小説 | ナノ
09


深夜3時。
荷物を片付けてがらんとなった部屋を見渡して、ここにもう戻ることはないのだと今更のように実感する。

正式に退学通告があったわけではないけど、僕は今日中に学園を去るつもりでいた。
あの理事長のことだ、書類や手続きは既に手配しているだろう。それに、そんなものがなくたって、僕にはあの人の言葉だけで充分だった。

要らないと、言われた。

あの人に掬い上げられ、あの人に尽くすと決めた命だった。それを否定されて、それでも心がこんなに凪いでいるのは、永遠なんて夢見ていなかったからだ。


(ずっと、わかっていたことだ)


あの人は僕を側に置いてくれる。でもそれは永遠じゃない。
いつか公私ともにあの人に見合うパートナーが現れて僕はお役御免になると、ちゃんとわかっていた。
そしてその日が少し早まっただけの話なのだから。

戸籍上の実家――八城の家に戻るつもりはない。
お義父さんとお義母さんは優しかった。あの人の突飛な提案を笑って受け入れて、本当の子供のように接してくれた。
それがとても嬉しくて、申し訳なくて。
存在意義を失った今、これ以上迷惑をかけるのは耐えられなかった。

行く宛てがある訳じゃない。ただ、人知れず消えることができる場所を探しに行こうと思っている。


(本当に…さよならですね)


傲慢で我が儘で、だけど誰より思慮深くて。
冷たい瞳の奥に優しさを隠して、望んだ訳でもない立場で責任を全うしようとしていたことを知っている。

そんな貴方が初めて、地位も立場も関係なく、一人の人間を求めた。
その事実に、僕は泣きたいくらいに安堵したのだ。

貴方は王だ。
この学園という小さな国に君臨する、唯一無二の王様。
孤独に震えるその背中を支えられたらと思った。けれど、それを実行しうる相手は、王に頭を垂れる従者ではなく、誰からも愛されるお姫様でなくては。

貴方が孤高の王として在り続けるために、どうかその拠り所を見失わないで。
全てを抱え込まないで、弱さも痛みも分かち合って。

それが叶うなら、愚かしい想いと一緒にこの身が消えても構わない。

ただ一つの、愛惜の願い。

貴方が、幸せで在るようにと。


「………行かないと」


必要最低限の荷物だけ詰めたさして重くない鞄を肩に掛け、同室者を起こさないように玄関に向かう。
今から歩けば明け方には麓に着くだろう。

最後に校章のピンを靴箱の上にそっと置いた。
入学する時にあの人がくれたそれ。捨てることなどできなくて、けれど手元にあれば決心を鈍らせるだろう小さな絆を、僕は此処に置いていく。
せめて僕の生きた跡を残せれば、なんて、本当に狡い人間だ。

一度目を閉じて、扉に手を掛ける。

深夜3時過ぎ。
僕は一人、学園を後にした。




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