女性を救い出して、なおかつ拉致犯の尋問まで終えてバカンス中らしい。

 全く、話についていけない。何をしているんだと責めたくすらなる。この分だとやはり自分の心配は杞憂だったかと、結希は思う。それはそうだ、何と言っても五条と夏油なのだ。ふざけた所はあれど、実力はある。ただ一つだけ、思う事はあった。

「……悟くん、何か隠してるよね」
“……何もねえよ”
「無理、しないでね」

 その後二、三会話をして、結希は電話を切った。五条は何も隠していないと言ったが、言葉を発するまでの微妙な間。それに、何となく疲れているような、どこかおかしいような、そんな印象を覚えた。
 無理をしているのではないか。一緒に居る夏油なら分かるだろうか。こっそり連絡してみようかとも思ったが実行はしなかった。夏油とて任務で疲れているのは同じだろう。変な気を使わせたくなかった。それに、夏油と五条ならお互いフォローし合えるだろうとも思った。部外者の口添えは無用だ。

 星漿体の女の子はまだ中学生だという。なのにもうすぐ天元様と同化しなければいけない。少女は、それを受け入れているのだろうか。受け入れて、今まで生きていたのだろうか。強い、と思う。結希は自分の運命を受け入れる事が出来ていない。強い、のだろうか。本当はまだやりたい事も沢山あって、一緒に居たい人も沢山居て。でも運命だからと強がっているのではないだろうか。結希にはそう思えて仕方なかった。

 もし結希が少女に会う事があったら、何と声をかけただろう。思いつかなかった。結希は星漿体の少女がどんな人間なのか全く分からない。明日の日没後、同化してしまう少女。もうきっと、会う機会もないのだろう。なんだか心の中がもやもやして気持ち悪かった。

「五条?」

 隣に居た硝子が話しかけてくる。結希は頷く事で硝子の問いに答えた。今沖縄に居るらしい事を、電話で五条に聞いたそのままに伝える。結希の主観は一切交えなかった。それでも硝子は何か察したようで。

「必要な事なんだよ。全部さ」

 そうぽつりと零した。結希には硝子の顔を見る自信がなかった。硝子とて、何かを思った事に違いないのだ。それが結希と同じ事か、はたまた全く違う事なのか、結希に推測する事は出来ない。出来ないけれど、硝子の言葉は心の中に沁みていった。

 呪術師だからという訳ではないが、一日一日は大切にしないといけない。過ぎた一日は、もう戻ってこないのだ。呪術師は、普通の人間よりは死に近い所に居ると、結希は思う。いつ任務で命を落としてもおかしくないのだ。そんな事は皆分かっている。だからこそ、他人の一日も大切に思う事が出来る。思う事が出来るように、結希もなった。

「帰る場所作って待っててあげよう。明日には全部終わるんでしょ?」
「うん、そうだね」

 それが、今の結希に出来る唯一の事なら。せめて帰る場所が休まる場所であるように。用済みになった携帯を、祈るように握りしめた。


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