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36.ガーベラ

 週末の夜。結希はロビーでだらけていた。明日は一日休み、特に予定もなし。どうやって暇を潰そうか、そう考えていた結希に五条が声をかけてきた。

「結希。明日出かけるぞ」
「また急な」

 今頃言われても、である。五条はいつも唐突だ。こんな生活だ、必然的に唐突になってしまうのは仕方のない事なのだが、それにしたってもう少し誘い方があるだろう。仮にも二人は付き合っているのだ。そんな、ちょっとコンビニ行こうぜ、的なノリで来られても返答に困る。割り切ろうと思っても、結希は多少不安になる時もある。五条がそれに気づいているかいないかは、結希には察する事が出来ない。故に偶にこうやってもやもやする心に手を焼いているのだ。

「どうせ予定ないだろ」
「まあそうですね、暇です」
「じゃあいいだろ」

 暇なものは暇だったので、そこは素直に答える。だがどうせ、等と言われると少し苛立ちを覚えた。その真っすぐな物言いは、時に結希を傷つける。本人に自覚がないから質が悪い。

 五条から見た結希はそんなに図太いのかと考える事もあるのだが、今までの級友に対する態度を考えた時に、そう見えると思ってしまう結希も居て。だから毎回深くは突っ込めない。出来る事ならもう少しだけ、彼女らしい扱いをして欲しいと思う事もあるけれど、そもそも結希が彼女らしい扱いとは何かを分かっているわけではないのでそこも何も言わない。
 五条と付き合い始めたとは言え、結希の対人スキルが上がったわけではないのだ。寧ろよく付き合うなんて事になったものだと思う。まだまだ、慣れない事ばかりだ。

「デート位もう少し格好良く誘えよ」
「お前たまにすげえ口悪いよな」
「それはどうも」

 だから結局いつも、こんな物言いになってしまう。五条とてそれを分かっているので、これがいつも通りの会話だ。結希も自分で口が悪い自覚はある。しかしそういう風に人格形成されてしまっているので、今更直す気にもならず。きっと直そうと努力すれば直るのだろうが、そんな事をした所で五条に気持ち悪いと一蹴されるのがオチだろうし、夏油と硝子にも笑われるかもしれない。それならこのままでいいかと、結希は努力から逃げている。無駄な事にエネルギーは使わない、そう言い聞かせて。

「これ褒めてんだと思ってんなら相当頭イカレてんぞ」
「イカレてて結構」

 五条は思った事をはっきり口にする。それがかえって有難かった。だから結希も思った事は口に出すようにしている。この所、冗談に冗談で返す事が出来るようになってきた。入学した頃からの関係の変化に一番驚いているのは結希だ。こんなに仲良くなる予定などなかったのだから。
 自分が生きている意味を忘れてはいないが、こうして交流を深めたって文句など言われないだろう。結希だって高校生なのだ。

「悟くんさ」
「何だよ」

 ふと、思った事があった。それは本当にどうでもいいような事で、態々口にする程の事でもなかったかもしれなかったけれど、それでも結希は口にした。

「もやしとかかいわれとか、言わなくなったよね」
「元からそんなに言ってねえだろ」
「いや言ってた。デフォルトみたいに言ってた」

 入学当初から言われていた悪態の数々。最近五条はそれを言っていない。いつの間にか、結希の事を名前で呼ぶようになっていた。五条の心境の変化は結希には分からないが、きっと何か思う所があったのだろう。散々もやしだかいわれだと言われてきたのでまだ名前呼びにまだ違和感を覚える事もあるが、それは慣れて行けばいい事だ。

「記憶違いじゃねえの脳神経外科行くか?」
「行くのは貴方ですよ五条悟さん」
「さん付け気持ちわりいからナシ」

 尚も突っかかってくる五条に、結希は努めて真顔で返した。そうしたらさん付けは嫌だという。この場面、突っ込む所はそこだろうかと考えもしたが、五条の思考が読めるなんて事はないので放置だ。
 それより面白い遊びを、結希は見つけてしまった。

「悟さん悟さん」
「〆るぞ」
「ドメスティックバイオレンス!」
「せめて略せよ」

 遊んでいたら実力行使されそうになる。最初の反応は楽しかったのに、五条の適応力の速さに結希は感心する。遊びは一瞬で終わってしまった。せめてもの反論も流されてしまい、結希としてはこれ以上揶揄う所が見つからない。

「で、何処行くの」
「決めてねえ」
「はーつっかえ」

 デートだと思ったので何か考えていると思いきや完全ノープランだった。女子同士の外出じゃないのだし、誘ったからには行く所くらい考えてくれてもいいのではないか。いや、女子だって行きたい所の数か所くらいピックアップするだろう。ずぼらなのかなんなのか、結希の視線は自然と冷たくなる。

「別に寄りたいと思った所寄ればいいだろ」
「それもそうだ」

 その後の五条の言葉に、結希は思わず頷いてしまった。一人でだったり硝子と街を歩く時は偶にあるけれど、五条とならまた違った発見が出来るだろう。二人が揃って一日何も予定がない日は実はあまり多くない。いつも偶々空いた時間に五条の部屋に少しだけお邪魔する事が多かった。だからこうして誘われるのは、幾ばくか緊張したりする。外に出るからにはそれ相応の格好をしないと五条に釣り合わないからだ。部屋に行くより外を歩く方が緊張するなんて、普通逆だと思われるかもしれないが、実際そうなのだから仕方ない。

「街ぶら、以上」
「了解しました悟さん」
「〆るぞ」
「ドメスティックバイオレンス第二弾」

 追い打ちにさん付けで呼んでみれば、全く同じ返答が返ってきた。だから結希も同じような反応で返す。こうやって話せるだけで、結希は満たされた。
 半人前なのはまだ変わっていない。領域展開まで会得すれば、本家も認めてくれるだろう。それがいつになるのか、結希にはさっぱり見当がつかない。だから不安も抱えている。
 その不安も、五条と居ると緩和する事が出来た。何だか五条を利用しているようで申し訳ない、と思ってしまうのは結希が基本マイナス思考で生きているからか。五条はそんな事全く気にしていない。

「遊んでるだろ」
「楽しい事考えてたいじゃん?」

 呆れたように言う五条に、結希は当然だろうとばかりに言い放った。本心だった。それを、五条も察したようだった。だからそれについては茶化すような事はしない。

「楽しいならいいわ」
「……有難うね」

 何に対する有難うなのか。それを否定してしまったら結希がまたふさぎ込んでしまいそうで、五条は何も言わず、頭の中で明日歩くコースを考えたりしていた。
 もうすぐ日付が変わる。


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