黄瀬涼太(5歳)の長所は、めったなことではくじけないこと。そして短所は、反省したことをすぐに忘れてしまうことである。
「黄瀬君おはよう!」
「りょーた君おはよー!ね、あとで一緒におままごとしようよ!もちろんりょーた君が旦那様ね!」
「ずるーい!あたしだって、涼太君の奥さんやりたい!」
いつもと同じように、園の下駄箱で女の子たちに囲まれながら、黄瀬は小さなため息をついた。
昨日は随分とかっこ悪い姿を晒してしまった。取り巻きの女の子たちは特に気にしていないようだが、ぶっちゃけ彼女たちはどうでもいい。気がかりなのは、彼にどう思われたかだ。
ちっちゃくって影が薄くて、いつも赤い髪の幼馴染の背中に隠れながら、大きな瞳でおずおずとこちらを見上げてくるちんちくりん――
「いた…っ!?」
「えっ!?」
ぼんやりしていた黄瀬は、足元にしゃがみこんでいた誰かに気付かず、思いっきり体当たりしてしまった。
「ご、ごめん…っ!」
慌てて手を伸ばすと、そこにいたのは、黄瀬が今の今まで思い描いていた相手――黒子テツヤだった。
「な、なんでちんちくりんがここにいるんスか!?黒子クンは、となりのヒヨコ組じゃないっスか!」
「…あ、あの、ボク、きょうからウサギぐみに…」
「……へ?」
おずおずと返された応えに、黄瀬は思わず目を見開くことになった。
「……なんで?」
「それは……あの、オトナのじじょーだから、くわしくはおしえられないんです」
本人も分かっているのかいないのか、いつも以上に舌っ足らずな説明を理解することはできなかったが、とりあえず確かなのは、今日から黒子が黄瀬と同じウサギ組になったということ。
「……赤司、だっけ?あいつもいっしょっスか?」
「……いいえ、せーちゃんは、ヒヨコ組のままです」
「……ふーん」
黄瀬は、気のないような返事をしながら、にやけそうになる顔を必死に引き締めた。
理由は分からないが、これからは限られた外での運動時間だけでなく、いつでも近くでこの小さな相手の大きな瞳を見ることができるのだと思うと、何だか無性に嬉しくなってしまうのだ。
「でも、黒子クンだいじょうぶなんスかー?いっつもあいつにベッタリだったし、ひとりじゃトイレにも行けなかったりして」
昨日黒子を泣かしかけたことを散々悔いたはずなのに、全くその反省が活かされていない。今も真っ赤な顔で俯いてしまった黒子を見て、内心では「あ、ヤベ」と焦りながらも、ついついいじめたくなってしまうのだ。
「……ひ、ひとりで、だいじょうぶ、です…っ」
「ほんとに?きゅうしょく食べるのおそいから、手伝ってもらってるって聞いたっスよ。こないだだって、オモチャとられて泣いてたじゃないっスか」
「……だ、だいじょ、」
「ちっとも大丈夫じゃないよテツヤ!!」
黄瀬の追い打ちに目を潤ませていた黒子は、後ろからかけられた声に勢いよく振り向いた。
「せ、せーちゃん…っ」
「テツヤ、可哀そうに……ほら、おいで」
どこからやりとりを聞いていたのか、赤司は黄瀬をキツク睨み付けてから、黒子に優しく微笑みながら腕を広げた。顔をくしゃくしゃにした黒子は、その中に飛び込――もうとしたところで、ピタリと足を止めてしまった。
「……テツヤ?」
「……だめです。ボク、ひとりでだいじょうぶにするんです!」
「テツヤ、そう強情をはるんじゃないよ。この先もずっと、僕はお前と一緒だ。それでいいじゃないか」
「ボク、ちゃんとつよくならなきゃなんです…っ」
目の端に涙をいっぱいに溜めながらも、頑として譲ろうとしない黒子に、流石の赤司も焦りを覚えたようだ。
「テツヤ!いいから僕の言うことをきけ!」
「やぁ、です!」
「テツヤ、いつからお前はそんな聞き分けがなくなったんだ!?……これ以上僕に逆らうようなら、そんな悪い子はもう知らないからな!」
「……あぅ…せーちゃんの、バカぁ!」
「な!?ば、バカって言う方がバカなんだからな!テツヤのバカ!」
うわぁぁんと泣き出してしまった黒子に、やはり泣きそうになっている赤司は気がかりな様子を見せながらも、そのまま隣のクラスへ戻って行ってしまった。
「……うわ、ビックリした。あいつもあんな風に、どなったりするんスねぇ」
普段とは別人のようだった彼に驚きながらも、それ以上にすぐ横で泣きつづける黒子が気になって仕方がない。
「……あの…」
どうしよう。こんな時何て声をかけてたらいいのか。
元気だしなよ、とか、あんな風に自分の意見が言えるとは思わなかった、意外とやるじゃないっスかとか……大丈夫、これからはオレがいっしょにいるよ、なんて言ったら、ビックリするだろうか。
「ちんち、じゃない……く、黒子っち、オレ…」
もしかしたらこれは、ずっと気になってしかたなかった、でも素直に「友達になろうよ」と言い出せなかった相手と、仲良くなれるチャンスなのかもしれない。
ドキドキと胸を高鳴らせながら、黄瀬は黒子に向かってとびっきりの笑みを浮かべてみせた。が――
「……あれ?お前なんで泣いてんの?」
黄瀬の伸ばした手が届く前に、黒子の頭に置かれたのは浅黒い肌の手だった。
「ふぇ?」
「うわ、デッカイ目!んなに泣いてると、落っこっちゃうぞ?」
その言い方がおかしかったのか、それとも見上げた先にあった笑顔があまりに明るく優しいものだったからか、黒子は涙を流しながら、ちいさくふふっと笑い声をもらした。
「……おかしなひとですね」
「……そうか?とにかく、おまえ泣いてないでわらってろよ。そっちのが、ぜったいかわいいから」
「……あの、青峰っち?」
いきなり現れて何だかいい雰囲気をつくりあげている相手の名を、黄瀬はおそるおそる口にした。
「ん?……なんだ、黄瀬かよ。オレ今いそがしいんだけど」
「ちょっ、ひどくないっスか!?」
けっこうな仲良しだと思っていた相手の、明らかに迷惑そうな表情に、黄瀬は抗議の声をあげた。
「だいたい、青峰っちはそいつのこと知ってたんスか!?昨日まではとなりの組だったんスよ!」
「そうなのか、ぜんぜん知らなかった……まぁいいや。それより、お前なまえは?」
「……黒子、テツヤです」
「テツヤ……テツ、でいいか。オレは青峰大輝。今日からよろしくな、テツ!」
「……はい、あおみねくん…っ」
「ちょっ、何でおいしいとこぜんぶもってくんスか青峰っちズリー!!」
黄瀬の絶叫すら、にこりにこりと微笑み合う青峰と黒子は、全く気にしていないようだった。





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