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35.尊いもの

「結希。この前貸してくれた本、面白かったよ」

 朝、教室にて。夏油は一冊の本を結希の机の上に置いた。ハードカバーの少し厚みのあるその本は、読み応えがありそうで。夏油の言葉通り、結希が貸したものであるのが、同じく教室内に居た五条にも硝子にも伝わった。

「本当? 良かった。傑くんも本読む人だったんだね」
「たまにね」

 結希が貸したのはミステリー小説だ。シリーズものなのだが、本の厚み以上に内容が濃くわくわくするもので、お気に入りの小説の一つであった。寮の結希の部屋には、今まで出た五冊が揃っている。
 今回夏油に貸したのは一冊目だ。話は完結しているが、続きがある。

「次のも読む?」
「ぜひお願いしたいね」
「わかった、後で」

 結希的には本を共有できる人間が出来た事が嬉しくてたまらない。だから周りの様子など全く気にかけていなかった。それが五条であってもだ。

 一方の五条は良い気はしない。自分の知らない所で彼女と夏油が仲良くしているのだ。万が一はないと思っていても保証があるわけではない。丸くなった結希は級友を仲間として受け入れている分不安に思う事もある。夏油にその気がなくても、結希が気移りする可能性は分からないのだ。五条は手放す心算はないが。

「何結希。傑に本なんか貸してたの」
「そうそう、興味あるって言ってたから」
「ふうん」

 問うたらあっけらかんと答えた。そこに裏も何もない。裏がないからこそ質が悪いと、五条は思う。無自覚程怖いものはない。だがそれが結希の本来の姿なのだろうとも思う。約一年間一緒に過ごしてきて、今が一番馴染んでいる。微笑ましい事だ。このままで居て欲しい、というのは結希を除く三人の総意だ。

 やっとここまで来た。五条に関しては、結希の生い立ちも知っている。他の二人も、聞きはしないものの何か事情があるのは気付いていた。だから、結希の態度が軟化したのは嬉しい事だったし、五条と付き合う事になったと言われた時はよくやったと思ったものだ。

「悟は独占欲強いよね」
「は?」

 夏油が当たり前の事のように口にする。実際硝子も言わないだけで心の中では何を分かり切った事を、と思っている。不機嫌な顔をしているのは五条のみだ。

「で、結希は鈍感」

 夏油が続ける。結希は言葉通りに捉えて、自分がいつ鈍感だと思われるような事をしたのだろうかと考える。自覚はない。何か迷惑でもかけたのだろうかと思うが、思い当たる節がない。だから。気づいていないから鈍感だと言われるのだろうか。それは申し訳ない。そうして謝罪と追及を口にしようとしたら「結希が考えてるような事じゃないから大丈夫だよ」と夏油に思考の先回りをされてしまう。

「遊んでんじゃねえよ」
「遊んでなんかいないよ?」

 五条と夏油の間には明らかな温度差が感じられる。夏油と五条、明らかに五条の方が余裕がない。硝子から見れば、今の五条は完全に夏油のおもちゃだ。

「何の話?」
「何だろうね」

 そこで雰囲気を感じ取ったが理解していない結希が、夏油に問いかける。二人がこんな雰囲気になるのは珍しい事ではないが、いつもより五条の機嫌が悪そうなのが気にかかった。けれど五条は結希の声は聞こえない振りだし、夏油はお茶を濁す。

「硝子、二人が仲間外れにする」
「二人とも結希が好きなんだよ」

 二人の方を指さしながら結希は硝子に助けを求める。硝子は机に頬杖をついて二人を面白いものを見るような目で眺めながら、結希にそう言った。

「うええ、気持ち悪」

 思わず唸る。本心だ。仲間外れにする理由が好きだから、という小学生思考がまず意味不明だったし、そもそも好きだのなんのという話が、あまり得意ではない。それが級友としてのという話でも、恋愛におけるそれでも。
 ではあの日、何故五条に好意を言葉で伝えろと強要したのか。ふと頭の中に場面が浮かんでかき消した。あの時はどうかしていたのだ、そう自分に言い聞かせている。

「だって、お二人さん」
「心外だねえ」

 硝子が話を振るも、二人の態度は変わらない。ただ夏油が、大げさに手を広げて見せた。揶揄う気満々、といった様子に結希は大きく息を吐く。

「思ってる?」
「思ってるよ」
「うええ、気持ち悪」

 聞いてしまってから、それを後悔した。後悔して、同じ言葉を繰り返した。気持ちは先ほどの二倍は込めている。
 そうして夏油の言葉に首を傾げつつある一つの結論を導き出した結希は、はっと顔を上げた。

「あ、分かった。悟くんも読みたいんだな」
「はあ?」

 明後日の方向から飛んできた結希の言葉に五条は顔を顰める。けれど結希はそんな五条の表情の訳には気づいていないようで、勝手に話を進めていく。

「興味あるの映画化したのだけかと思ってた。貸して欲しいなら素直に言えばいいのに」
「いや……まあいいわ」

 言って夏油が返した本をそのまま五条へ渡す。五条は何か言いたそうにするも無駄だと思ったのか本を受け取った。その表情を見て硝子がクスリと笑う。知らぬは結希ばかりなり、だ。

「鈍感」
「だからそれ何の話なの」

 そこにまた夏油が口を挟んだ。先ほどから楽しんでいるのは分かるのだが、言わんとしている事が分からない結希としては素直に尋ねる事しか出来ない。はぐらかされるのが分かっていても、だ。

「結希はそのままが良いねって話だよ」
「んん?」
「だから遊んでんじゃねえって」
「んん?」

 夏油の言葉にも五条の言葉にも納得する事が出来なくて、結希は今日散々傾げた首をまた傾げた。このままでは自分の首は傾いた状態で定着してしまうのではないかと馬鹿馬鹿しい事を考える。

 ふと、平和だなと思った。こんな日常がずっと続けばいいのに。それは叶わない願いだと分かっている。分かっているけれども、願わずにはいられなかった。



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