眠気を誘うようなあたたかな空気、明るい陽射し、花の匂い。冬生まれの黒子が初めて迎える季節――春がやってきた。
「…気持ちいい」
住処にしている廃屋の屋根の上、心地の良い風を受けながら、黒子はうっとり目を細めた。
決して長身というわけではないが、すらっと伸びた華奢な手足。年相応の落ち着きを身に着けながらも、未だ幼さを残した愛らしい顔。黒子がその早朝の空と同じ色の髪を風に揺らす様は、さながら春の化身のようだった。
「黒子っち、何かいいことあったっスか?」
ウキウキと髪と同じ色の尻尾を揺らす黒子を微笑ましげに眺めていた黄瀬が、そこでふいに声をかけた。
「最近すごく楽しそうだし……それに、また一段と可愛くなっちゃって」
「…可愛い?」
デレデレな笑みを浮かべた黄瀬の賞賛に、いつもの黒子であれば「何バカな事言ってるんですか」と呆れたように返していただろうが、この日は少々様子が違った。
「…ほんとに、そう思いますか?」
「…も、もちろんっスよっ!」
頬をうっすら桃色に染め、不安そうな上目使いで問いかけてくる黒子に、黄瀬は鼓動を跳ね上げさせながらも即答した。
(…うわっ、ビックリした)
幼い頃の黒子もそれは愛らしい子猫だったが、そこに大人になりかけの少年が持つ独特の色気が加わったせいだろうか。
(黒子っち、ほんと綺麗になっちゃって…)
今まで数えきれないほど多くのメスと浮名を流してきた黄瀬が、黒子のちょっとした仕草や控えめな笑顔に、何度ドキッっとさせられたことだろう。
「…あぁ、これが恋って奴っスかね」
「…黄瀬君?」
「いや、何でもないっスよ!」
挙動不審な態度が気になったのだろう、訝しげに問いかけてくる黒子に、黄瀬はあわてて笑顔を取り繕った。
そろそろ、黒子への恋心を隠すのも限界かもしれない。
いや、黄瀬としては隠すどころかさっさと全力で落としにかかりたいのが本音なのだが、それが同胞らにバレた時のことを思うと――恋愛も、命あっての物種だ。
「そうですか……なら、これからちょっと出かけてきてもいいですか?」
「ん?何か用があるなら、誰かに行かせるっスよ?」
「…いえ、特に用はないんですけど、ちょっと1人でブラブラして来たいというか…」
「ダメっスよ黒子っち。こないだ勝手に抜け出して、当分は1人で出かけるなって怒られたばかりじゃ…」
「…ね、黄瀬君、お願いですから」
黒子は首を横に振った黄瀬の両手を握り、上目使いで見上げながら、コテンと首を傾けてみせた。
「…っ、いや、でも…っ」
「…黄瀬君……ダメ、ですか…?」
「…か、勘弁してよ黒子っち…」
更には大きな瞳が潤んできたのを目にして、それ以上黄瀬がノーと言えるはずもない。
「…え、えと、じゃあ、ちょっとだけなら…」
「いいわけないのだよ!」
そこで、いつも通り黒子のおねだりにふらっと頷いてしまいそうになった黄瀬に、ストップがかけられた。
「…げ、緑間っち!」
「…緑間君、何でここに」
高尾君と見回りに出ていたはずじゃと呟きながら小さく舌打ちした黒子に、緑間はこめかみを引きつらせた。
「まったくお前という奴は…こないだもタイミングよくオレの留守を狙っていなくなったと思ったら、やはり高尾と結託していたな」
「…結託だなんて大げさな……ただちょっと、抜け出すの見逃してもらったり、緑間君の外出予定を打ち合わせていただけで…」
「想像以上に共犯関係だったのだよ!?」
今日も、妙に外出を引き延ばそうとしてくる高尾を訝しく思い、念のために引き返してみたら案の定これだった。
「本当に油断も隙もないのだよ……まさか、他にも協力者がいるんじゃないだろうな?」
「…さぁ、ボクには何のことだか…」
「…そういえば、お前が今吉や若松に妙に懐いていると、青峰が不満そうにしていたのだよ」
「…そうでしたっけ?」
「氷室や笠松、実渕なんかとも随分と仲が良いようだが…」
「……」
緑間の言葉に、黒子は無言のままぷいっと視線を反らした。
「…黒子!!」
「だって…」
分かりやすい態度に緑間が怒鳴りつけるも、黒子は引くことなく、唇を尖らせたふくれっ面で不満を訴えた。
「ボクだってもう子供じゃないんです。取り巻きのみんなだって、もう少し自由にしてもいいはずだって言って、それで協力してくれたんですから!」
「あいつらにお前の何が分かる!そういうことは、もっと強くなってから言え!」
「緑間君達が思う程、ボクは弱くないです!狩りはちゃんとこなせますし、こないだなんか、灰崎君に膝をつかせたんですから!」
「誰だってお前にイメチェンを鼻で笑われたら、大ダメージに決まっているのだよ!」
「だっていきなりコーンロウとか、訳わからないじゃないですか!」
「そこで気付かないふりをしてやるのが、大人なのだよ!」
「放置プレイなんて、そんなの逆に残酷ですよ!」
「ちょ、ちょっと2人とも、そろそろ落ち着いて欲しいっス!」
このままだといつまでも灰崎のイメチェンに対する議論が続いてしまいそうだったので、触らぬ神に祟りなしとばかりにだんまりを決め込んでいた黄瀬が、慌てて口を挟んだ。
「…と、とにかく、今回のことも含め、全てを赤司に報告するからな……厳しい仕置きも覚悟しておけ」
「…っ、緑間君の意地悪……もう知りません、このむっつりメガネ!」
「お前、そのあだ名を誰に聞いたのだよ!?」





「…というわけで、第4893次家族会議をはじめたいと思う」
黒子に厳しいお仕置き(額をペシリとはたいた後、苦手な食べ物を残すことを許さなかった)を与えてから、赤司はキセキたちを招集した。
「…これまで、テツヤに何か問題がある度、こうして話し合いの場を持ってきたわけだが……僕達は今、最大の危機を迎えていると言っても過言ではないだろう」
これまで、幾度となくキセキたちの目を盗んでどこかに出かけていたという緑間の報告、そして最近の妙に浮かれた様子。
「更に、テツヤらしくもなく自分の外見を気にするような言動や、急に綺麗になったこと…そして何より、春という季節。これらのことから導き出される可能性としては……その、テツヤに、お、オトコが…」
「やめろぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
口に出すのも嫌だったのだろう、珍しくも不明瞭な赤司の言葉に、青峰の絶叫が重なった。
「…し、信じたくねぇ…オレのテツが、まさか、そんな…っ」
『あおみねくん、あおみねくん』
まるでヒヨコのように、どこに行くにも青峰の後を追ってきた幼い頃の黒子。
その無垢な笑みを、小さな体を、宝物のように大切に大切にしてきたというのに。
「…なのに、それなのに…っ!」
どこの馬の骨ともしれないオトコが、黒子の髪に触れ、白い肌を愛撫し、更にその体の奥までを暴いたというのか。
「…野郎、ぜってー許さねぇ…っ」
「…あ、青峰、殺し屋みたいな顔になっているのだよ」
眉間にシワを寄せた凶悪な表情を浮かべる青峰から、緑間は若干距離を取った――正直、ちょっと怖かったのだ。
「…今の青峰を見たら、黒子が泣き出しかねないのだよ…そう思わないか、黄瀬」
「…ねぇ、緑間っち。なんでこの世界には、オレと黒子っち以外の生き物が存在するんスかね?」
「……は?」
「…みんな、いなくなっちゃえばいいのに。いや、最初からいなければよかったんスよ。黒子っち優しいから、今から排除するんじゃ、余計な心配かけちゃうだろうし……あ、でも、オレがたっぷり甘やかして、オレの愛でいっぱいいっぱいにして、オレ以外のこと何も考えられないようにしてあげればいいのか」
「…………あ、赤司!今すぐどうにかするのだよっ!」
真顔でブツブツ呟き続ける黄瀬に本能的なヤバさを感じ、緑間は半ば悲鳴に近い声を上げた。
「…赤ちん、ほんとどうするの?峰ちんと黄瀬ちん、放っておいたらナニするか分からないよ。…オレだって、黒ちんを傷つけたくはないけど、ガマンする気もねーし」
「…わかっているさ」
相手はともかく、黒子に被害が出るような事態だけは避けなくてはならない。
「とにかく、情報を集めることからはじめようか」
言いながら、赤司は皆の顔を見渡した。
「…テツヤを尾行するぞ。相手のオトコをあぶりだして……そいつをどうするか決めるのは、それからだよ」
口元は笑みの形を描きながら、赤司の目はこれっぽっちも笑っていない。
普段なら恐怖に震えるだろうそんな表情を目にしても、今のキセキたち(特に青峰と黄瀬)は気にすることもなく、ただ無言のまま重々しくうなずいてみせた。



「へぷしっ!」
「黒子君、大丈夫かい?風邪かな…」
「すみません、氷室さん、なんか急に悪寒が…」
「真ちゃんたちがお前の話してるからじゃねーの?ま、念のため今日はあったかくして寝ろよ」
「…はーい」




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