たったひとつの(2) | ナノ
拍手連載  02 

彼が流した
たった一筋の涙を 



僕はあの人の親衛隊長だ。

特別な出会いだったわけじゃない。中等部の入学式で隣に座っていた男の子、それがあの人だった。
見かけたことのない美しい顔が凛然と前を見据えている、その横顔に恋をした。

仲間を集めて、親衛隊を結成して。僕は隊長に選ばれた。

―――あの人の傍に行ける!

仄かな期待はあっさりと打ち破られた。


『なぁ、寮まで一緒に帰るか?』

『ああ、待ってろすぐ行く』


地味で、何処にでもいそうな平凡な男。そんな奴があの人の隣で笑って、あんなに親しそうにしている。
そんなの、許せなかった。

だけど僕らは平凡に制裁したりはしなかった。
他の誰でもない、あの人が、「あいつは大切な幼なじみなんだ」と言ったから。あれ程真剣な顔をされては否とは言えない。

僕らは不満を抱きながらも、じっと彼らを静観した。
高等部から二人が距離を置いたことも知っていたから、誰も文句は言わなかった。



均衡が崩れたのはあの忌ま忌ましい転入生がやって来てから。
あの人は、平凡ではなく転入生に構うようになった。

平凡の時とは比べものにならない甘やかし方に、隊内が不穏にざわめく。


「隊長! やっぱり制裁を…っ」

「…認めないよ」

「でもっ、」

「認めない」


強い口調でそう言えば隊員は押し黙る。僕は溜息をついて会議室の下、裏庭の隅を見遣った。

あの平凡は、今や生徒会役員の親衛隊の恰好の餌食だ。転入生に制裁できない鬱憤をあいつで晴らす。

裏庭は暗黙の制裁スポット。
転入生が来てから、度々あいつが制裁を受けるのを見てきた。

かつてあの平凡を守ったあの人がもう傍にいないことも、

あの人が平凡に対して何を言ったのかも、

初め抵抗したり反論したりしていた平凡が、今では死んだような表情でされるがままになっていることも、

僕は全部、知っている。


(……貴方は、知っていますか)


それでも僕は手を出さないし、助けもしない。
二人の関係に静観を望んだ、あの人の言葉通りに。

制裁の後、傷だらけの身体を抱きしめて平凡はくずおれる。


『あいつは大切な――…』


彼が流したたった一筋の涙を、僕は見ないふりをした。





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