08
「―――隊長!!」
澄んだ声が後方から響く。
聞き馴染んだそれに足を止めて振り返れば、小柄な友人は息を切らせて走り寄ってきた。
「隊長、隊長…! 大丈夫ですか、生徒会の連中に何もされませんでしたか…!?」
ぺたぺたと確かめるように僕の顔に触れる彼は、五十嵐環(イガラシタマキ)。会長方親衛隊副隊長だ。
会長をはじめとした役員全員に恋愛感情を抱いていない環はこうして、事あるごとに文句を付けられる僕を心配し気遣かってくれる。
それも、今日が最後になってしまうけれど。
「…環」
「はい!」
元気よく返事して大きな瞳を僕に向けてくれる彼に苦笑しながら、顔に添えられたままの小さな手に触れる。
「親衛隊のこと、よろしく頼むよ」
ひゅ、と息をのむ音が聞こえた。
眩しいほどの笑顔は凍りつき、触れ合う手からはわずかに震えが伝わってくる。
誰より聡い彼は、その一言だけで全て悟ってしまったようだった。
「…どう、して」
「………」
「どうして、隊長が…っ」
泣きそうに歪められたその表情に、それでも僕は笑みを返すことしかできない。
「隊長は何もしてないじゃないですか…! むしろ制裁が起きないように、ずっと、ずっと頑張ってきたのに、」
「それでもね」
あの人が、そう望んだから。
あの人と僕の関係性を知る環は、その言葉だけで、何も言えなくなってしまう。
狡いとは思う、だけどこれはもうどうしようもないことだから。
「五十嵐環、今この時を以て、君を会長方親衛隊隊長に任じます」
「……………謹んで、お受け、します…」
堪えきれなくなったのか、大粒の涙がぽろりと彼の頬を伝う。それを指先で拭えば、堰を切ったようにとめどなく雫が零れていった。
「…そんなに泣かないで」
「隊長がっ、泣かない、からじゃないですかぁっ……!」
「うん、…ごめんね」
こんなに優しい彼に全て押し付けてしまうのは申し訳ない。だけど、隊を統率できるのは彼しかいないだろうから。
あの人のことを頼むよと言えば、隊長は馬鹿ですと泣きながら返された。
夕日に濡れた人気のない廊下に、小さな嗚咽がいつまでも響いていた。