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8話 揺れるカンパニュラ

「今日もお仕事ですか、魔法使いさん」
「魔法使いは色々な所に引っ張りだこなんだよ」

 公園の定位置、迅が座ると同時にいつきが話しかけてくる。

「今日はどんな事をしてきたのですか」
「そうだね、今日は」

 今日もいつもと変わらない。街を歩いて、皆の未来を視て回っただけ。今もいつきの未来を視ている。それは迅の役目であり、ボーダーにとって有益なもの。副産物で人を助けた事もある。今のいつきを助けようとしているように。だがその事にボーダーは関係ない。だから迅は、いつきの前ではただひたすらに魔法使いなのだ。

 いつきは期待した目で迅を見ている、ように迅には見える。何を話そうか、迅は頭を巡らせた。面白い話題はあったろうか。いつきなら何でもない話でも面白がって聞いてくれそうだが、せっかくなら喜ばせる話をしたい。いつきが喜ぶ話とはなんだろう。
 そういえばいつきは花が好きだと言ってた。ふと思い出す。

「花屋に行ったんだ」
「花屋」

 小南に頼まれて、花を買いに行ってきた話をする。面白くはないかもしれないが、仕事といえば仕事だし、全く関心のない話ではないだろうと迅の思考回路が判断した。証拠に、いつきは乗ってきている。「魔法使いさんは何でも屋さんでもあるんですね」と笑みを見せた。

「なんの花を買ったんですか」
「カンパニュラ」
「カンパニュラ……素敵な花ですね」
「そうなの?」

 迅は支部に飾ると良さそうな花を見繕って買ってこい、と言われただけで、その花の深い意味まではしらない。小南にも「迅のセンスじゃたかが知れてるだろうけど」などと言われじゃあ小南が買ったらいいじゃないかと思った程だ。それでも頼まれたからには買ったし、上々だとの達しも受けた。

「どんな花なの?」

 いつきは迅の質問に、嬉しそうに口を開いた。求められたのが嬉しかったのか、花の話題が好きなのか。

 カンパニュラの花の名前はギリシャ神話に由来するもの。果樹園に兵が侵入してきたのを発見しベルを鳴らして知らせ、見つかり殺されてしまった番人カンパニュール。それを知った女神フローラがカンパニュールの誠実さに感謝し、彼女を美しいベルの形の花に変えた、その為花言葉が、感謝、誠実である事。

 いつきはすらすらと説明する。

「凄いね。博学」
「花言葉って知ってると便利な事、あるんですよ」

 得意げに話すいつきが珍しくて、けれどその表情は長くは続かなかった。急に下を向いたいつきが顔を上げた時、その視線は迅に注がれてはいなくて。

「魔法使いさんは、生きるのが楽しいと思いますか?」
「楽しくはないかな」

 迅は今度は即答した。正直な気持ちだ。他人の未来を見続けて頭が痛くなる事なんて日常茶飯事。誰かを救うために誰かを犠牲にしなければいけない事も日常茶飯事。そういうものだと自分に言い聞かせて生きている。

「でも、生き甲斐は感じてる」
「生き甲斐がなくても、生きていけますか?」
「それはどうかなあ」

 口にしてみたものの、生き甲斐というのが何なのか、迅にもよくわからなかった。ただ生きるのは辛い事もあるけれど、そういうのをひっくるめて、嫌いじゃない。そういう事なのではないかと、漠然と思う。

「今日は質問が多いね」
「喋りすぎでしょうか」

 いつきの目の中にはいつも不安が滲んでいる。染みついている、といっても過言ではない。それを一つずつ解いていくのも、魔法使いの仕事だと迅は思っている。

「いつきちゃんが楽しいならいいよ」
「魔法使いさんは今楽しいですか?」
「すっごく楽しい」

 迅の答えに、「やっぱり魔法使いさんは不思議な人です」とまた下を向いた。少しの間二人の間に沈黙が流れる。別に特別な事ではない、いつも話を続けているわけではないのだ。迅はじっといつきが言葉を発するのを待った。そしてそれは唐突に。

「いつか誰かが言ってました。明るく生きる事が全てだって」

 突拍子のない発言。いつきは下を向いたままだ。その表情は迅からはよく見えない。でも、悲しんでいるような声音ではなかった。

「おばあさん?」
「さあ、どうだったかな。でも、今の私を形成する大部分は、それなんです」

 祖母である、といつきは断言しなかった。分からない、という。それでもその言葉をいつきが大切に思っている事は迅にも伝わってきた。

 何かの本でたまたま読んだのか、教師や周りの大人の発言か、亡くなった祖母か。それが自分に言われた事なのか大衆への語りかけか、それすらいつきにはどうでもいいのかもしれない。ただ、その言葉を知っている事に、意義を見出していた。

「確かなのは、今息してる理由を見つけるより、そう思う事の方が素敵なんだって、おばあちゃんなら言ってくれるって事です」

 それはいつきの想像に過ぎない。けれど真実かもしれない。きっと祖母なら言ってくれる、そう思うことがいつきにとって生きていく理由のひとつになるのだ。

「朝日が眩しいとか、夕焼けが綺麗とか、私はそれで充分でした。でも今は見えるようになりたいと願う。私は強欲でしょうか」

 顔をあげたいつきが、迅の方を向く。なんとなく、泣きそうな顔に見えた。見えて、この子は泣かないのだろうかと迅は考える。いつでも不安で、瞳を揺らしているのに、その双眸から雫が落ちる事はない。時折見える未来を除いて。

 ただ迅が知らないだけかもしれない。もしかしたら家では一人泣いているのかもしれない。泣いてもいいんだよ、とは迅は言わなかった。確固たる意思がある気がしたからだ。

「いつきちゃんが強欲なら、世界の人間は大抵強欲だと思うよ」

 直球に投げかけられた疑問に、直球で返した。今の迅には、それが精一杯だった。


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