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6話 君の話

「君の話を聞かせてよ」

 夕暮れにはまだ早い公園。迅がやってきた時、いつきはもうベンチに座っていた。
 今日は何を話そうか。自分もベンチに腰掛けお互い挨拶を交わした後、迅はいつきの日常について問いかけた。会話を交わすようになって数日。まだ何も知らない。

「学校はどう?」
「どう、とは?」
「好きな教科とか、部活とか」

 当たり障りのない話題を提示している自覚はあった。だが日常の何たるかに、大切な事が隠されている事もある。探るように、会話を誘導していく事で、何かわかればいいと、そう思った。

「教科……は国語かな。古典も現代文も好きです。文系、なのかな」
「ああ、そんな気がする」

 いつきが答え、迅が笑う。その様子を見たいつきが「わかり易いですか?」と訊ねてきて、迅は頷いた。二人の間にゆったりした時間が流れる。いつもの空気だが、悪くないと互いに思っている。ゆるくぬるく、そのくらいが丁度良い。

「第一印象から、そんな感じ」
「そうですか……」
「部活は?」

 そう続けて聞くと、今度は言い淀むいつき。目が伏せられる。言いにくい事なのだろうと、容易に想像出来る。しかし聞いてしまったものは仕方ない。いつきが口を開くのを、迅はじっと待った。やがて、少しずつ話し始める。

「部活……は。一応茶道部なんですけど。あの、幽霊部員というか」
「行ってないわけね」
「はい……」

 バツが悪そうに視線が少しだけ泳ぐ。大体部活があったらこんな時間に公園になど居ないだろう。分かっていて聞いた事だが、少し意地悪だったかと迅は苦笑いした。
 次は何を聞こう。話の種なんて拾いきれない程散らばっている。それを適当に一つ掴み上げて、言葉を続けるのだ。

「じゃあ次は、そうだな……好きな食べ物」
「フルーツが好きです。一つあげるなら、さくらんぼかな」
「趣味」
「趣味……んん、園芸……? 家のベランダで、何種類か花を育てています」

 一つ一つ、種を拾って集めていく。好きな食べ物、嫌いな食べ物。好きな事、嫌いな事、特技。普段の過ごし方。少しずつ、いつきという人間を知っていく。パズルのピースを埋める作業に似ている、と迅は思った。そうして、少し踏み込んでみる。

「家族構成は?」
「それは必要な情報ですか」

 明らかにいつきの顔が曇る。答えたくない、そう顔に出ていた。故に、聞いておかなければならない事だと迅は確信する。それを見つける為に当たり障りのない質問を重ねたのだ。

「君の事を知らないと、上手く魔法が解けないんだよ」
「……両親と、姉が一人。姉は歳が離れていてもう働いて一人暮らしをしているので、今は両親と三人で住んでいます」
「今は」
「……祖母が、居ました」

 言葉に少々のひっかかりを覚えてオウム返しに問えば、そこにはやはり闇が隠れていたようで。ここが重要な所かもしれないと、何となくそう思った。

「おばあさん?」
「三年前に他界したんです」

 祖母には私が見えていました、といつきは続けた。誰に見えなくなっても、祖母には最期まで見えていた、と。

「祖母も、魔法を使えたのでしょうか」

 ぼんやりと、そんな事を言う。いつの頃からか自分は透明になっていて、でもいつきはそれで良いと思っていた。透明人間になりたかったわけではなかったけれど、なってしまったものは仕方ない。嫌でも受け入れるしかなかった。
 それでも、誰もいつきの存在を気にしなくなっても。祖母だけはいつきの名前を呼んでくれた。触れてくれた。あの温もりを、いつきは三年経った今でもしっかりと覚えている。忘れる事はないと、寧ろ絶対忘れてはいけないと、思っている。

「そうだったら良いと思う?」

 いつきがポツポツと零す言葉をひとしきり受け止めた後、迅はそう切り出した。いつきの本心を聞きたいと思った。

「え?」
「おばあさんも魔法使いなら。そう思う?」

 いつきは上手く返す事が出来ない。よく分からないからだ。魔法使いだから、特別だから見えていたのではないだろうか。でもそうならば、自分は特別な人にしか見えないといいう事だ。何を今更、だから透明人間なんじゃないのか。

「ごめん、意地悪だったかな」

 ぐるぐる回る思考の外、そんな言葉をかけられる。いつきは何故だかほっと胸を撫でおろした。
 迅は笑顔を絶やさない。いつきが安心して話せるように。魔法使いとしての余裕を見せつけるように。透明な彼女は、思考も透明だ。

「おばあさんの事、好きだった?」
「……大好きでした。優しいおばあちゃんでした」
「おばあさんもいつきちゃんの事大好きだったよ」

 そう言えば、いつきは目を丸くする。何故分かるんですか、と言わんばかりのその表情に、迅は「分かるよ」と答えた。

「忘れた? おれも魔法使いだって」
「忘れてませんけど、でも」

 そんな事も分かってしまうんですね、といつきは嬉しそうに呟いた。それ程祖母の事が大好きだったのだろう。そうして、パッと顔を上げる。いい事を思いついた、そんな風に。

「魔法使いさんなら、祖母に会わせてくれる事も出来ますか?」
「あー……ごめん。専門外」

 軽率に話を進めてしまった事を後悔してももう遅い。一瞬でしょんぼりしてしまったいつきを見て、迅の心に棘が刺さる。

「でも約束は守るから」

 罪滅ぼしでもするかのように、口にする。実際の所、迅は魔法使いでもなんでもなくて。現状、いつきに嘘をついている事になるのだ。それでも、彼女が言う魔法を解きたいと思った。

「約束?」
「君にかかっている魔法は解いてみせる」
「ああ」

 有難うございます、そう言う横顔はやっぱりどこか寂しそうで。しかしいつきは笑って見せた。

「期待しないで待ってます」

 初めて見せたいたずらな表情。それが無理やり作られたものであるのが分かってしまって、迅の心に刺さる棘が増える。そんな表情をさせたい訳ではないのに。
 夕暮れが、もう帰る時間だと二人を急かす。

「魔法使いさん、明日は魔法使いさんの話を聞かせて下さいね」

 いつきは「それじゃあ、さようなら」とベンチを立つ。遠慮がちに手を振るその後ろ姿を、迅はただ見送る事しか出来なくて。
 いつきはいつきで、公園を離れた後、ほうっとひとつため息をついて空を見上げた。一日が、もうすぐ終わる。


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