テツヤノコウビノアイテニハダレガフサワシイカ――?
赤司が口にした言葉を一瞬理解することができず、キセキたちは揃ってポカンとしたマヌケ面を晒すことになった。
そんな中、頭で理解するより前に本能で行動してみせたのは、流石というか案の定というか、黄瀬だった。
「…な、なんかすっごいこと言われた気がするっスけど、とりあえず黒子っちに関することならオレが――ぶっ!?」
「って、何バカなこと抜かしてんだ赤司っ!」
勢いよく挙手しかけた黄瀬の顔面に張り手をかましてから、青峰は非難するような視線を赤司に向けた。
「…信じらんねぇ。お前、テツをそんな目で見ていやがったのかよ!?まだこんなにちっせーのに!」
「…別に、今すぐどうこうしようという訳じゃない。適齢期を迎えたテツヤが、僕たちにとって魅力的な『相手』になりうる可能性があるなら、争いが起こらない内にお互いの意思を確認しておこうと言っているんだ……というか、まさかお前にバカと言われる日が来るとはね」
にこにこ素敵な笑みを浮かべる赤司に、『あ、これは後でシメられるな』と内心冷や汗をかきながらも、青峰は引かなかった。
黒子の命を拾い上げたのは青峰だ。ならばその貞操だって自分が護ってやらねばという、強い使命感があったから。
「でも、親代わりのオレたちがテツをそんな目で見るのは…」
「なら聞くが、お前はテツヤがどこの馬の骨ともしれないオトコのモノになるのを、許せるのか?
「いや、それはぜってー嫌だ」
赤司の問いかけに、青峰は真顔で即答してみせた。
そう、黒子を護る使命感に燃える彼ではあるが、残念ながらそれ以上にただのテツバカだった。
「…オレも、黒ちんがオレたち以上に誰かを好きになるとか嫌だなー。…まして、黒ちんのこと自分のモノ扱いする奴なんて、ヒネリつぶすどころの話じゃねーよ」
ポツリと紫原が呟いた言葉には、底知れぬ迫力があった。
それでいて表情を変えることもなく、膝に乗せた黒子とキャッキャとじゃれあっているのだから、器用なことだと思わず感心してしまう。
「紫原っちの言う通りっスよ。…黒子っちを手放すなんて、ぜってーありえないっスわ」
普段のおちゃらけた態度を捨て去り、空恐ろしいほど静かに言葉を紡ぐ黄瀬に、赤司は満足したように頷いてみせた。
「…よし、これで満場一致だな。さてそれでは本題に移るが…」
「…ちょっと待つのだよ!」
「…何だ真太郎、黙っていたから肯定派なのかと思ったのに、今更反対意見かい?」
「お前のあまりに突拍子もない発言に呆れて、口を開けなかっただけなのだよ!……お前たち、落ち着いてもう一度よく考えてみろ」
キセキ全員を見渡し、最後に何事かと小首を傾げている黒子に視線をやってから、緑間は再び口を開いた。
「いいか、いくら小さくてホワホワしていて…その、か、かわいいからと言って、黒子もオスの端くれだぞ。その内メスに興味を持つようになるだろうし、そもそもオレたちが性の対象にする相手では…」
「…とまぁ、真太郎はテツヤに興味がないらしいので、僕らだけで話しを進めようか」
「ちょっと待て赤司、誰がそんなことを言った!?」
「だって緑間っちは、黒子っちを抱けないんスよね?」
「だから、誰もそんなことは…」
「ならやっぱりお前も、テツとヤリてーって思ってるわけだ」
「…なっ、それは…っ」
「うわー、ミドチンったらむっつりスケベー」
「誰がむっつりだっ!」
顔を真っ赤にして叫ぶ緑間を、それぞれ生ぬるい目で見つめていたキセキたちだったが、やがて話題を元に戻したのは黄瀬だった。
「ま、そんな訳で、黒子っちのことはオレにまかせくれないっスかね。…これだけ黒子っちラブ!を日々訴えてるオレなんだし、そろそろ報われてもいいと思わないっスか?」
「これっぽっちも思わねーよバカ。てめーは声がデカいだけだろうが……オレなんてな、テツテツ言い過ぎて、実は語尾がテツなんじゃないかってウワサされるくらいなんだぞ?」
「…あ、一応言い過ぎな自覚はあったんスね」
「…ただ単に、お前の頭には狩猟と黒子のことしかないだけだろう、この単細胞め」
「あ?もういっぺん言ってみろむっつりメガネ!」
「だから、むっつりではないのだよ!」
「…やれやれ、まったくお前たちときたら…」
レベルの低い言い争いに、赤司は呆れたように肩を竦めてみせた。
「…いいか、よく考えてみろ。これだけ健気で素直で、でもちょっと意地っ張りで負けず嫌いなところもあったり頑張り屋さんな面もある可愛くて可愛くて可愛くて天使で可愛いテツヤなんだ」
さらっと惚気ながら、赤司は他を威圧するように冷たく目を細めた。
「…そんなテツヤにふさわしいのは、最高のオトコに決まっている」
さて、では多くの同胞を――お前たちを従えているのは、誰だったかな?
王者の笑みを浮かべ答えを促してくる赤司の迫力にのまれ、思わず言葉を失ったキセキたちだったが、はいそうですかと大人しく引き下がるはずもない。
「…や、それとこれとは別問題っスよ!」
「大体んなこと言い出したら、話し合いの意味がなくなっちまうだろうが!」
必死に訴える黄瀬と青峰に、赤司はあくまで余裕の態度を崩さなかった。
「…誰が話し合うと言った?」
「…何を言っているのだよ赤司、だってお前が…」
「真太郎、僕はね、誰がテツヤにふさわしいか『確認』しようと言ったんだ」
――つまり、
「最初からテツヤは僕のものなんだから、お前たちは手を出すなということだよ」
「うわぁ…相変わらず感心するほどの横暴っぷりっスね!」
「誰が認めるか!お前と比べるとオレごときが『暴君』とか呼ばれるの、恥ずかしくなるレベルだっつーの!」
ヤケクソ気味に叫ぶ黄瀬と青峰、そんな2人を適当にあしらう赤司と、その横で頭を抱える緑間。
そんな彼らに、それまであえて口を閉ざしていた紫原が、呆れたようにため息を吐いた。
「…あのさぁ、いちばん大切なのは、黒ちんの気持ちなんじゃねーの?」
「……え?」
決して大きくはない呟きだったが、その一言に誰もが口を閉じ、動きすら止めた。
「黒ちんがオレ以外を選ぶのはいやだけど、ムリヤリ自分のものにして、黒ちんが笑わなくなるのはもっといやだし。……黒ちんには、幸せになってほしいじゃん」
普段の言動は子供っぽい紫原だが、むしろ頭は切れる方だ。
冷静で本質をついた彼の言葉に、その場にいた誰もが――それこそ赤司までもが、目が覚めたような表情を浮かべている。
「…敦の言う通りだ。僕としたことが、大切なことを忘れていたようだね」
後悔を滲ませた台詞を口にしながら、赤司は紫原の尻尾にじゃれついて遊んでいる黒子の前に膝をつき、その顔を覗き込んだ。
「すまないテツヤ、僕達は何よりお前のことを考えてやらなきゃいけないはずだったのに…」
「…あかしくん?」
ズーンと落ち込んだ赤司、そして青峰や黄瀬、緑間の珍しすぎる姿に驚き、黒子は大きな瞳を瞬かせた。
「あかしくん…みんなも、だいじょうぶですか?どこか、イタイイタイですか?」
「テツ…っ!」
「黒子っち…っ!」
「黒子…っ!」
「テツヤ…っ!」
心配そうな表情で赤司の頭をよしよしと撫でる黒子に、なんていい子なんだと、さっきまで好き勝手なことを言いまくっていたはずの保護者たちは、泣き出しそうになっている。
「あのねー黒ちん、みんなは黒ちんがいちばん好きなのは誰か、気になるんだって」
放っておいたらいつまで経っても話が進まないと、顔を覆って感涙にむせぶ4人に見切りをつけた紫原が、黒子へ問いかけた。
「ボクは、みんなだいすきですよ?」
「でもねー、ひとりだけ選ばなきゃならないんだって」
「…みんなすきじゃ、だめなんですか?」
「ダメだよテツヤ、そこはハッキリさせよう」
共有なんてことになれば、自分たちにとっても、何より黒子にとって悪い結末にしかならないと、そっと目元を拭いながら、赤司はきっぱり言い切った。
「あかしくん、でも…」
「テツヤ、厳しいようだが、これもお前の為なんだ」
「…でも、あおみねくんはボクをたすけてくれたたいせつなヒトだし、きせくんはいつもいっしょにいてくれるし、むらさきばらくんはいっぱいあそんでくれるし…っ」
話す内、次第に黒子の言葉は震えを帯び、大きな瞳が潤んでいく。
「…みどりまくんはおこるとこわいけど、ボクにいろんなことおしえてくれるし…あかしくんはボクのことかわいいって、たいせつだって、いってくれて…っ」
そこで、ついに零れ落ちた涙。
「…ボクは、みんなのことがだいすき、だから…みんないてくれないと、やだぁ…っ」
ボロボロ大粒の涙を流しながら必死で自分への想いを訴える小さな子供の姿に、胸を打たれない生き物がいるはずもない。
例に漏れず最強を誇るはずのキセキたちは、黒子の健気で可愛らしい姿にふらりとよろめきながら、胸を押さえている――胸キュンしすぎて、苦しかったのだろう。
「テツ…っ!」
「黒子っち…っ!」
「黒子…っ!」
「黒ちん…っ」
「テツヤ…っ!………とりあえずお前たちは下がっていろ」
気持ちは分かるが、黒子にケガをさせるわけにはいかない。小さな愛し子に一斉に群がろうとしたデカい図体のオトコ達を牽制し地面に転ばせてから、赤司は泣きつづける黒子に微笑みかけ、優しく涙を拭ってやった。
「…ごめんテツヤ、もう誰かひとりを選べなんて言わないよ」
「…ほんと、ですか…?」
「ほんとだよ」
「…みんな、ずっとボクといっしょにいてくれますか…?」
「勿論。お前が、それを望むならね」
「…あかしくん、だいすきです…っ!」
未だ頬を濡らしながらも、満面の笑みを浮かべ抱きついてきた黒子を、赤司は片腕で楽々と受け止めた。
「…あー、くそっ、けっきょく赤司がおいしいとこ取りかよ!」
「…あぁ、黒子っちほんと可愛い可愛い可愛い…!」
「…しかし結局、何の解決にもなっていない気がするのだよ…」
「…いいじゃん、どうせ話し合ってもムダっしょー」


何だかんだ言いつつ、皆仲良く幸せに過ごす彼ら。
しかし時間とは無慈悲なもの。やがて黒子は成長し、はじめての春を迎えることになる――。




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