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18話 花束を貴方に

「思った程の人じゃなかったね」

 休日の映画館は当然の如く混んでいたけれど、観ようと思っていたタイトルはマイナーという事もあり席の空きは十分あった。
 迅といつきは一番後ろの真ん中あたりに二人並んで席を取る。

「今日はカップルデーなので、割引になります」

 受付の女性がそんな事をいうものだから、迅はなんとなく居心地の悪さを感じていつきの方を伺う。いつきは能天気ともとれるような口ぶりで、「ラッキーでしたね」と笑っていた。
 いつきにとって自分は、どこまで行っても魔法使いでしかないのだろうか。そう思うも、自分がそんな事を思うのも何だか違う気がして。ただの魔法使いでいいじゃないかと、半ば無理矢理心を納得させた。

 映画館は一番後ろの席が好きだ。背後を気にせず観る事が出来る。いつきは映画館で観る習慣はないらしい。あまりテレビも見ないのだと、迅は話の流れで聞いた。だから迅が一方的に席を決めても、何も不満を言う事はなかった。

「テレビも見ないと情報に疎くならない?」
「情報に疎くても生きていけるから」

 当然のようにいつきは言うが、それは悲しい事なのではないかと迅は思う。一人きりでいいのだと、言っているように聞こえたからだ。

 気づかず暗闇の中に居る事を当たり前だと肯定しているいつきを、日の当たる場所まで引きずり出したい。それは迅のエゴかもしれなかったが、思ってしまったのだ。そして関わってしまった。もう後戻りは出来ないし、そもそもしたいとも思わない。
 いつきの笑顔を。現実の笑顔を見たい、そう思ったのが何故だかは迅本人にも分からなかったが、きっと見る事が出来ると信じていた。

「面白かったです、魔法使いさんの言った通りでした」

 映画館を後にし、二人でついでだからと街をぶらぶらしながら、いつきが言った。感情が高ぶっているのが顕著に表れているのが伝わってきて、連れてきて良かったと迅は思う。
 あそこ感動したとか、あのシーンが格好良かったとか、時折見せる饒舌ないつきがまた顔を出していた。

「映画っていいですね、また来てみたい」
「じゃあまた連れてきてあげるよ」

 少し図々しいかもしれないと思ったが、迅はそう提案した。そうしたらいつきは嬉しそうに大きく頷く。

「私は流行とかわからないから、魔法使いさんが沢山教えて下さい」

 あまりにも楽しそうに言うものだから、迅は思わず笑ってしまった。いつきがそれを見て首を傾げる。何か変な事でも言ったかと問ういつきに、迅は何でもないよと答えた。

 これだけ見れば歳相応なのに、と思う。寧ろ子供っぽさまで感じる。同時に、自分の前でそういった表情を出してくれる事に、迅は喜びを感じていた。
 一種の独占欲なのかもしれない、と考えたが、必要ない感情だと思いに蓋をした。

「あ」

 迅が複雑な思考に頭を使っている間、いつきがあるものを発見して声を上げる。視線の先にあるのは一軒の花屋だった。いつきが花を好いているのは迅も知っている。

「入ってみようか?」

 だからそう提案した。いいんですか? といつきが尋ねてきたので、勿論、と笑って見せる。笑顔を作るのは得意だが、今日は純粋に楽しい、と迅は思っていた。

 メインストリートに面した花屋は割と大きくて、色々な花が並べられていた。いつきは目を輝かせて見ている。
 先述の通り、迅は花にはあまり明るくはない。だから花というよりは、それを見るいつきを眺めていた。

「ライラック……」

 ひとつの花の前にいつきの視線が集中する。明るい紫色の、可愛い花だった。いつきの言葉から、どうやらそれがライラックという花であるという事を迅は把握する。

「好きな花?」
「ベランダで育てているんです」

 ほのかにいい香りのする花だった。香水の原料になったりもする花なのだと、いつきは迅に説明する。今が丁度季節の花らしい。

「あれ? この花」

 よくよくライラックの花を見て、迅はある事に気づいた。小さい花が沢山ついていてわかりにくいが、ひとつだけ花びらが多い花が混じっていた。それをいつきに言ってみる。

「魔法使いさん、凄い!」

 いつきは随分興奮しているようだった。そして、ライラックの花びらは基本四枚だが、時折五枚のものが混じっているのだという事を教えてくれた。

「ラッキーライラックを誰にも言わずに飲み込むと、愛する人と永遠に結ばれるって言われてるんですよ」
「言っちゃ駄目なんじゃないの?」
「ふふ、そううですね。でも今の私には永遠を考える人は居ませんから」

 でもロマンですよね、といつきは続けた。迅といえば何だか微妙な気持ちになってしまって、そ以上言葉を続ける事が出来なかった。いつきは純粋に珍しい花を見つけられて楽しそうだし、雰囲気を壊すような事は言いたくない。けれどどんな言葉が雰囲気を壊すのかすら分からなかったから、無言になるしか出来なくて。

「このライラック、買ってもいいですか?」

 花束にしたいのだと、いつきは言った。余程嬉しいのだろう、問いかけておきながら迅の確認を待つ事なくライラック花を何本か購入する。勿論、その中にはラッキーライラックの花が混じっているライラックも入っていた。

 そうこうしているうちに丁度良い時間になってきたので、二人は電車に乗って帰ってきた。電車に乗っている間もいつきは何だかウキウキしている様で、本当に連れてきて良かったと迅は思う。課題は、何も進展していないのだけれど。迅自身、いつきとの時間を楽しんでしまっていた。

「魔法使いさん、今日のお礼です」

 別れ際、いつきは大事そうに持っていたライラックを迅に手渡す。感謝の気持ちを添えて。分かっていたけれど、ここで自分が受け入れていいものかと若干思案する。それでもいつきに他意はないのだろうし、断る理由もなかった。

「いいの、貰っちゃって」
「元々あげる予定でしたし。あでも、ラッキーライラックは私が貰っちゃいました、すみません」
「いつきちゃんが買ったんだし、それは全然構わないよ」

 そう言って迅は受け取った。これは支部に帰ったら何か言われるだろうなと思いながら。何処に飾ろう。何となく独り占めしたい気がして、部屋にしようかと思い至った。
 ぼんち揚の箱の山に花は不釣り合いだろうか。それだって良いだろう。花瓶はあっただろうか。いつきと別れた後の帰り道、迅の心は沸き立っていた。

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