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7話 貴方の話

 陽が傾きかけている。今日は居ないだろうか、もう帰ってしまったろうか。そんな杞憂をよそに、果たしていつきは変わらずベンチに座っていた。未来は不確定だけれど、嘘をつかない。
陽が傾きかけている。今日はそんなに話せる時間がないかもしれない。けれど迅の足は公園に向いていたし、結果いつきを見つけた。

「今日はこないのかと思いました」

 ゆっくりとした動作で迅の方を向く。そうして僅かに笑いかけるのだ。何故だか心がざわつく、その笑顔に迅も笑い返す。自分の表情がどう映っているのだろうか、なんて思ったりもするが聞きはしない。いつきも自分がどう思われているかなど聞いてこないし、正直迅はそれで助かっている。どう思っているか、と聞かれても上手い答えを持ち合わせていないのだ。自分でもよくわかっていないのだから、説明する事など出来ない。

「ちょっと用事があったんだ」
「無理しなくていいんですよ」
「してないから大丈夫」

 言葉の掛け合いをした後、迅はいつきの隣に腰掛けた。「お土産」とコンビニで買ったホットスナックを手渡す。「有難うございます」と丁寧に受け取るいつき。何かにつけて、行儀が良い。

「適当に買ってきちゃったけど、こういうの嫌いじゃなかった?」
「あまり食べませんけど、好きですよ」

 一口大のナゲットがいつきの口の中へ運ばれていく。それを見ながら迅も同じものを口に運んだ。

「生きてるんですねえ」

 不意に呟くいつきの、言葉の脈絡のなさに迅は首を傾げる。どこをどう切り取ったら、そういう話になるのだろうか。

「温かいなあと思って」

 いつきは続けた。独特な解釈だと思う。こういう所が面白い、だから関わっているのかもしれない、と迅は考えた。ふとした時に、普通は思いつかないような解釈をしたりする。聞いているのは不快でなかった。寧ろ逆。ただ、それだけで関わろうとする程自分は暇な人間ではないと迅は理解している。じゃあ何故、どうして。

「約束。今日は魔法使いさんの話を聞く番です」

 いつもより若干力強いいつきの言葉に、迅は思考を一時止めた。隣を見れば、どこかワクワクするような、彼女にしては年相応の双眸がこちらを向いている。

「おれの話、ね? 特別話す事なんてないと思うんだけど」
「魔法使いさん、魔法を使ってる所見たことないもの。どんな魔法を使うの? ああでも、私の名前は当てられたんだっけ」

 こんなに前のめりになるいつきも珍しい。それだけ興味があるという事だろう。だがしかし。迅は話せる内容を考える。サイドエフェクトの事は伏せて、それを魔法と関連付けて話すのが無難な所か。ボーダーに関わりなければサイドエフェクトの事なんて知らないだろうし、いつきがボーダーに所属する未来も視えない。
 適当な事を並べるのは気が引けるが、事実を交えながら語れば嘘ではないし、それなりに形になるだろう。

「おれの魔法は、皆を幸せにする魔法なんだ」

 そう言って迅は話し始めた。暗躍を趣味にしておいて良かったと思う。話し始めてしまったら、するすると口が動いた。サイドエフェクトはボーダーの為だけにあるものではない。街を歩く中、その力で事柄を解決に導いた事もあるのだ。そして迅は口が達者。隠して話すのは慣れている。

「その皆に、魔法使いさんは含まれているの?」

 不意に話を遮ったいつきの言葉に、迅は目を丸くした。「え?」と思わず口が止まる。

「おれは幸せだよ」

返す言葉に躊躇って、そう口にした。本当にそうだろうか。自問自答しても答えは出ない。ただ幸せだと思いたかった。自分のために。そうしないと、自分の生き方を自分で否定する事になる。それはいけない事な気がした。
 いつきは、「それならいいんです」あっさり引いた。迅としては有り難い。有り難いが、結局真意がわからなかった。

「魔法使いさんは人間ですよね?」

 今度はそんな事を言う。会話に脈絡がない。探られているようで、迅は今日に限っては何だか居心地が悪かった。胸のあたりがもやもする。またもやどう答えるか迷って、結局思った事そのままを伝える事にした。考えてみれば、いつきの事だけ話をさせて自分の事は何も明かさないのは、いくら魔法使いという不可思議な役についていてもイーブンではないのではないかと迅は感じたのだ。

「多分」
「多分?」
「……自分でも、たまに分からなくなるよ」

 空を見上げる。茜色の空。生きている、という先ほどのいつきの言葉が頭の中でリフレインした。達観するには、まだ若すぎる。だが迅の精神年齢は、恐らく同世代と比べても数段高い。それが迅を迅たらしめる要因の一つでもあったが、今この場であってそんな説明は無意味である。

「人間ですよ」
「わかるの?」

魔法使いさんはお日様の匂いがします。あったかい、いい匂い。透明人間は鼻が良いんですよ。いつきは答えた。いつきらしい、独特の表現だ。

「それ、透明なの関係ある?」
「ないかもしれません」

魔法使いさんは、とても温かい人。いつきの言葉が呪文のように迅の心に響く。昼か夜かに分類されるなら、迅は自分を夜の人間だと思っている。しかしいつきは日の匂いがすると言う。

「そんな事言われたの初めてだよ」

 だからそうやってごまかした。何だかやっぱり、座りが悪い。
夜の匂いが近づいている。もうすぐ日が暮れる。二人の話は、今日はここまで。

「さようなら、また明日」

小さな約束がいつきの支えになりつつある事を、迅は知らない。迅にとっても支えである事にも、まだ気づいていない。


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