尾行決行日。本日の住処に居残り組は、青峰と紫原だ。
いっそキセキ全員外出した方がいいのではとの意見もあったのだが、反対したのは赤司だった。
「…テツヤを甘く見ないほうがいい」
基本マイペースでほんわかしているが、時には赤司が舌を巻くほどの鋭さを見せる黒子だ。あまり大げさに罠を張れば、見抜かれてしまう恐れがあった。
「不自然にならない程度の人数を残し、それが普段からうるさいことを言わない敦と、テツヤには笑えるほど甘々の大輝なら、テツヤの油断を誘えるだろう」
赤司の提案に、約1名――誰が笑えるほどだコラ!と抗議の声をあげた青峰を除くキセキ全員が納得し、いよいよ実行の時を迎えたのである。



「…あぁ、黒子っち、ウキウキと歩く後姿すら可愛いっス!」
「うるせぇ黙れ、テツに気付かれちまうだろうが!…くっそーテツぅ、そんなに相手の野郎に会えるのが嬉しいのかよ…!」
計画は見事成功。赤司、黄瀬、緑間が外出し、青峰と紫原もそれぞれ自分の時間を過ごしているのを確認した黒子は、こっそり住処を抜け出した。
青峰と紫原がすぐにそれを追い、残りの3人も合流して、尾行なうである。
影の薄い黒子の後をつけるなど、常人であれば至難の業だろうが、キセキには黒子察知のスペシャリストが揃っているので、まったく問題ない。
「お前らまとめてうるさいのだよ!…それにしても、黒子の奴どこに向かっているんだ」
「オレ、あんまこの辺来たことないや。黒ちん、こんな道よく知ってたね」
「僕らのテリトリーの外になるわけか……いつもみたく、何かに夢中になって迷い込んだかな」
好奇心旺盛で、興味あるものにはフラフラついて行ってしまう黒子の姿は微笑ましくもあるのだが、それ以上に、キセキたちにとっては頭痛の種になっていた。
「…危ない目に合ったらどうするんだと、あれほど口をすっぱくして注意したのに…!」
案の定、悪い虫がつくという、最も恐れていた事態が起こってしまったわけだ。
「…あ、黒子っち走り出したっスよ!」
「よし、僕らも…」
「…火神君!」
急に足取りを速めた黒子を見失わないよう、キセキたちが後を追おうとした時だった。
黒子が嬉しそうに口にした、キセキたちが知らない、誰かの名。
「…おう」
呼びかけに応えたのは、赤司より暗い色合いの赤毛を持つ、青峰に良く似た背格好のオトコだった。
「会えてよかったです。しばらく抜け出せなかったから、もう来てくれないんじゃないかと心配してました」
「…べ、別にオレはお前を待ってたわけじゃねーからな!ここにいたのは偶然だ、偶然!」
「…偶然でも、ボクは火神君に会えてうれしいです」
「…っ!やっ、オレも、その……お前に、会いたかった」
言葉で気持ちを伝えるのは苦手なのだろう、オトコ――火神はその代わりとばかりに、照れたような表情を浮かべながら、黒子を強く抱きしめた。
「…何笑ってんだよ」
「…いえ、火神君らしいなぁ、と思って」
「うるせーよ!……にしても、今日は大丈夫だったのか?」
甘えるように胸板に頬を寄せてくる黒子の髪を優しく撫でてやりながら、火神は僅かに眉を寄せた。
「保護者が厳しいんだろうし、あんまムリすんなよ?お前が抜け出すのが難しいなら、オレの方から行っても…」
「ムリはしてないので問題ないです。…それより、火神君が来るほうがずっと危険ですから…」
黒子は火神の胸元から顔をあげ、小さな笑みを浮かべてみせた。
「今はまだ、子供の頃のクセが抜けずに過保護なみんなですけど、その内慣れるでしょうし……大丈夫、基本とても優しい人たちですから、時間をかけて説得すれば、ボクたちのことも分かってくれるはずです」
「……そうだといいけどよ…」
向かうところ敵なしで、少しでも逆らえば容赦なく制裁を受けるだとか、その個性的すぎる性格だとか――縄張りを共有する仲間から提供されたキセキたちのウワサを聞く限り、黒子の言葉を素直に信じる気にはなれない。
しかし黒子が大切に想う相手を悪く言いたくなかったので、火神は適当に言葉を濁し、別の話題を口にした。
「…で、これからどうする?久しぶりだし、みんなに会ってくか?」
「すみません、今日はあまりゆっくりできなくて。だから、えと、その……火神君を、いっぱい感じたいです…」
「そ、そうか…っ」
恥ずかしそうに頬を染めた黒子からのおねだりに、火神もまた顔を赤くした。
ぎこちなくお互いを求めあう様子は、見ていてとても微笑ましい。
まさに初々しい恋人そのものの彼ら――から僅かに離れた場所で、5対の眼差しが冷たく細められた。
「…なんだアイツ。ぜってーオレの方が強いし、テツのことよく分かってる。つーわけでギルティ」
「…どう見てもオレの方がかっこいいっスよね、黒子っちへの尽くし度も足りないし、もちギルティっス」
「…賢そうには見えんな、黒子をまかせるに足る相手だとは思えないのだよ。よってギルティ」
「…変な眉毛、ムカつくし、とりあえずギルティ」
「…そもそも、テツヤにとって僕以上の存在はいないわけだしね、当然ギルティ……って、アイツ…っ!?」
続々と有罪判決が下されているとは知らず、火神は僅かに震える手を黒子の頬に伸ばし、その顔を優しく上向かせた。
「…黒子…」
「…火神君…」
火神が腰をかがめ、黒子は背伸びをし、それでようやく縮まる身長差。
あと少しで、唇が触れ合うと思った、そんな時――
「…うおっ!?」
「えっ!?」
本能が危険を察知し、慌てて飛び退いた火神の頬を、何かが掠めて行った。
その正体は――鋏。
「…そこまでだ。それ以上テツヤに触れるな」
「…赤司君!?…みんなも、どうして…っ」
「あぶねーな、何すんだよ!?つーか鋏とか、お前ほんと猫かよ!」
「テツヤ、そのオトコから離れろ。今すぐにだ」
火神の抗議を当たり前のようにスルーし、赤司は黒子へ腕を伸ばした。
「…離れたら、火神君に何をするつもりなんですか」
「黒子、いい子だから言う事を聞くのだよ」
「そうっスよ黒子っち、危ないからこっちおいで」
「黒ちん、痛いの見るの嫌いでしょ?」
「…ますます離れるわけにはいきませんよ!火神君に手出しは…」
「テツ…っ」
「…青峰君」
青峰に切なげに名を呼ばれ、一瞬戸惑ったように瞳を揺らしながらも、黒子は動こうとはしなかった。
「黒子、危ないからお前は下がってろ」
「火神君、でも…っ」
「オレなら大丈夫、そこまで弱くねーよ……それより、お前がツラそうにしてるほうが、正直キツイ」
「…火神君」
こんな殺伐とした状況にもかかわらず、ほわわん、といちゃいちゃオーラを巻き散らかし始めた火神と黒子に、キセキ全員のこめかみに青筋が浮かび上がった。




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