文化祭で、部活別に模擬店人気バトルをすることになった誠凛高校。
カントクの「やるからには勝ちにいくわよ!」の鶴の一声により、バスケ部は女装喫茶をすることに。
皆が文句を言いまくる中、どうせ影薄くて目立たないしと、1人余裕の黒子だったのだが―…



使い慣れた部室のドアを開けた瞬間、火神はクラリと眩暈を覚えた。
目に飛び込んできたムキムキの人魚(木吉)や、ガニ股で闊歩するナース(日向)、その他チームメイトの女装姿のせいだ。
「…うっわぁ、思ってた以上にキツい…」
「…バカガミが、なに他人事みたいに言ってんだ。ほら、お前もコレに着替えてこいよ。1年のクラス借りて、そこ更衣室にしてるから」
せいぜいカントク様に可愛くしてもらってこいと、ヤケクソのように笑いながら日向が差し出してきたのは――猫耳つきのメイド服だった。
「…いやもう、ほんと勘弁しろ…ださい」
「…勘弁してもらえるなら、オレだってこんな恰好してないっつーの。…おら、先に行った黒子ももうすぐ戻ってくるだろうし、お前も男なら覚悟きめて…」
日向の言葉の途中、再びドアの開く音がした。タイミング的に黒子が戻ってきたのだろうと、日向と火神、そして他の皆が視線を向けたその先、
「……え?」
そこにいた人物を目にした途端、誰もが声を失い、時間が止まったように身動きすらできなくなった。
それは、確かに黒子だった。いや、多分、そのはずだ。
まるでフランス人形のような、レースをふんだんに使ったドレスを纏ったその姿。
不思議と少女にも少年にも見える、性を感じさせない作り物のような美しさのせいか、黒子のデフォルトである無表情とも相まって、本物の人形かと錯覚しそうになった。
元々中性的な顔立ちで、たまに見せるやわらかい笑顔などは少女じみた可愛らしさのある黒子であるが、女物の服を身に纏い、カツラをつけ、うっすら化粧を施した結果がこれ程だとは。
だがしかし、本当の衝撃は、次の瞬間にやってきた。
皆の視線を感じたのだろう、黒子は無言のまま伏していた顔を上げると、
「…っ」
まさに生き人形と呼ぶにふさわしい整った顔を悲しげにくしゃりと歪ませ、その大きな瞳から一筋の涙を零したのだ。
(………え!!!??)
思ってもいなかった事態に、その場にいた全員の頭が真っ白になった。
だって、あの黒子が――子犬だったりワタアメだったり、普段から男子高校生らしからぬ可愛いものに例えられようと、中身は誰より男らしいあの黒子が、試合ともバスケとも全く関係のないところで、涙を流しているのである。
「…く、黒子…?」
「…火神君…っ」
茫然と名を呼んだ火神の胸に、黒子は勢いよく飛び込んだ。
「…ど、どうしたってんだよ」
「…ボク、もうバスケが出来ないかもしれません…っ!」
「…………は?」
えぐえぐと泣きじゃくりながら、黒子が説明してみせたところによると――

リコに丹念に飾りたてられ、腕をふるった本人や手伝いに来ていた女子たちに黄色い悲鳴を上げられた黒子は、何故彼女たちが騒いでいるのか分からないまま、更衣室代わりの教室を後にした。
そこから部室までは、歩いてわずか5分ほどの距離。
その短い時間の中で、黒子はすぐに異常事態に気付いた。
すれ違う人すれ違う人全員が、黒子に注目している。
中には、わざわざ一度戻ってきてまで、黒子を眺める者すらいた。
(…な、何事ですか…っ!?)
生まれて初めての出来事に、黒子は半ばパニック状態。
何が起こったのか全くわからなかったが、ミスディレクションが使えなくなったのだとしたら、自分の選手生命は絶たれたも同然だ。それを思うと、ここに辿り着くまで涙を耐えるのがやっとだった――と、いう事らしい。

「…どうしましょう火神君、ボク…っ」
「…いや、うん、とりあえずぜってぇ大丈夫だから安心しろ……ほら、そんな恰好してりゃ、嫌でも目立つだろうが」
「でも、廊下にはもっと派手な仮装をした生徒もいたのに、なんでボクだけ…」
「…そ、それは……」
誰だって、前からとびっきり美しい等身大のフランス人形が歩いてきたら、驚きもするだろう。
しかし火神が『それは、お前が綺麗だからだよ』なんてこっ恥ずかしい台詞を吐けるはずもなく、言葉に詰まるしなかない。
黒子の背を宥めるように撫でてやりながら、大丈夫だと繰り返し続ける火神の動揺っぷりを哀れに思ったのか、ようやく我に返った日向がそこで助け船をだした。
「…黒子、火神の言う通りだ。問題ねーから安心しろ」
「…でも…」
「でもじゃねーよ。お前以外、みんなそう思ってるから」
日向の言葉を待ち受けていたように、全員が即座にうんうんとうなずいてみせた。
「…そう、なんですか…?」
「そうなんですって。…大丈夫、オレたちを信じろ」
無駄にかっこよく宣言してみせた日向(しかしナースである)だったが、そこで別の大きな問題に気付き、すぐさまそれを口にした。
「…なぁ、キセキの奴ら、今日がうちの文化祭だって知ってて、来るつもりなんだよな?」
「…え?えと、黄瀬君と桃井さんは来たいって言ってました。そうなると青峰君もついてくるとは思いますけど、他はどうだか…」
「うん、そうかそうか。…まぁどうせ何だかんだツンデレながら緑間も来るだろうし、下手したら京都から出張しかねない奴もいるし、秋田だって安心はできねぇよな」
よーし、全員しゅうごー。
日向の呼びかけに、訳が分からずにいる黒子以外のメンバーが集まり、円陣を組む。
「…いいか、敵は少なくとも5人。場合によっては鷹の眼や鬼○郎髪の野郎共も加わるかもしれねぇ」
いつになく鬼気迫った様子の主将に、誰もが重々しく頷いてみせた。
「オレ達がやるべき事は1つ…カントク命令を遂行しつつ、大事なチームメイトを、オオカミ共の魔の手から死守することだ」
いいな!と日向が号令をかければ、おおっ!と頼もしい全員の声が後に続く。
「……えと、一体なにがどうなってるんでしょう…」
「いいから、お前は細かいこと気にせず、おにーさんたちに任せとけって!」
使命感に燃え上がる男たちを見て不思議そうに小首を傾げる黒子に、ちゃっかり円陣を抜け出していた木吉は、そうノンキに笑ってみせた。
「…にしても、ほんと可愛いなぁ」
「…?何がですか?」




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