黒子テツヤ(4歳)のことを、一言で説明するのは難しい。
人の心の機微に敏く、年の割にしっかりした意思を持ってはいるのだが、同年代の子どもより少々言葉が遅く、更に運動も苦手だったりするので、必要以上に幼く見えてしまうのだ。
更には、人並み外れて影が薄いというのだから、周りの人間が過保護になってしまうのも無理のないことだろう。
そして、父親同士が学生時代からの友人であり、生まれた時から交流のある赤司もまた、本人は認めていないが、そんな人間のひとりだった。
「テツヤ、貸してみろ」
「…せーちゃん、でも…」
「いいから、ほら」
幼稚園の自由時間。外で遊ぼうと下駄箱で靴を履きかえようとしていた黒子に、赤司は声をかけた。本人にまかせていると時間がかかるし、そうなると影の薄い黒子に気付かずに走ってきた他の園児に、蹴飛ばされるなんてことになりかねない。
「せーちゃん、いつもごめんなさい…」
「謝らなくていい。お前は僕がいないとダメなのは、今にはじまったことじゃないだろう」
シュンと肩を落とした黒子から、赤司はぷいっと顔を背けた。そのことで更に黒子が落ち込むのは分かっていたが、叱られた子犬のような様があまりに愛らしくて、直視できなかったのだ。
「ほら、いいから、さっさと外に…」
「あー!チンチクリンはひとりじゃクツもはけないんっスかー?」
赤司と共に立ち上がった黒子にかけられた、そんな声。振り向くと、たくさんの女の子にかこまれた黄色い髪の少年が、こちらに指をつきつけていた。
「ひとりじゃなーんもできないなんて、かっこ悪いっスよねぇ」
「だよねー!テツヤくん男の子なのに女の子みたいだし、かっこわるーい!」
「そのてんりょーたくんはかけっこ早いし、お歌もうまいし、かっこいーよねー!」
どんなに幼くてもやはり女の子はイケメンがお好きなようで、園でも1,2を争う美少年である黄瀬のイヤミに、取り巻き達からの追い打ちが嬉々としてかかった。
「赤司君だってかっこいーのに、なんで涼太君と遊ばないの?」
「テツヤ君といるより、絶対いいのにねー」
こういう時、子供はとても残酷である。
かっこ悪いだの女の子みたいだの、その挙句自分は赤司といるのにふさわしくないなんていう言葉をつきつけられ、黒子は唇を噛み締めながらうつむいてしまった。
その大きな瞳の端から涙が溢れそうになっているのに気付いて慌てたのは、何故か率先して黒子を貶していたはずの黄瀬だった。
「な、泣かなくたっていーじゃないっスか!?…黒子クンがどーしてもっていうなら、遊んであげないこともないし!」
女の子たちの群れから離れ、黒子に駆け寄ってきた黄瀬。身長差からそのままでは俯く黒子の顔を見ることができなかったので、腰をかがめる。
「だから、こいつとばっかいないで、たまにはオレとも……てっ!?」
黒子に手を伸ばそうとした次の瞬間、黄瀬は空中を舞っていた。
「……僕のテツヤを泣かせる奴は、親でも殺す」
綺麗に背負い投げを極められ、地面に倒れ伏した黄瀬を見下ろす赤司の瞳は本気だった。
「…いたい!……てか、ちょ、ちょっと待って、道具ははんそく…っ」
いつの間にか工作用のハサミを握りしめていた赤司に、黄瀬は顔色を青ざめさせた。すぐに逃げ出したいのに、痛みが残っていて動くことができない。
「せーちゃん、ダメ!」
あ、オレ死ぬかも。幼いなりの覚悟を決めた黄瀬だったが、その前に黒子が赤司に抱きついた。
「……テツヤ、離せ」
「せーちゃん、やめてください。ボクないてないです、だから…」
「僕は、こんな奴とお前が比べられたことも不快なんだ……運動はともかく、お前の歌声はまさに天使だというのに!」
「……どうせボクは、うんどうにがてですよ」
拗ねたように唇を尖らせた黒子の愛らしさに、ようやく赤司も余裕を取り戻したようだ。
「……今回はテツヤにめんじて見逃してやるが、次はないと思え」
幼稚園児とは思えない迫力でそう言い捨てると、そのまま黒子の手を引いてその場に背を向け歩き出す。
後には、悔しそうに唇を噛み締める黄瀬と、茫然とした女の子たちが残された。
「…くそ…っ!」
何故こんなにも腹立たしいのか、その感情の名を、黄瀬本人も分かっていなかった。



「……せーちゃん、ごめんなさい」
「だから、謝らなくていいと言っただろう」
他には誰もいない教室に戻ってきてからも、悲しそうな表情の黒子。
足が遅いとか、かっこ悪いとか、そんなのは今までにも何度も言われたことだから、今更落ち込んだりはしない。ただ、自分は赤司の友達にはふさわしくないと言われたのが、ひどくショックだった。
(……ボクが、せーちゃんがいないと、なにもできないから)
実際、面倒かけてしまう自分に呆れた顔をする赤司だ。このままでは赤司本人にも嫌われてしまうかもしれないと思うと、一度は引っ込んだ涙がまた溢れそうになる。
(せーちゃんに、きらわれたくない、です…)
その為にはどうしたらいいか。黒子の決意を赤司が知るのは、翌日のことになる。







「はっ!?何でっ!?」
翌朝、出張から帰ってきた父親が朝食の席で告げた内容に、赤司は食器をひっくり返しそうな勢いで反応した。
「……いや、だから、テツヤ君を別の幼稚園に移したいと、ご両親から相談を受けて…」
普段は大人びて冷静な息子の変貌に若干ビビりながらも、赤司の父はおずおずと説明を繰り返した。
「だからその理由を聞いているんです!どうしてテツヤが……あ、まさか、昨日の一件が!?」
黄瀬にあんなことを言われ傷ついたのだろう。外見も心もガラス細工のように繊細なテツヤのことだ無理もないと、赤司は勝手に結論づける。
「なら話は早い。テツヤではなく、あの黄色い駄犬を転園させるべきです!」
「お、落ち着きなさい征十郎……昨日何があったか知らないが、どうやらテツヤ君は、お前にこれ以上迷惑はかけたくないと思っているらしいんだ」
「……僕に?迷惑?」
「自分のことすら何も出来ないのが嫌になったと……実際お前も『テツヤは本当に世話がやける、僕がついててやらないと何もできないなんて、困ったものです』とか言って…」
「子供の本音と建て前を見抜けないなんて、あんたそれでも親ですか!?んなの照れ隠しに決まってるでしょう!この僕が嫌々他人の面倒を見るとでも思ってるんですかこのクソ親父!」
「…く、クソ親父…っ」
予定より随分早く来てしまった反抗期に、日本を支える赤司家の現当主は泣きそうになっている。
「あぁ!こんなことならテツヤに好きだと言葉で伝えとくべきだった!人前でももっとベタベタしとくべきだった!」
「好き……せ、征十郎、それは勿論、お友達として…」
「あ、因みに先日、キスは済ませました。後は僕の精通を待つばかりです」
「逃げてテツヤ君!」
この息子はやるといったらどんな手を使ってでもやると、父は絶望に顔色を青ざめさせた。その能力と意思、そして財力を与えてしまったのは、他でもない彼自身だ。
「…せ、征十郎、テツヤ君の転園はないから、落ち着きなさい」
「……本当ですか?」
「影の薄いテツヤ君を安心してまかせられる園を見つけるのに時間がかかるだろうし、とりあえずは組を変えてもらうという事になったんだが…」
赤司達が通う幼稚園には、年少年中年長、それぞれ2組ずつしかない。ということはつまり、
「……黄瀬と同じ組なんて…っ」
(……あぁ、これは一波乱どころじゃ済まないな。テツヤ君、強く生きてくれ…っ)
ギリギリと歯を食いしばる息子に、父は空色の瞳の少年を想って泣きそうになったという。




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