他校の生徒なのだろう私服姿の女子たちが、すれ違いざまギョッとした表情を浮かべるのを、高尾はその広い視野の隅におさめた。
「…え、ちょ、今の人見た!?」
「背たっかーい!割とかっこいー!……でもさ」
「…でも、ね?」
『……なんで、人形なんか持ってんの?』
更には背後からそんな会話が聞こえてきて、思わず苦笑を浮かべる。
「…真ちゃーん、今日はまた一段とすごいねー」
「…ふん、これでもまだ不満なのだよ」
そう、恒例のおは朝占い。本日の蟹座のラッキーアイテムは、ズバリ『アンティーク人形』
しかも、『大きければ大きいほど吉!』――らしい。
「…家にあったのがこれしかなくてな。ここに来る途中、もっと大きなものがないかと探してはみたんだが……流石に、6ケタには手がでなかったのだよ」
悔しそうに言う緑間の腕の中には、それでも赤ん坊ほどの大きさがある人形が抱えられていた。
「ちょ、6ケタとかリアルな金額ヤメテ!…もー、今持ってるので十分っしょー」
「何を言う。ちゃんと大きさにもこだわる必要があるのは、以前の信楽焼きで証明…」
そこで、ふいに途切れた緑間の言葉。
「……え?何、この人だかり…」
目の前に広がる光景――先頭が見えないほどの行列に、2人は珍しくも茫然とした表情を浮かべ、首を傾げることになった。
「…文化祭の模擬店とは思えない盛況ぶりだな…」
「うーん、正直何があるのか気にはなるけど、とりあえず黒子のとこ行かなきゃだもんな」
なー、真ちゃん?
背伸びをしても見えない人だかりの先を気にしながらも、高尾は楽しそうな口調で、そう緑間に問いかけた。
「べ、別にオレはあいつに会いに来たわけでは…っ」
「あー、はいはい。暇つぶしで偵察であとは何だっけ?あ、すみませーん、通りまーす」
通常ツンデレモードな緑間を適当に流しつつ、高尾は人だかりを抜けようと通り道を探した。
自分はともかく、デカい図体をした相棒は人をかき分けるのにかなり苦労をしてるようだ。
そんな姿を見ながら、それこそ黒子ならこういう場面でもすいすい前に進めるんだろうな、なんてことを思いつき、高尾は思わず笑みを浮かべた。
「…何を笑っているのだよ」
「いや、オレのライバル様はやっぱりすごい奴だよなー、なんて思って」
「…何故そこで急に黒子の話しになる」
と、まさにそのタイミングだった。
「…あの、すみません。もっと端によって……え?ボクですか?いや、男ですけど……は?……いえ、普通に人間です」
「おい、こいつに触んな!作りもんじゃねぇし幻でもねぇよっ!背中に羽もついてねーから脱がそうとすんなっ!!」
「…黒子?」
「と、火神だな」
そう、聞こえてきた声は、今まさに話題に上がっていた相手と、彼の相棒のものだった。
その会話の理解しがたい内容に、あいつら何言ってんだと訝しく顔を見合わせた高尾と緑間は、人ごみをかき分け、2人がいるであろう方向へと進んでいった。
「…と、やっと抜けた……って、え……?」
『女装喫茶』そう書かれた看板の傍らに立っているのは、ふりふりのフリルが付いた割烹着姿の火神だ。
そして、多くの視線や伸ばされる腕から守るべく、彼が背中に庇っているのは――
「……え、まさかアレ、黒子…?…って、ちょ、真ちゃんっ!?」
自らの良きライバルであり友人でもある少年の姿に、高尾が我を忘れて茫然としていたのはほんの数秒。
傍らに立っていた緑間が迷いなく歩を進めたせいで、目の前の光景を脳が処理する前に、現実に呼び戻されることになった。
「ちょっと待てって!」
慌てて呼びかけるも、緑間が足を止める気配はない。
「……あれ、緑間君?」
そんな緑間に黒子――ドレスを身に纏い、うっすら化粧したその姿はまるで本物の人形のようだったが、緑間の名を呼んだということは本人で間違いないだろう――は「来てくれたんですね」なんて嬉しそうに言いながら、小さく笑みを浮かべてみせた。
(…うわ、黒子それヤバいって)
少女のようであるが、少女でない。だからといって、自分と同年代の少年とは思えない。
その性を感じさせない透明で清らかな愛らしさは、世に名を残す偉大な画家たちが絵画に描いた天使そのものだ。
「…この穢れた地上に舞い降りた天使だったんだねとか、オレはどこの天帝様だよ!?地面に足をつけると汚れそうだから抱き上げてあげなきゃとか、オレはどこのモデルだよ!?」
珍しく大混乱中の高尾だが――残念ながら彼の親友は、動揺が収まるのを待ってくれるような人間ではないのである。
「…緑間君?」
緑間はまず、手に持っていたアンティーク人形を黒子へと手渡した。
そして、緑間の意図がつかめず首を傾げている黒子の足元に跪いたかと思うと、
「え、ちょ…っ」
腰とひざ裏に手を回し、そのまま軽々と黒子を抱きあげてしまったのだ。
「うわぁ…多分やるだろうなとは思ったけどやっぱりやった!真ちゃん期待を裏切らなさすぎ!!」
「あ、てめ、緑間っ!!」
黒子にむらがろうとしたり、もしくは無言で拝み始める輩を振り払い蹴散らすのにいっぱいいっぱいになっていた火神が、そこでようやく緑間の暴挙に気付いた。
「キセキ連中の中では一番のヘタレのくせに、なに積極的に行動してんだよてめーはっ!」
黒子を離しやがれと怒鳴る火神に、緑間は気分を害したように目を細めた。
「…誰がヘタレだ誰が……そして、ひとつお前に問いたいことがある」
「お前以外に誰がいるんだよ。いいから黒子をかえ…」
「火神、何故人が山に登るか、その理由が分かるか?」
「…はぁ?何言いだしてんだテメー…」
「それは、そこに山があるからだ」
「………はぁ」
「そして、オレが黒子を手に入れようとするのも同じことなのだよ。……そこに、ラッキーアイテムがあるからだ」
「………は?」
あまりに意味不明な言葉に火神が唖然となった一瞬の隙をつき、緑間はその場に背を向け、一気に駆け出した。
「…って、待ちやがれ下睫ぇぇぇぇぇっ!!!」
特大の男2人が必死の形相で駆けてゆく迫力に押され、人だかりが割れていく様は、まるでモーセのごとくだったという。
「…なぁ、あんま人のこと言えねーけど、お前んとこのエースも、かなりのバカだろ」
「…ごめん真ちゃん。オレにはフォローできねーわ」
後に残された高尾は、呆れたように声をかけてきた誠凛バスケ部キャプテンの言葉に、がっくりと肩を落としたのだった。




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