拍手連載 03 あいつが求めた たった一度の救いを 俺には今、気になる生徒が二人いる。 一人は最近来た転入生。 何に対しても誰に対しても物怖じせず、はっきりと自分の主張をするところとか、見た目にそぐわない快活な笑いとか、この学園の中じゃなかなか珍しい態度が面白くて、名前呼びも許してやったし、我が儘も聞いてやっている。 贔屓だと言われれば、そうだろう。 学生の頃からの悪い癖だ。俺は、自分が好きなものにはとことん甘い。 もともと、崇高な理想があって教師になった訳じゃなかった。 遊びまくった大学時代、この不景気に就活するのも面倒で、とりあえず教員免許を取った。卒業を控えて、私立のこの学園が教員の募集をかけているのを知って、半ば興味本位で応募したんだ。 全寮制の男子校。女がいないのは痛かったが、破格の給料と待遇は魅力的で、採用された時は素直に喜んだ。 最初は引いた同性愛の風潮も、慣れてしまえばどうってことない。突っ込む穴があれば同じって身をもって体験したからな。 だから別に、教師としての誇りとかねぇし。好きなもんは好き、嫌いなもんは嫌い。 それでいいと思っていた。 ―――のに。 「…おい泉、お前……」 「………」 最近気になっている、もう一人の生徒。 この学園では逆に珍しいくらい平々凡々な男、泉。 俺はこいつが嫌いだった。 こいつはいつでも俺のお気に入りの転入生、杏里の隣を独占していた。しかもそれで生徒会役員に近づこうとしたらしいから、全校生徒にも嫌われて当然だ。 だからこいつが制裁と称した暴力を受けていようがどうでもいい、そう思っていた。 そんなこいつが気になるようになったのは少し前。ある日を境に、こいつの雰囲気はがらりと変わった。 それまで制裁に多少なりとも抵抗していたこいつが、それをやめた。 諦めたとか、そういうんじゃない。ただ死んだような目をして、されるがままになっている。 暴行の痕は日増しに目立つようになり、ついに今日、 「お前、まさか……」 廊下をふらふら歩いていたこいつ。ボタンが外れて開きっぱなしのシャツは皺くちゃで、スラックスのあちこちに白いシミができている。 それが何を意味するか、わからないほど鈍くはない。 こいつは、強姦されたんだ。 平凡な泉がそんな目に遭うなんて考えたこともなくて、動揺し二の句が次げない俺に、泉は微笑む。 「―――今更でしょう、先生」 「……っ!」 無機質な、しかしどこか歪んだ笑みに背筋が凍る。 こいつは、こんな笑い方をする生徒だったか。 そのままゆっくり立ち去る泉を、俺が引き止められるはずがない。 そう、あいつの言う通り、今更なんだ。 以前、放課後の空き教室で制裁が行われているのを見かけた。 止めようとした。だが殴られているのが泉だと気づいて、自業自得だと思って、何も言わなかったんだ。 僅かに開いた扉の隙間から、刹那交わった視線。 罵声の間を縫うように聞こえた掠れた声。 確かに聞こえた。 だけど、だから、聞こえなかったふりをした。 人気のなくなった廊下で、拳を握り締める。 教師としての誇りなんてない。弱い者を救うお綺麗な理想なんてない。 なのにどうして、こんなに腹立たしいんだ。 『た…すけ……』 あいつが求めたたった一度の救いを、俺は笑って捨て置いた。 |