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44.暮れる

 沖縄から帰ってきたと思われる五条と夏油は、結希達の元へは姿を現さず、そのまま星漿体の女の子の護衛をしていた。無事天元様の元へ導くまでが任務なのだから、結希達に顔を見せる暇なんてないのだろう。
 任務の内容が内容なだけに不安を拭えない結希だったが、二人なら大丈夫だと自分に言い聞かせていた。

 だから急遽呼ばれた硝子に無理やりついて行って、夏油の姿を目の当たりにした時、結希は絶句した。瀕死の夏油が倒れていたのだ。五条の姿はない。術式を使って夏油を治していく硝子を見つめる事しか出来なくて、結希は疎外感に悩まされる。
 大事な級友を傷つけた相手は許せない。もしかしたら五条はまだ一人戦っているのかもしれない。夏油のものではない血だまりは、一体誰のものなのか。様々な感情が押し寄せてきて、結希の混乱を誘う。

「……っ」

 やがて夏油が意識を取り戻した。その姿を見て結希はほっとする。硝子とてそうだ。夏油はそんな二人の思考を知ってか知らずか、立ち上がって何処かへ行こうとする。待って、とは言えなかった。少なくとも夏油の中では、まだ任務は終わっていない。それを感じ取ったから、結希は何も声をかけなかった。ただ、気を付けて、と心の中で祈った。

 長い一日だった。結希は部屋に一人で居る気分にならずロビーで帰ってくるであろう二人を待っていた。硝子にも付き合って貰っている。そわそわしている結希とは違い、硝子は一見落ち着いているようで。でも心中は穏やかではなかった。悟らせないのは硝子の能力か、単純に結希がそれ所ではないだけか。本当の所は、誰にも分からない。

 長い一日だった。思いのほか静かに扉が開いて、任務を終えたであろう二人が姿を現した。結希は声をかけようとして、だが五条の様子に固まる。目の前の五条悟が、自分の知らない人間のような気がした。そこに居るのは確かに五条だった。血まみれの様相で、立っている。いつもの威勢はない。それよりももっと、深い所で。結希が感じたのは、違和感。それを口にするより早く、結希は五条に抱きすくめられていた。

 突然の事に動揺する結希だが、思いのほかきつく抱きしめられ身動きが取れない。五条はその高身長を折って、結希の肩に顔を埋めるようにしている。そのおかげで五条越しに見える夏油に視線を投げる。疲れ切ったような顔をしていた。その夏油が、近づいてきて結希の頭を撫でようとする様に手を伸ばす。

「傑、触んな。俺のだ」

 あと少しでその手が結希の頭に届くという所で、まるで見ているかのように五条が一言発した。帰ってきてから、初めての五条の声だった。
 その言葉に夏油は困ったとばかりに眉尻を下げ、宙で止まった手を下ろした。

「大丈夫、だったの」

 結希の言葉に五条は答えない。ただ抱きしめる力が少しだけ強くなった。結希はどうしたらいいのか分からずもう一度夏油に視線を送ったが、夏油も何も答える様子がない。何があったのか、把握できない結希はただ狼狽えるばかりだ。

「怪我、してないの。硝子に診て貰っ」
「黙って」

 何を言えばいいのか分からなくなってしまった結希が何とか話をしようと試みるが、五条が発した二言目で否定されてしまった。こうなってしまっては結希に出来る事は何もない。ただ五条のしたいようにさせようと思った。それで気が済むのならば、と。

 夏油と硝子がその場を去っても、二人が動く事はなかった。結希の行動は五条によって制限されている。暫くはそうしていようと思った結希だが、あまりにも五条の反応がないので不安になってきた。

「悟くん? 怒ってる?」

 勇気を出して聞いてみても、やはり五条は黙ったままで。結希が感じる不安が大きくなっていく。それでも、不安にさせるのが五条なら、安心させるのも五条だ。質問の答えは返ってこなかったが、変わりに五条は小さく結希の名前を呼んだ。その声はしっかり結希に届いている。そして、次に紡がれた言葉も。

「もし俺が死んだら」
「死なないよ」

 言い切る前に否定した。珍しく弱気になっているのには訳があるのだろう。任務関連である事も明らかだった。それでも、結希は言い切った。

「悟くんは死なない。傑くんも硝子も死なない。私たちは最強でしょ?」

 最強。そう、最強なのだ。五条は口癖のように夏油と、自分たちは最強と言っていた。そこに結希は入っていないのだろうと思っていたが、結希は敢えて最強の中に自分と硝子も含めた。その方が、今の五条は安心するのではないかと思ったのだ。五条は再び黙る。でもきっと大丈夫だと結希は思った。

 五条の背中にそっと手を回す。そうして、とんとん、と宥めるように背中を叩いた。今の五条は大きな子供のようだ。少しだけ、五条の力が抜けたのを感じる。放っておいたらこのまま泣き出してしまいそうだ。今五条を一人にすべきではないと結希は全身で感じていた。

「本当に嫌になったら、一緒に逃げようか」

 君は絶対最後まで世界の為に戦うんだろうけど。結希は思う。思ったが言わなかった。五条の中に巣食う正義感は、きっと消える事はない。五条はいつだって、選択を間違えない。それが、結希は羨ましい。
 だからこそ、そう口にした。せめて逃避する先が、自分であるように。本当頼って欲しいと言いたかったが、それはこの場には適していない。結希に出来るのは、共犯になる事だけだ。五条を一人にしない。結希を一人から救ってくれた五条を、決して一人にしない。その意志がどこまで五条に伝わっているのか、結希にはわからない。お節介かもしれない。けれど結希は、五条と共に歩みたいのだ。

長い一日の、終わりが近づいていた。


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