「ちょ、マジやっべーんだけど…っ!」
「すみませーん、写真撮っていいですかー?」
ギャハハっ!と下品な笑い声を上げながら、米神に青筋を浮かべた眼鏡のナース(割とムキムキ)と、余裕の態度でクネクネと身を捩らせる茶色い髪の人魚(かなりムキムキ)にケータイを向けているのは、誠凛高校の男子生徒2人組だ。
手が空いている内に早めの昼食を済ませようと彼らがやってきたのは、バスケ部の模擬店である『女装喫茶』だった。
特に関わりのある部ではないが、予想した通り、ムキムキの男子高生たちの女装姿は彼らの笑いのツボを刺激しまくりで、ここに来てからずっと爆笑しっぱなしなのである。
更に、部員たちの恨みがましい視線にますます笑いを煽られ、彼らの笑いの発作は当分やみそうにない――と、思われたのだが。
「お待たせしました、サンドイッチとカレーになります」
「うぉっ!?…て、うぇぇぇぇぇぇっ!!?」
笑い声を突き破って発せられたのは、2種類の絶叫だった。
最初のそれは、まったく気配を感じなかったというのに、突然近距離から声をかけられたことへの驚愕の叫び。
そして2番目は、
「…ふ、フランス人形…っ!?」
そう、彼らの頼んだ料理を運んできたのが、それはそれは美しい、人間の等身大ほどもあるフランス人形だという、衝撃の叫びだった。
「…あの、えと、カレーはどちら…」
「…え、いいですいいです!オレ自分でやりますから!」
「つーかカレーとか持たないで!なんか良く分からないけど夢が壊れる気がするんで、お願いだから持たないで!」
「そうだそうだ!シロツメクサで作った花冠より重いモノ持っちゃダメ!!砂糖菓子以外の食べ物に触れちゃダメ!!」
「…はぁ」
訳の分からない彼らの主張に、フランス人形は大きな瞳をパチパチと瞬かせながら不思議そうに小首を傾げている。
その様子がまた何とも言えず愛らしく、それでいてとても儚げで――
「…ちょ、そこのナースさーん!この子ちゃんと保護しといてよ!なんかよく分かんないけど、絶対に保護しなきゃいけない生き物だってコレ!」
「万が一傷つけたら、夢の国とかから刺客来そうだもん!」
ファンタジーな生き物汚しちゃダメ絶対!!
そんな事を半泣きで訴える2人に、ご指名のナース――日向は、深いため息をついた。
「……黒子、ちょっとこっち来い」



「…すみません、お役に立てなくて」
「…まぁ、アレだ。お前が悪いわけじゃないし、そう落ち込むなって…」
模擬店として使っている教室の向かいにある資料準備室は、バスケ部員たちの為の控室になっている。
その片隅に置かれた椅子に腰掛け、ショボーンと肩を落とした黒子に慰めの言葉をかけたのは、赤いチャイナ服を纏った伊月だった(因みに、『口を開かなければイケメン』な評価を受ける彼だけあって、けっこう似合っている)
「…いっそ、降旗君たちと一緒にビラ配りに行った方が良かったですかね……前にティッシュ配りをした時は全く気付いてもらえなかったんで、ホールに入れてもらった方がいいと思ったんですけど…」
「…何言ってんだ黒子。ビラ配りとかそんな危険な…」
「そうだぞ。今のお前、犯罪者と信者を大量生産しそうだし」
顔色を青く染めた伊月に、セーラー服姿の小金井が同意を示す。
「…あのな、黒子。よく分かってねーみたいだから言うけど、お前の今の恰好、マジヤバいんだって」
「…でも、センパイたちだって同じようなものじゃないですか……けっこう可愛いと思いますよ、セーラー服」
「わーいありがとー…って違う!お前のはそんなレベルじゃないの!」
「そんなこと言われても…もう、訳わかんないです」
親切にもノリツッコミしてくれた小金井に、黒子はプクっと頬っぺたを膨らませたふくれっ面を返した。
「うわぁ!可愛い!…いやいやいや、お願いだからマジやめて!お前の顔見るたび平静でいられなくなりそうだからマジやめて!…試合中とか思い出したらどうしてくれんだよー!」
「…うん、オレもコガの言う通りだと思うぞ」
うわぁんと泣き叫ぶ小金井と困ったように笑う伊月に、黒子の困惑は深まるばかりだ。
と、彼らの会話にそれまでなかったはずの声が割りこんで来たのは、そんな時だった。
「…さっきから何騒いでんだ…ですか」
廊下まで丸聞こえだったと呆れたように言いながら部屋に入ってきたのは、火神だ。
「…え、普通?」
「普通だな」
「普通ですね…」
制服の上にフリル付の割烹着を着た火神の姿に、3人がポツリと感想を口にする。
「普通って何だよ!しかもすっげぇ不満そうだし!」
「だってほら、もっとイロモノ狙ってくると思ってたから…」
「あんだけ嫌がって自らハードル上げたくせに、挙句の結果がそれかよ…」
「センパイたちが体を張ってるっていうのに、甘えは良くないと思います」
「ちょ、味方ゼロかよっ!?」
まさに四面楚歌な状況に、火神の口から悲鳴が漏れた。
それでも得られない同意に、らしくもなくボソボソと言い訳を口にする。
「…オレは調理担当してたんだからこれでいいんだよ。…いや、このフリルの時点で納得できねーけどな!第一、交代で調理場入った水戸部センパイだって、同じ恰好してたし…」
「…あぁ、水戸部センパイなら、割烹着も良く似合いそうですね」
「うん、まぁ、我らがオカンだからなー」
「あれ、じゃあ今の火神君もオカンですかね?」
「…はっ!火神のオカン姿に悪寒…」
「あ、そういうの今いいんで」
本日最初のキタコレは、度重なる(本人的には)不可解で理不尽な出来事の数々にいつになく不機嫌な黒子によって、ズバっと切り捨てられた。
「……えと、んじゃ、黒子は火神といっしょに店の前で呼び込みしてこいよ。火神がついてりゃ、被害も最小限で済むだろう」
ズーンと凹んでいるチームメイトに同情の眼差しを送りながら、小金井がそう指示を出す。
そして、黒子が膝を抱え込んでしまった伊月の傍らにしゃがみ込み謝罪をしている隙に、火神にそっと耳打ちをした。
「…いいか、そろそろ一般客の入場もはじまる……これからが本番だぞ、覚悟しろよ」
「…うっす」
純粋に、黒子の姿を目にする人数が増えれば騒ぎも大きくなるだろうし――何より、ついにキセキの世代がやってくるのだから。
「…ほら、んじゃ行くぞ黒子」
「はい……あ、ねぇ火神君火神君」
「…な、何だよ?」
火神が差し出した手につかまり立ちあがった黒子は、とても良いことを思いついた――そんな風に、珍しくも表情を輝かせている。
その可愛さに動揺しまくりな火神に気付いているのかいないのか、更ににっこり微笑んでみせる黒子。
「ボク1人でこんな恰好してるのは悔しいですし、呼び込みの間だけでも、メイド服着てみませんか?」
「誰が着るかっ!!」




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