青峰大輝(5歳)は、とても優しい少年である。
「……そっか、じゃあテツは、そのせーちゃんってヤツにきらわれたくなくて、ひとりでがんばろうって思ったんだな」
「ボク、よわむしで、ひとりじゃなにもできなくて……でも、だからこそがんばらなきゃっておもって、それで…」
「テツはよわむしなんかじゃないぜ!変わろう、がんばろうって思ったんだから、じゅーぶんすげぇヤツだ!」
「……青峰くん…っ」
「あー!もう!だから何でいきなり仲良くなってるんスか!?何こぶしとかあわせちゃってるんスか!?もうおたがいしか見えてないじゃないっスか!?いろいろおかしいでしょっ!?」
オレだって黒子っちと話したい!そう言いながら黄瀬は無理やり青峰と黒子の間に割り込んだ。
「……なんだよ、さっきまでテツのこと泣かしてたくせに」
「……黄瀬くん、ぼくのことちんちくりんって…」
「もう意地はったりしないから!そんな場合じゃないって分かったから!お願いだから青峰っちの後ろに隠れないで黒子っちぃぃぃぃっ!」




「テツヤぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
黄瀬が絶叫しているのと同じ頃、隣の組で同じように黒子の名を叫ぶ少年がもう一人。
「なんで、なんでだいテツヤ!何故僕の愛を理解してくれないんだ!?」
「……いきなりあいとか、赤ちんおもいよー」
「……言ってやるな紫原」
ガクリと膝をつき悲痛な叫びをあげる赤司の傍らで、友人である紫原と緑間はそんな会話を交わしていた――ちなみに前者はお菓子を食べながら、後者は将棋の本を読みながらである。
「って、お前たち何だその態度は!?僕とテツヤの破局の危機なんだぞ!?」
「……ミドチン、はきょくってどんな意味だっけ?少なくともただのオトモダチに使うことばじゃないよねー?」
「答えるだけムダだなのだよ。どうせこの状態が長くつづくとは思えんからな」
「……そうか、そうだね!テツヤが僕なしで耐えられるはずないんだ!」
赤司の幼馴染LOVEっぷりを嫌というほど見せつけられている2人は、赤司がそう長く黒子から離れていられるはずないという意味で言ったのだが、本人にはうまく伝わらなかったようだ。
「でもまぁ、たしかに黒ちんだって赤ちんいないとこまるでしょ。てか、こうしてる間にも、どっかふらふらーっていなくりそうで、オレちょーしんぱいなんだけど」
「…そんな、蝶をおいかけて迷子になる子猫みたいな……いや、あいつならありえるか」
同い年とは思えないほど幼く頼りない友人のぽややんとした笑顔を思い浮かべながら、2人はそろって眉を寄せた。
「……でもほら、何となく悔しいけど、黒ちんのほうから、やっぱり赤ちんがいないとダメ、ってなるかもしれないし…」
「……まぁ、赤司の代わりに、あいつを支えてくれる相手が見つからなければ、だが」
「いや、そんな都合よくはいかないっしょー」
「そうだな、この短時間で、黒子を大事に想ってくれて、更に黒子自身も好意を持つ相手に出会うなんて偶然は、そうそう起こるものではないのだよ」
あははーと笑い合う2人。壁を挟んだすぐとなりの教室で、青峰と黒子が仲良く手をつないで微笑み合っていることを、知るはずもなかった。








「父さん!僕に5千万ほどください!」
「あぁ、今月の小遣いなら……って、5千万!?」
そろそろカードを与えてもいい年頃か、なんて考えていた赤司家の当主は、やはり一般庶民とはかけ離れた感覚をお持ちだが、その息子は更に上をいくようだ。
「税金対策の一環としての、生前贈与だと思えば安いものでしょう!」
「……そうだな、ただ詳しいことは税理士に相談……って、そうじゃなくて、5千万も一体どうする気だ!?」
一瞬息子のペースに乗せられそうになりながらも、ギリギリのところで踏みとどまる。
「……テツヤと」
「……テツヤ君と?」
「テツヤと駆け落ちする為の資金にあてようかと」
「………は?」





黒子が赤司から離れていって、早1月ほど。早々に「やっぱりボク、せーちゃんがいないとダメです…っ」と泣きついてくるはずだという赤司の目論みは、見事に外れることになった。
「テツヤの奴、青いのと黄色いのを侍らせて……あんなに尻軽だとは思っていなかった!」
「よ、よそ様のむすめ…じゃなかった、息子さんに向かって、尻軽なんて言うのは…」
「だってその2人だけじゃないんですよ!危なっかしくあっちにふらふら、こっちにふらふらする度、オトコを引っかけてきて!何なんだあいつはやっぱり天使か何かだったんだ!!」
「落ち着きなさい征十郎…!」
まぁ確かに、お向かいに住む黒子さん家のテツヤ君は大変愛らしいが、少なくとも背中に羽は生えてなかったはずだ。
「……それで、何故駆け落ちなんか…」
「簡単なことですよ。天使が雄の欲望に汚される前に、保護してやらなければ」
「……いや、ちょっと待ちなさい」
「あいつら、僕のテツヤにベタベタと馴れ馴れしく触れるなんて許せない……テツヤを汚していいのは、僕だけだ!」
「いやいやいやいやいやいや、ちょっと待って!」
思わず悲鳴をあげながら、父は息子に必死に訴えかける。
「男同士の結婚とか、そもそもお前たちは何歳だとか言いたいことは山ほどあるが、ちなみにテツヤ君自身は何と…」
「テツヤには何も言ってません……大丈夫、最終的に僕を愛させる自信はありますから」
「テツヤ君のご両親は…」
「やだな父さん。テツヤのご両親……特にお父様が許してくださる訳ないのが分かっているから、駆け落ちしようと言ってるんです。あの人だけには、勝てる気がしませんから」
あまりに堂々と敗北を宣言してみせた息子に、父親はガクリと肩を落とした。
「……つまりお前は、自分以外の子がテツヤ君と仲良くするのが悔しくて、テツヤ君が自分から離れていくのが寂しいわけだ」
だったら駆け落ちなんて突拍子のないことを考える前に、正直な気持ちを伝えてみればいいのに。
どうしたらそれを息子に伝えられるだろうと、父が眉間にシワを寄せた時だ。
「失礼いたします」
ノックと入室の許可を求める声に続いて部屋に入ってきたのは老執事――その後ろには、赤司の父と同年代の男性と、そして、
「……テツヤ!」
「……赤司君」
意識の変化とは、これほど人に影響を及ぼすものなのか。たった1ヶ月。その短い時間の中で、黒子は驚くほど成長していた。
特別身長が伸びたとか、外見が大きく変わったわけではないが、たどたどしかった言葉はなめらかに、オドオドといかにも臆病そうな態度は、随分落ち着いたものになっていた。
「あの、どうしても赤司君に聞いてもらいたいことがあって……でもどうしてもゆうきがでなくて……あの、だから、お父さんもいっしょでいいですか?」
「いや、それは構わないが、赤司君て……え?せーちゃん呼びは?」
「……ごめんなさい。いっぱいいっぱいがんばったつもりだったんですけど、やっぱりボクは弱虫のままで」
「いや、そんなの全然問題ないんだけど、せーちゃん呼びは?」
「ボク、ずっと赤司君にたよりっぱなしで、いっぱいメイワクかけてしまってて……いつか赤司君にきらわれるんじゃないかって、ずっとずっと、こわかったんです…っ」
紡がれる声は震え、徐々に小さくなっていく。それでも黒子は、深く息をつきながら必死に言葉を続けた。
「がんばってつよくなったら、もういちどお友達になってくださいっておねがいしようって、ずっと会いにくるのガマンしてました……でもやっぱり、赤司君がいないと、とってもとっても、さみしいんです…っ」
そこでついに、黒子の瞳から涙が零れ落ちた。
「…だから、こんなボクだけど…よわいままのボクだけど、赤司君といっしょにいさせてくれませんか…っ?」
「テツヤ…っ!」
精いっぱい、心からの気持ちを伝えてくれた黒子を、赤司は力いっぱい抱きしめた。
「……お前は本当に、ダメな奴だ…っ」
「……赤司君、ボク…っ」
「お前にはボクがついていなくちゃダメだと……一緒にいてほしいと、ボクは最初から言っていたじゃないか!」
「……はい…っ」
僕もお前がいなくて寂しかったと小さな声で呟く赤司に、黒子は涙を流しながら、ただうんうんと、何度も何度も頷いてみせた。
「……泣かなくていいよ、テツヤ。これからはまた、ずっとずっと一緒だ」
「……ずっとずっと、ですか?」
「そうだ、小学校に上がっても、中学、高校、大学も同じところに通おう。その後は海外の国籍を手に入れて、そこで挙式しよう。僕がこの手で、お前を幸せにしてみせるよ」
「きょしき?」
よどみなく述べられた将来のプランに、黒子は何のことかと小首を傾げているが、聞き逃すわけにいかなかったのは赤司の父だ。
「……いやいや、ちょっと待とうか征十郎」
「大丈夫です父さん。赤司の血が流れた跡取りが欲しければ、ビジネスとしての人工受精という手がある。……あ、ちなみに僕はテツヤ以外に自分の精子をくれてやるなんて、たとえ間接的にでも御免なので、お父さんがお願いします。大丈夫、生まれてくる子供は僕とテツヤで責任持って育てますから、安心してください」
「安心できる要素が何一つないんだが!?」
「愛し合う2人を引き裂こうなんて、無粋ですよ。テツヤと僕の更に強固になった愛を邪魔できるものなんてこの世に――」
「……征十郎君、もう一回言ってもらえますか?」
黒子を腕に抱きしめたまま、ふふんと不敵に宣言してみせようとした赤司だったが、その言葉を遮ったのは、穏やかな――しかし何故か底冷えのするような声だった。
「………お、おとー様」
「いや、私の聞き間違いだと思うんですよ?なんせ、テツヤはまだこんなに小さいですし、何より私は息子を嫁に行かせるつもりもないですし……いやほんと、私の聞き間違いだと思うんですよ?でもほら、可愛い大切な子供のことなんで、念のために確信しておかなくてはと思いまして」
うちのテツヤを、どうするつもりなんですか?
にこにこと微笑みながら、答えを促してくる黒子の父親を、赤司はキッと睨み付け、
「………これからも、仲の良いオトモダチでいたいなぁ、と…」
「…ほんとですか?赤司君、あかりがとうございます!」
「良かったですね。テツヤ君は、征十郎君のことが、大好きですもんね」
「はい!……あ、でも、一番好きなのは、お父さんとお母さんですよ?」
「……そうですか。私もお母さんも、テツヤ君のことが大好きです」
嬉しそうに頬を染める息子を抱き上げた父は、母親そっくりな空色の髪を撫でながら、満足そうに頷いてみせた。
「……では、また明日からテツヤ君のことお願いしますね。今度、幼稚園の他のオトモダチといっしょに、家に遊びに来てください」
黒子の父はにこにこと嬉しそうに笑いながら、同じようににこにこ微笑む息子の手を引いて、赤司家を後にした。
「……父さん、やはり5千万ください!ここにいたらいつまでたってもテツヤに手が出せる気がしない!」
「……征十郎、せめて後10年は大人しくしていなさい」
あぁ、子供は天使だなんて、誰が言ったのだろう。……これが天使だというのなら、大人になったら何になってしまうのか。
己の欲望に忠実すぎる息子を持った父の嘆きを、聞く者は誰もいなかった。




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