「……この身に代えても…?」
「そうよ!テツ君は、絶対に私が幸せにしてみせる…!」
あまりに真剣な桃井の告白。
その迫力に呑まれ、誠凛の1年生トリオは勿論、火神や黄瀬までもが言葉を失い、固唾をのんで事の成り行きを見守っている。
そんな中、何が起こっているのかいまいち理解できていない黒子だけはキョトンとした表情を浮かべていたが、やがて何を思ったのか、己の手をとり跪いたままの桃井に合わせ、その場に膝をついた。
文句のつけようがないほどの美少女である桃井と生き人形のような今の黒子が向かい合い手を握り合った様は、まさに『乙女の祈り』そのものだ(たとえ片方が暴走系女子で、もう片方が男子であったとしても)
「…そんなの、絶対ダメですよ」
「……え?」
『丁重にお断りさせていただきます』再びか。
誠心誠意こめた告白を即座に拒絶され、目を見開く桃井。
(…あぁ、そんなにはっきりきっぱり言わんでも!!)
ショックで倒れるんじゃないかと焦りの表情を浮かべた男たちの前で、黒子は優しげに微笑んでみせる。
「…桃井さんがどういうつもりであんな事を言ったのかは分かりません……でも、この身に代えるなんて、そんなこと言わないでください。桃井さんが笑っていてくれないと、ボクだって幸せになんかなれませんよ」
ね?と小首を傾げた黒子に、桃井は己の中の何かが切れる音を、確かに音を聞いた。
「…て」
「…て?」
「…天使どころの話じゃない……っ!!」
「桃井さん!?」
そのままふらっと倒れ込んでしまった桃井に、黒子は慌てて手を伸ばす。
「…わ、私…テツ君のこと好きでよかった…本当によか、った…っ」
水や酸素だって取りすぎれば中毒を起こすように、『テツ君大好き!』成分が許容量を超えてしまったのだろう。まるで今際の際に遺言を残すがごとくそれだけを言い残し、桃井はそのままがっくりと意識を失ってしまった。
「…え!?しっかりしてください桃井さん…っ!」
そんな彼女をどうしていいか分からず、黒子は助けを求めるように同級生たちへ視線を向けた。
「……って、なんでそんなリアクションなんですかキミたち」
そして、その先で顔を赤らめ視線をさまよわせていた挙動不審な彼らに、思わず眉を寄せることになった。
「い、いやオレたちは別に…っ」
「お、お前のことかっこ可愛いとか…っ」
「よ、妖精だとか女神だとか聖母だとか…っ」
「…思ってない思ってない思ってない!オレの相棒マジ天使だなんて全くこれっぽっちも思ってねーからな!!…ま、まして、桃井の奴うらやましーだなんてそんな…」
「…そんなこと、思ってるに決まってるじゃないっスかーっ!!」
さすが「自分に正直に」が座右の銘の黄瀬である。ギリギリ――かなり極限ではあるが、本当にギリギリのところで理性を保っている誠凛チームを尻目に、「オレにも微笑んでまいえんじぇーる!」などと叫びながら、なりふり構わず黒子へと飛びかかって行った。
「…黄瀬君…っ!?」
190近い長身の男がのしかかってくる恐怖に顔を青ざめさせ、それでも桃井を残して自分だけ逃げるわけにもいかず、ただ小動物のように身を竦める黒子。
「…黄瀬てめー待ちやがれっ!」
我に返った火神が慌てて腕を伸ばすも、すでに遅すぎた。
あわれ黒子は黄瀬に押しつぶされてしまうのか――と思われたが、
「…あれ、黒ちーん?」
その直前、ひょいっと黒子を抱き上げたのは、軽い口調の持ち主だった。
「……紫原君!」
「やっぱり黒ちんだー。黄瀬ちんが騒いでるから間違いないと思ったけど、なんか随分かわいーかっこしてんね」
いきなり何なんスか紫原っちズルい!なんていう黄瀬の抗議を見事にスルーした紫原は、1年生トリオが慌てて桃井を回収したのを横目で確認すると、父親が子供にするように――もしくは男が恋人にするように、黒子の腰を両手で抱え上げ、その場で数度くるくると回ってみせた。
「…ちょ、ちょっと、紫原君…っ」
「…んー、いつも以上にふわふわだし甘くていー匂い…黒ちん、ほんとかわいー」
振り落とされまいと己の首にかじりついてきた黒子の頬に、紫原は己のそれをスリスリと摺り寄せる。
「…驚いたな。一瞬、本物の人形かと思ったよ」
まるで猫のようなコミュニケーションを交わす紫原。そんな彼に苦笑を浮かべながらそう声をかけてきた人物はこれまたよく知った相手で、火神は思わず目を見開いた。
「…タツヤまで!……ほんと、どんだけヒマなんだよお前ら…」
たかが文化祭に秋田から出張してくんなと驚きと呆れがないまぜになった表情を浮かべる火神に、氷室は帰国子女らしい大げさな動作で肩を竦めてみせた。
「…ひどいなタイガ。かわいい弟の日常生活を覗いてみたいという、健気な兄心じゃないか……まぁ正直、女装喫茶なんていうファンキーなニッポン文化、見逃せないって思ったのもあるけど…」
言いながら、火神の割烹着や一年生トリオのメイド服、そして黒子のドレス姿を改めてマジマジと見つめる氷室。
「…Oh,This is Japanese HENTAI culture!素晴らしいね!」
「HENTAI言うな!明らかにそっち目当てじゃねーか!……って、そもそもなんで女装喫茶のこと知ってんだよ」
「…なんで、って。教えてもらったからだよ」
「…誰に?」
「それは…」
「赤ちんに決まってるじゃん」
黒子を下ろしてやりながら、紫原が氷室の言葉を引き取った。
「…ちょっと待て。なんであいつがオレらの模擬店まで把握してんだよっ!?」
「だって、赤ちんだから」
「うん、赤司君ですしね」
当然の疑問を叫ぶ火神に、赤司との付き合いが長い紫原と黒子は何でもない事のようにそう答えてみせた。
「…そ、それより、本人は今どこに…」
あまりに当然のことのように言われ、間違っているのはオレの方なのかと一瞬自信を喪失しそうになりながらも、火神は最も警戒すべき相手だろう赤司の居場所を恐る恐る確認する。
「…んー、なんか、将棋部に助っ人頼まれてた大会と重なっちゃったらしくって……『残念だけど出ないわけにはいかないからね、テツヤによろしく伝えてくれ』って、赤ちん言ってた」
「…あぁ、不参加だと不戦敗になっちゃいますもんね…」
「……Thank you God!! Thank you God!! Thank you God!! 」
基本的に目に見えないものに縋ることはしない主義の火神だが、この時ばかりはいるかも分からない神に感謝したくなった。だってこんな幸運、信じられない。
「…火神君は一体どうしちゃったんですか?」
「…まぁ、放っておいてあげようよ。タイガにもタイガなりの苦労があるみたいだからね……それよりも」
とってもネイティブな発音で感謝の言葉を叫びだした相棒を訝しげに見つめる黒子だったが、そこで急に氷室に手を取られ、驚きに目を瞬かせることになった。
「…氷室、さん…?」
「…本当に可愛いね黒子君……まるで本物のお姫様みたいだ」
氷室は、前髪に隠れていない方の目を笑みの形に細め甘く囁くと――そのまま流れるような自然な動作で、黒子の手の甲にキスを落とした。
「……っ」
年上の男のセクシーさと余裕を滲ませた氷室に、まさにお姫様にするように触れられた黒子の頬が、みるみる内にピンク色に染まっていく。
「……え、なんだよその反応!」
そこでたまらず声をあげたのは、火神だった。
「お前、オレに対してそこまで動揺したことねーだろうが!!」
自分だって今まで何度となく抱き上げだり、抱きしめたり、時には唇と唇が触れそうな距離で見つめ合ったり、はたまた同じベッドで腕枕をしながら寝たことすらあるというのに!(これだけの事しながら、付き合っているわけではない2人に逆にビックリだ)
「…え、だって…」
顔が火照ってしまっているのを自覚しているのか、氷室に握られていない左手を頬にあてながら、恥ずかしそうに俯く黒子。
「…だって何だよ…」
はじめて目にする表情は反則級に愛らしかったが、それを引き出したのが自分以外の男かと思うと複雑な気持ちにならざるをえない。火神の声が不機嫌なものになってしまったのは、仕方のない事だろう。
「…だって、氷室さんこそ、まるで本物の王子様みたいで…」
あんまりかっこいいから、男のボクも思わずドキっとしちゃいました――なんて、胸中で嫉妬の嵐が吹き荒れ状態の火神に、黒子は実に可愛らしい言葉と態度で、実に容赦なく追い打ちをかけてきた。
「…お、王子様って…」
「そんなの!オレの方が王子様じゃないっスかーーっ!!」
「めんどくせーからお前は引っ込んでろっ!!」
負けじと自己主張をはじめた黄瀬と、彼を忌々しげに阻止する火神、そして2人を余裕の笑みで見つめる氷室。
そんな彼らに、黒子はポツリと呟いた。
「…さっきからどうしたんでしょう。今日のみんなは、いつにも増して変です」
「…黒ちん、何でだか本当に分かってないの?……まったく、そういうニブいとこ、相変わらずだね」
「……悪かったですね」
紫原に呆れたような眼差しで見下ろされ、黒子はムっとしたように唇を尖らせた。




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