「…もー、青峰君ったら、すぐどっか行っちゃうんだから」
どうにか誠凛の文化祭に引っ張り出してはきたものの、すぐに姿を消してしまった色黒の幼馴染に、桃井は愛らしく唇を尖らせる。
そんな彼女に苦笑を浮かべたのは、先ほど校門前で合流した黄瀬だった。
「…まぁまぁ、青峰っちだって黒子っちには会いたいだろうし、放っときゃそのうち出てくるっスよ」
「…全く、久しぶりにテツ君に会えるの楽しみにしてたくせに、素直じゃないんだから……もう、ツンデレはミドリンだけで十分だよ」
「…あ、でも…」
桃井がこぼした愚痴に、黄瀬は何か思いついたように声をあげた。
「ん?どうしたのきーちゃん」
「…ほら、黒子っちも、ちょっとツンデレ入ってるとこあるっスよね?」
「…テツ君の、ツンデレ…?」
言いながら、一体何を思い浮かべたのか、
『……いい』
どこかにトリップしたような眼差しで、2人はそうウットリ呟いた。
「…おかーさーん。あのおにーちゃんとおねーちゃん、何であんなに幸せそうなのー?」
「こら、見ちゃいけません!」
黄瀬と桃井。美男美女の組み合わせはいつも他人の目を引くのだが、今の彼らは別の意味で目立ちまくっている。
なんというか、妄想でここまで幸せになれちゃうあたり、さすが黒子を中心に力づくで世界を回しかねない2人である。
「…さ、それじゃとりあえず、テツ君のとこ行こっか!」
「そうっスね!」
一通り自分の中の黒子を愛で終わったのだろう、周りから注がれる視線も何のその、そう言いながら2人は手元のパンフレットに視線を落とした。
「そういえば、何やるかは聞いてなかったんだよね。えーっと、バスケ部の模擬店は…」
「…ん?あれ、火神っちだ」
「ほんとだ!…でも、何で全力疾走?」
そこでタイミング良く正面から歩いて――いや、物凄い勢いで走ってきた火神に、黄瀬と桃井は顔を見合わせた。
「おーい、カガミーン!何そんなに急いでるのー?」
「…げ、桃井に黄瀬…っ!!」
桃井の呼びかけに足を止めた火神は、ものすごく、ものすごーく嫌そうな表情を浮かべた。
「…そのリアクションひどくねーっスか。つーか、なにその恰好!」
「ほんとだ、フリフリだね!」
フリル付きの割烹着を身に纏った火神の姿に、黄瀬と桃井から笑い声が上がる。
「…な、笑ってんじゃねーよ!」
「あは…っ、いや、だって…っ、その顔で割烹着…しかもフリフリ…っ」
「でもけっこう可愛いよ!似合ってる似合ってる」
腹を抱えて爆笑する黄瀬に、にこにこ微笑む桃井。
笑いの種類は違えど、同じくらい羞恥心を煽られて、火神はギリギリと歯を食いしばった。
「…オレだって、好きでこんな恰好してるわけじゃないっつーの!」
「えー?んじゃ何でなんスか?」
「…そ、それは…っ」
「あれ?もしかしてバスケ部の模擬店関係?」
「…いや、まぁ、そうなんだけど…」
何故か珍しくも煮え切らない態度の火神に、黄瀬と桃井は揃って首を傾げた。
「…バスケ部って、何の模擬店やってるの?」
「……き、喫茶店…」
「喫茶店で、何で割烹着なんスか?」
「…だから、その…」
そんな当然の疑問にも、火神は答えを返すことができなかった。
だって仕方がない。黒子の身が確保できてない今、この2人の黒子ブーストに火をつけてしまうのは、あまりに危険すぎた。
「…変なカガミン」
「まぁ、いいっスけどね。行けば分かることだし」
いつまでもはっきりしない火神に、2人が肩を竦めた時だった。
「あ、火神いた!」
「もー、お前今まで何やってたんだよー!」
火神を呼ぶ声に振り返ったその先、
「あれ?1年生トリオの2人じゃん…って!」
メイド服を着た河原と福田の姿が視界に入った途端、ぶはっ!と、今度は黄瀬と桃井、2人して噴き出すことになった。
「やっだー!かわいー…っ!」
「め、メイドって…に、似合ってねー…っ!」
「…そんなに笑わなくても…」
2人に――特に女子である桃井に爆笑され、河原と福田は怒っていいのか悲しんでいいのか分からず、微妙な表情を浮かべている。
「…あ、そうか、女装喫茶ってやつ?そう言えば部活別に模擬店バトルやるって聞いてたし、流石に気合い入ってるね!」
事前に入手していた情報を思い出し、目の端にたまった涙を指で拭いながら、桃井が納得の声をあげた。
「なるほど、それはまた随分思い切ったっスね…まぁ、確かに話題にはなるだろうけど」
「そうだよね、誠凛バスケ部員のじょそ…」
――ん?
そこで、2人の表情がガラリと変わった。
「…誠凛バスケ部の…」
「…女装…?」
『……って、ことは…』
そう声を揃えて呟く2人の眼は――そうまるで、エモノを狙う肉食獣のようだった。
こうなったらもう、2人の頭にあるのは黒子のことだけ。
黒子っちは、テツ君はどこ!?どこにいるの!?と、誠凛バスケ部に物凄い勢いで詰め寄り、問い質し始める。
「…ちょ、落ち着けって…っ!」
「落ち着いていられるわけないっスよ!黒子っち、オレの黒子っちはどこっスか!?」
「誰がお前のだ!?」
「いいから黒子っちくださ…って、え…?」
火神の胸元を掴み必死に問いかける黄瀬だったが、その向こうから歩いてくる2つの人影に気付き、思わず目を瞠ることになった。
1つは、『あ、ヤベ、すっげぇマズイところに来ちゃった』と顔を歪めている降旗(メイド)
そしてもう1つは――
「…あ、黄瀬君と、桃井さん」
黒子の顔、黒子の声、黒子の笑顔。
黄瀬が愛してやまない黒子の全てを持った美しい人形が、自らの名を呼び、微笑みを浮かべる。
その、次の瞬間、
「…嘘だっ!!」
黄瀬はそう叫びながら、ガンっ!と勢いよく壁に頭を打ち付けた。
「き、黄瀬くん…っ!?」
「つ、ついに壊れたか!?」
黒子と火神があげた驚きの声も、黄瀬には届いていないようだ。
「…嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!だって都合が良すぎるっスよこんな可愛い恰好した黒子っちが見れるわけないじゃないっスかいやいや黒子っちが女の子だったらなんて思ったことはないんスよだって男だろうが女だろうが黒子っちが黒子っちのままでいてくれることがオレにとっては何より大事なことだし黒子っちがこの世界に存在してくれていること自体が奇跡的なことだと本気で思ってるしむしろもうこれ以上は好きになれないって思った次の瞬間にはまた新しい魅力に気づいちゃうしライバル発言の時とかいやもうマジでまいったなぁどころじゃなかったんスからね試合中じゃなかったらオレ絶対その場に泣き崩れてたっスよだってオレの一番仲良かったよねアピールに『普通でしたけど』って今思うととんだツンデレじゃんもう何この可愛いすぎる生き物いやだからと言って別に『黄瀬君はやっぱり女の子の方がいいんですか?』とかしょんぼりした感じで言ってほしいとか思ってるわけじゃなくっていや思ってるけどとりあえず可愛い恰好してくれるならそれはウエルカムなわけででもそれは女装限定じゃないしたとえばオレのシャツ一枚羽織ってくれればそこはユートピアだよねと日頃から思ってた控え目で健気なオレの前にリアルで天使な黒子っちとかそんなこと絶対ありえないじゃないっスかこれは夢だ罠だああでもいっそ夢でもいいからこのま…」
「…よし、とりあえず落ち着け。そして息をしろ」
息を吐くこともなく暴走を続ける黄瀬が怖く――もとい、心配になって、火神は黄色い頭にチョップした。
「…いてっ!?……あ、あれ?夢じゃない…?」
「…お前さ、どんだけこいつのこと好きなんだよ……いや、知ってたけど」
まさに夢から覚めたような表情を浮かべる黄瀬に火神は顔を引きつらせ、さりげなく黒子を背中にかばいながら、うんざりとそう呟いた。
「…少しは桃井を見習えよ。ほら、お前と同じ黒子狂でも、冷静なもんじゃねーか…って、桃井?」
火神をはじめ、皆が視線を向けた先、桃井は無言のままスタスタと黒子へ近づいていく。
「…桃井さん?」
そして、何をするのかと不思議そうに首を傾げた黒子の足元に跪き、その手を取ると、
「…テツ君、テツ君はただ笑っていてくれればいいの。この身に代えてもあらゆるものから護り、何よりも大切にするって誓います。絶対絶対、私がこの手で幸せにしてみせるから…」
今まで見たことないほど真摯な眼差しを黒子へ向けながら、その言葉を口にした。
「――私のモノになってください」
「…うわ!男らしい!!」
あまりに男前な桃井の発言に、その場にいた男どもはそう叫ぶことしかできなかったという。




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