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19話 見えたって

 公園に足を向けるのは、迅にとって日課に近いものとなっていた。行けばいつきが居て、他愛もない話をする。自称透明人間の彼女は、迅の話が新鮮らしく、どんな話題でもにこにこ笑いながら聞いてくれる。

 それを見るだけで、迅の心は洗われるような気がした。日常であるのに非日常であると勘違いしてしまうような、この空間が迅は気に入っていた。

 一方で、終わりがあるものである事も自覚していた。いつか迅はいつきの魔法を解いて、透明人間の呪縛からいつきを解放してやらなくてはいけない。
 なんとなく、もうすぐそれを実行しなければいけない気がして、心寂しく思う時があるのも事実だ。

「いつきちゃん」

 片手を上げて先にベンチに座っているいつきに合図をする。
 いつきがこちらを向いた、その瞬間。今までのものより強い未来が飛び込んできた。それは、いつきが涙を流すシーン。元々泣いているいつきを笑顔にする為に近づいた迅だったが、ほぼ確定しているようなその未来に、迅は面食らった。
 未来はいつも、迅の意思など知った事かと突然形を変える。

「魔法使いさん、こんにちは」

 現実のいつきは笑っている。未来は、いつ訪れるのだろうか。迅は急に怖くなった。もしかして、自分が関わる限りいつきが心の底から笑う日は来ないのではないかと思ったのだ。

 もしそうなら、自分に出来る事はひとつしかない。魔法使いとして出来る事は、最初からひとつなのだ。

「いつきちゃん、聞いて。カケラが集まったんだ」
「本当ですか?」

 いつきは期待半分、不安半分といった表情でこちらを見ている。見えるようにはなりたいが、今までのいつきにとっての現実が変わる事になるのは不安、といった所だろうか。
 それはそうだろう、現実の変化には常に不安がつきまとう。いつきでなくても、不安になるだろう。

 けれど迅は役目を全うしなければならない。だから、いつきに言った。

「準備は整った、魔法をかけるよ」

 ゴクリ、といつきが喉を鳴らした気がした。緊張しているのが伝わってくる。今日で、いつきの日常が変わる。いつきにとっての普通が、普通でなくなる。

「目を閉じて」

 実際は手掛かりなんて何一つなかった。迅は魔法使いではない。自分から言い出したこの設定を、本心から後悔していた。
 なぜもっと違う形でいつきに接触しなかったのか。何故素直に話しかけられなかったのか。悔やんでも、もう遅い。

 カケラなんてないのだ。いつきを幸せに出来る人間を見つけ出す事も、結局できなかった。中途半端だ。中途半端に関わって、今いつきの前から去ろううとしている。

 自分はなんて残酷な人間なんだろうか。きっと性根がもうそうなのだろう。
 ごめんね、とは言葉にしなかった。言えなかった。いつきと出会ってからのこの時間が、全て無駄だったのではないかという思いを否定したかった。

 ただ素直に目を閉じているいつきを、無性に愛おしいと思った。思った所で、どうする事も出来ずに。

「君はもう、透明人間じゃない」

 数秒の沈黙の後、迅はそう言った。感情を隠すのは得意だ。けれどこの場に限ってはそれが通用しない気がして、複雑な気持ちになった。だから悪あがきに、なるだけ柔らかい声を出す。

「目を開けていいよ」

 いつきの瞼がゆっくりと開かれていく。開ききったその目は、真っすぐに迅を捉えていた。純粋すぎるその視線に、迅は思わず後ろめたさを感じる。

「何も変わった気がしません……」
「でも君はもう皆に見えるようになってるよ」

 キョロキョロと辺りを見回すいつき。自分の身体を触って確かめたりしていたりもして、見ていて微笑ましい。邪な気持ちがなければ、ただ笑えたのだろうか。

「魔法使いさん、私が見えますか?」
「おれには最初から見えてたでしょ」

 そうでした、といつきは初めて自覚したように言う。それが可笑しくて、悲しくて。隠すように笑顔を張り付けた。

 未来のいつきは、迅が最終手段に出たというのにまだ泣いている。駄目だった。何も出来なかった。どうすればいつきを笑顔に出来たんだろう。どうすれば、いつか見た笑顔のいつきを現実で見る事が出来たのだろう。

 どこで、間違ってしまったのだろう。考えてももう遅い。迅の役目は終わってしまった。

 いつきは相変わらず落ち着かないようでそわそわしている。実感がないのだろう。それはそうだ、実際何も変わってはいないのだから。

 全ては、いつきの心ひとつだったのだ。最初から、透明でなどなかったのだ。気づいていないのは、本人だけだった。迅はきっかけを作ったにすぎない。随分慎重なきっかけではあったが。

「魔法使いさん、有難うございます」

 そう言って笑ういつきを、迅は直視する事が出来なかった。ただただ、気づかれないように。それを恐れていた。そして、もうこの公園には来ないようにしようと、顔には出さずに思っていた。

 これ以上いつきに関わっても、自分は何もする事が出来ない。ならばもう、終わりにしよう。紛い物の魔法使いは、ここで消えよう。



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