07
◇ ◇ ◇
その日は朝から騒がしかった。
なんでも大企業の慈善事業だとかで、偉い人がこの施設にやってくるのだという。
お菓子や玩具をたくさん持ってやってきたその人たちにお礼を言うようにと、施設の子供たちは皆ホールに集められていた。
(ばかばかしい)
嬉しそうな声を上げて騒ぐ他の子供たちを横目で見ながら、僕は隅の方で一人本を読んでいた。
ばかばかしい。
お菓子も玩具もいらない。そんなものが、いったい何の救いになるっていうんだ。
カワイソウな僕たちに施しを与えて自己満足に浸っているだけじゃないか。
そんなひねくれたことを考えながらページをめくる僕の前に、ふっと小さな影が落ちた。
「おい、お前!」
顔を上げれば、小奇麗な格好をした美少年が目の前で仁王立ちしていた。
勝気そうな強い光をたたえた黒い瞳が真っ直ぐに僕を射抜いている。
「お前、なんでこんなとこにいるんだよ。せっかくプレゼントを持ってきてやったのに!」
「……」
その言葉に、ああ彼は例の偉い人たちの子供だったな、と一人納得する。
上から目線の傲慢な言葉、それでも虚飾のないそれはいっそ清々しく、反論する気にもなれなかった。
応えない僕にいらだったのか、彼は語気を強めて詰め寄ってきた。
「お菓子いらないのか? おもちゃも? なんだよ、ほしいものがあるなら言ってみろ! おれが用意してやるから!!」
恵まれた子供の無神経な言葉。
普段あまり表情を崩さない僕も、さすがにこの時ばかりは小さく笑ってしまった。
ほしいものがあるなら用意してやる?
そんなの無理だ。だって僕がほしいものは、
「―――家族」
「え?」
「僕がほしいものは、僕の家族だよ」
そんなの君に用意できないでしょう、と笑う。当たり前だ、僕の家族はもうこの世にいない。
だから放っておいてくれ、という意味でそんなことを言ったのだけれど、しばらくぽかんとしていた彼は、僕が読みかけの本に視線を戻す前にぐっと僕の腕をつかんだ。
驚く僕に、彼は口を開いて強く言い切る。
「じゃあおれが、お前の家族になってやるよ!」
まるでなんでもないことのように、それが当然であるかのように笑う彼。
言葉の出ない僕に、彼はまぶしいほどの笑顔を向ける。
「お前、名前は?」
「…瑞紀」
「みずき」
確かめるように呼ばれたその名に、身体が震えるのを感じた。
つまらない、この世界。
なのに僕を見つめる彼の瞳、その奥の光だけは鮮やかにきらめいている。
つかまれた腕に感じる熱が、これが現実なのだと教えてくれた。
「おれが家族になってやる。だからみずき、―――――」
その一方的な約束が。
僕をここまで生かしたんだと、君は、――貴方は、一生知らなくていい。
◇ ◇ ◇