断章 戦鬼、狂喜し夜霧の京にて蠕動す

 王の城で知り合った識者曰く、私はどうやら世間で言う所の「バグ持ち」であったらしい。
 そこでようやっと私は修羅道の如き半生は訳あってのものであると知り、このどうしようもなく変え難き性分と余生を過ごさねばならぬと思い知るのであった。


 私の生まれはダークエリアである。
前世で罪を負った魂がそこに生まれ堕ちるのか、或いはそこで生まれてしまったが故に悪の運命を神より与えられるのか。デジタルワールド有史以前より未だ答えの出ない問いであるが、一度息づいてしまったからには最早どうでもよかろう。
 幼年期の時分はどのように生きていたのか定かではない。生まれたばかりの赤子だった頃の記憶など誰が覚えていようか。
闇の研究所で造られた改造デジモンであるとか別にそういう特別な出生という事はなく、きちんとデジタマから自然に生まれたデジモンである事は確からしい。少しばかり年上であったファスコモンがそう言っていた。当のファスコモンはこの話をしている途中でデビドラモンに啄まれ連れ去られてしまったが。
ああ、惜しい事をした。突然の出来事に呆けている暇があったのなら、デビドラモンに爪の一つでも立ててやればよかったのだ。
そうすれば獲物を取られまいとするデビドラモンの奴と一戦交えられただろうに。

◆◆◆

 当時、成長期としての私はドラクモンであった。
 ドラクモンの例に漏れず悪戯好きで、他の成長期達と徒党を組み、目に入るデジモン全てにちょっかいをかけて回っていた。
 だが、私の「悪戯好き」としての感覚は、他のドラクモンやウィルス種の成長期達と大いにずれていたようだ。

 その日のターゲットはケルベロモンだった。ゲートの守護等の役職持ちではなく、一般の成熟期が進化した「野良」である。戦えば圧倒的に格上の相手だ。
 我々は寝ているケルベロモンに忍び寄り、尾を、手足を、三つの頭を、ぼろ布から作ったリボンで丁寧に丁寧に飾り付けてやった。
随分と愛らしい姿になったところで、むず痒さを感じたのかケルベロモンは目覚めた。体に群がる我々の存在に気付くや否や、奴は口から炎を吐きながら我々を追い立てた。
 必死の形相で怒り狂うも頭のリボンのせいで間抜けにしか見えないケルベロモンを、我々はけらけらと嘲笑った。

 私と仲間の行動が一致していたのはここまでだ。

 大体の被害者は我々をとっとと追い払うか叱りつけるかのどちらかなのだが、ケルベロモンは虫の居所が悪かったらしい。奴が我々に怒り心頭で地獄の業火を吐き出そうとしているのを見て、私はこう考えた。
「両手の邪眼で操ってやれば、勝てるんじゃないか?」
「その前にドラクモンの丸焼きにされちゃ敵わない。腹の下に潜り込んで噛みついてやれ」
 ケルベロモンと戦うための立ち回り方だ。だが、我が渾身のアイディアは実行されずに終わってしまった。行動に移ろうとした瞬間、私の体は何者かの手により宙へ浮かんでいた。
 犯人は仲間のピコデビモンとツカイモンだった。彼らは私の体重を必死に支えつつ急いで飛んで逃げ、そして先に逃げていた残りの仲間と合流する。

 隠れ家へ逃げ延びた後に、彼らが口々に「何やってんだ」「早く逃げろよ」と私を責めたてるので、逆に私は「どうして邪魔をするんだ」と口を尖らせて抗議した。私としては多少の軽口を交えた口喧嘩のつもりであったのだが、しかし、彼らは困ったように顔を見合わせるだけで何も言おうとはしなかった。
 私は余計に腹を立て、「お前らだって、デジモンじゃないか。俺たちデジモンはいつだって戦うチャンスを狙ってて、今がそのチャンスだったのに。どうして逃げるんだ」と言ってやった。
 デジタルモンスターは闘争本能を持って生まれ出ずる。誰に教わるまでもなく、己が胸に燻る猛りでそれを知る。同じデジモンであるならば、分かってくれると当時は本気で思っていた。
 ピコデビモンがようやく口を開いて言った言葉は、「でも、それで本当に死んだらそれまでになっちゃうじゃないか」だった。
 幼く、浅慮であった私は、仲間の目的は「悪戯で迷惑を掛ける事自体を楽しむ」というもので、その後に生じる争いや闘争欲求とは無関係だと思い至らなかったのだ。


 私が己の性質を認識するに至った出来事はもう一つある。
 ドラクモンは特別吸血が必要な種族だが、そうでなくともデジモンには食事が必要だ。年下の世話をするような殊勝なデジモンなんぞ殆どいないダークエリアにおいて、食べ盛りの成長期は何を食べるか? そう、格下のデジモンを狩って食べるのだ。
 悪戯仲間は狩り仲間でもあり、別の群れからはぐれた同格以下のデジモンをめざとく見つけては集団で襲い、分け合っていた。
 その日に見つけたのは幼年期デジモン……肉を齧った覚えがあるからボタモンかキーモンか何かだったのだろう。種族までは覚えていない。
 幼年期と言えどもデジモンはデジモン、これが中々すばしっこい。こちらも相応に骨を折らねば捕まえられぬ。という訳で我々はそいつを必死に追いかけていた。
 今となっては「お前の楽しいは白々しく聞こえる」と心無い言葉を言われてしまう私だが、この時は本当に楽しかったのだ。獲物は自身の命が掛かっているから必死に逃げる。我々もまた、命が掛かっている。命懸けで走るのは悪戯と同じくらい楽しい。仲間達としては「腹が減ってそれどころではなかった」らしいが。
 そう、この時の私が楽しさを感じていた理由は、上で紹介したような「悪戯の先に待つ楽しみ」と同種のものが待っていると期待していたためだ。幼さ故の短慮であると今なら認められようが、子どもというのは何にでも楽しさを期待してしまうものだ。
 たまたま私の邪眼が効いて、大人しくなった獲物を鷲掴みにして捕えた。
 そいつが何の手ごたえも無く我が手に収まった瞬間、我が胸の内に膨らんだ期待が萎びていくのを感じた。狩りの功労者として真っ先に食べる栄誉を手にした喜びは、この失望感を拭うに能わなかった。
 おかしい! なんだこの飢餓感は! 今、こうして血を啜り肉を食んでいる真っ最中だというのに、少しも満足できない!
 足りない足りない足りない、こんなものを殺して食ったところで、俺は満足できない!

「お前、一人で食いすぎだぞ!」と叩かれて我に返った。
 冷静になった頭で己が欲求の正体について考え、思い至った。弱い者を追い詰めるのは私の趣味ではない。私の心身の全てが、より強き敵との命の削り合いを望んでいると。


 格上に闘いを挑む手段として悪戯は不適当と学習した私は、直接勝負を申し出る事にした。半数のデジモンはこれも悪戯と思い、まともに取り合ってはくれなかった。
 残りの半数は渋々我が要求に従った。しかし成長期の私が敵う筈もなく。勝負にさえならず死にかけた私を、仲間が命からがら引き摺って帰るのが常であった。
 死にかけのぼんやりとした頭で感じていたのは悔恨だった。
 俺がもう少し強いデジモンだったなら、成長期の弱い自分でさえなければ、今の敵と満足に戦えた筈なのに。強さが欲しい。もっと強くなりたい。そして強い相手と死合いたい、と。
 当時の私は、今よりかは殊勝な少年であったので、決して仲間を顧みなかった訳ではない。ただ、それらは私が歩みを止める理由にはならなかっただけの話だ。

 いかなウィルス種成長期と言えど、他人の悪戯に巻き込まれるのは耐え難いらしい。最初は私を必死で助けてくれた仲間も最後には呆れ果てていた。 
 嫌われ距離を置かれてしまったようだから、折角なので彼らを扇動し、戦闘を伴う争いを起こせないか実験を試みた。
 しかし、当時の私は今ほど口が達者ではなく、また、彼らは我が本性を嫌ほど思い知っていたがために上手くいかなかった。
 互いに興味を失った私と元・仲間達は、誰から言い出すでもなく自然と袂を別っていた。以来、私は完全体へ進化するまで数十年に渡り単独で行動していた。

 弱さは罪である。我が肉体は弱く、弱く、ひたすら弱く。成熟期へと進化し力を得るまで、苦痛な格下狩りを続け捕食せねばならぬ。
 同じ成長期の好敵手を終ぞ得られなかった事は不幸である。
 成長期は私にとっての暗黒期であった。

◆◆◆

 やがて私は成熟期のサングルゥモンに進化した。一人称を「私」へ改めたのはこの頃だったか?
 この姿に進化し、新たに備わった力の詳細が電脳核に流し込まれた瞬間の高揚をよく覚えている。
 強靭になった四足で千里を駆け、体を無数の塵に分解し、歓喜のままに生まれ育った地域を飛び出した。より強き相手と出会うために。

 成熟期ともなれば世代や種族で私を侮る者はいなかった。勝負をしたいと申し込めば、額面通りの力試しと受け取られて戦闘を行う事ができた。相手は同格の成熟期から手強い完全体、時には究極体や稀にいる成長期にして他を超越する猛者まで幅広く。
 駆け出してすぐに出会ったデビモンに、夢中で勝負を挑んだ時の事をよく覚えている。私が飛び上がり刃を飛ばしたのを彼は躱して、鉤爪のついた腕をどこまでも伸ばした。私はそれを躱したと思い込んだが私の頬は切り裂かれ、元は表皮だったデータと鮮血が我が跳躍の軌跡を示した。私は躱そうとしてつけた勢いのまま彼の首元まで跳躍し、しかし彼は私が噛みついて来る事など予想済みで――あの時、私とデビモンは、刹那の瞬間に那由他の命の駆け引きをしていたのだ。血が、闘志が、熱が、緊張感が、私の中を駆け巡り電子核を激しく回転させ、焼き切れそうなまでの喜びをもたらした。
成長期の私が待ち望んでいた、夢のような世界であった。

 時にはサングルゥモンの「吸血された相手は絶命する」という特徴を恐れる者もいたが、そうした輩には「吸血だけはしない」と主張し無理矢理勝負の約束を取り付けた。
 経験やロードの回数を積むに連れ私の強さも上がっていったように思うが、その度に格上に挑んだので勝率は五分と五分だ。

 しかし勝負を挑む際、多くの対戦者から「命が惜しくはないのか」と問われるのが不思議でならなかった。血沸き肉躍る闘いを前に惜しむ命など、デジモンが持ち合わせている訳がないだろう。当時の私はそう考えていたからだ。
 まあ、こういう事を言う奴は大抵私を倒す気満々であるから、言われて困る事は無かったが。
 逆に嫌いなのが戦う前から命乞いをして闘いを避けようとする輩だ。先述した吸血を厭う連中とは訳が違い、なんとしてでも闘いを避けようとするので困ったものだ。
私の目的は戦う事であり命を奪う事ではないのだが、同じ成熟期にこういう事をされると流石に頭蓋を噛み砕いてやりたくなる。噛み砕いてやった。


 行動範囲が広がった私は町に顔を出すようになった。
 ダークエリアに町なんかある訳ないだろと宣う無礼者もいるが、表のデジタルワールドの連中が知らないだけで、そこの統治者によっては向こう側に劣らない生活水準の町が出来ていたりもするのだ。ヴァンデモンなんかが統治しているとブランド物の血が店に並んでいたりするぞ。君が吸血種なら行ってみるといい。
 初めてまともな料理を食べさせてもらったり、更なる強者の居場所を尋ね回ったりしている内に、私は今のような立派な社交性を身につけていったという訳である。

 そこで知り合った連中に指摘されて初めて気が付いたのだが、どうも私は生への執着が薄すぎるらしい。
 やはり飽くなき闘争心はどのデジモンも持ち合わせているものだったのだ。しかし、普通は生存欲求も持ち合わせているが故に、死に近い無謀な戦闘は弱いデジモンであればあるほど避ける。だが私は死を恐れないので、人並みに生へ執着するデジモンと温度差が生じているという話だった。
 正直なところ、私は「戦うために命を維持しているのだから、命惜しさに闘いを避ける連中は本末転倒だろう」とも考えたが、ここにいない連中の話をされても彼らは困るだろうから何も言わなかった。


まあ、以上の我が業にまつわる考察は全部憶測で事実とは異なっていた訳だがな。


 命知らずの戦闘狂は私以外にもダークエリアにごまんといて、そうした連中はコロシアムに足繁く通っているとも教わった。私は辻斬りのような真似を続けつつ、コロシアムにも通い詰めた。この習慣は城仕えになった今でもずっと続けている。
 コロシアムには戦うために戦う連中が集っているので外れが無くて最高だった。多額のファイトマネーが出るので金のために戦う連中もいたが、真面目に戦ってくれさえすれば動機なぞどうでもいい。寧ろ、ただ力試しに来た連中よりも必死に戦ってくれてありがたい。
 などと考えていたら、いくつかのコロシアムを出入り禁止になった。理由は「異常な出場回数から関係者との不健全な癒着を疑われた」、「戦意を喪失した相手へ戦闘続行を強制する行為がいくらなんでも多すぎる」、「コロシアム運営とは無関係の来場者同士のトラブル」、「苦情」等である。ああ、ご無体な!
 仕方が無いのでそういうのを気にしない闇の闘技場を探したり、ファイトマネーを元手に強者を集めて個人大会を開いたりなどしていた。個人大会の方は何故かすぐに人気が無くなってしまったが……。おかげで金が余っている。

 後にあのくそったれ我が王との出会いを控えていると考えると、この頃が一番幸せな時代だったやもしれぬ。
 しかし、勝負にならないほどに実力が離れた猛者は、未だこの世に溢れ返っている。私は更なる強さを得、彼らと戦う事を胸に誓ったのだった。

◆◆◆

 やがて私も完全体……今の姿へと進化を果たす事になる。
 懐かしき二足歩行へ戻り、吸血衝動の中に今までには無かった指向性が芽生える。即ち、強者の血液のみを欲するようになったのだ。
 いよいよ食欲さえも我が闘争欲求と癒着を果たし、追従した。

 マタドゥルモンに進化したデジモンは、強者の血を啜る幽鬼へと成り果て、彷徨い歩くと言うが、私の場合は因果が逆だ。
 修羅の如き闘争欲求は我が肉体に変容を及ぼし、データベースに登録された数多の完全体の中で最も我が性質に近しい存在のマタドゥルモンへ至らしめたのだ。
 思えば、私の進化の道筋は初めからこの姿へ至るための過程であったのやもしれぬ。

 戦える強者の格も格段に上がった。名のある強者とも戦える程の力を手にした私は文字通りに舞った。我が人生初めての喜びの舞だ。もし進化した先がマタドゥルモンではなかったとしても、私はこの時、舞っていただろう。
 機動力が落ちたのだけは痛かったが、闇雲に歩き回るまでもなく名門へ殴り込みを掛けても追い払われなくなったため(こういう組織は門番や警備員がまず強いので生半可な強さではお目当てに辿り着けない事もある)問題は無い。
 相変わらず吸血目的と思われ嫌がられる事もあったが、血は要らないと言えば逆に不審に思われるようになった。それもそうだ。多くのマタドゥルモンは、あくまで食性が先に来て強者との闘いを望むようになったのだから。そういう時は黙って蝶絶喇叭蹴するに限る。喧嘩を押し売りできればこちらのものだ。
 姿が変わったので出禁になっていたコロシアムへの出入りも再開した。何故かすぐにバレてしまったが。

 同族とばったり出会う回数もサングルゥモンだった頃より格段に増えた。何故なら食うものが基本同じだからだ。俺より強い奴に会いに行くと大抵は同じく強い奴を探してる奴にぶち当たるのだ。
(ここだけの話、マタドゥルモンは腹が減ると近くの同族と取り敢えず蹴り合って、そこそこ強さを確認してから互いに血を吸い合っていたりと割と適当に吸血しているぞ。連中は食い物にプライドがあるから言わないだけだ。本当だぞ。ソースは私だ)


 同族との出会いで済めば良かったのだが、この出会いは余計な縁にも繋がってしまった。

「ご機嫌よう、素敵な夜ですね」

 我がモン生史上最低最悪の出会いは、この一言から始まった。
 これが運命の出会いであるというのなら、私は今すぐ首を捩じ切って死んでもいい。本気でそう思っている。
 本当に良い夜ではあったので、名月を見れば私は何度もこの出会いを思い出すのだろう。最低だ。

 私が知り合ったマタドゥルモンの中に、主と私を会わせたいという個体が何体かいたので空返事をしてしまったが最後、その貴人は満月の夜に向こうから姿を現した。
 青白い月光の下で、同じくらい青白い顔が品のある微笑を浮かべており、傍らには多くの我が同族が傅いている。この光景が突然に目の前に現れたのである。

 上品で優雅な出会いの次に何が起こったか。そのデジモンはいきなり大笑いし始めたのだ。他でもない私の顔を見て!
 分かるか? 人の顔を見て大爆笑だ。失礼な奴はごまんと見てきたが、ここまでナチュラルボーン失礼な手合いはこいつが……このお方が初めてだ。私を見下す意図も何も無く、「ただなんか面白かったから」ケラケラ笑っているのだ。理由をつけて馬鹿にしてくれた方が余程マシだ。下半身に付属している獣の双頭も涎を垂らして嗤っていたので100%の本心だったに違いない。

 初めて見る種族ではあるが、決して知らない種族ではなかった。

「はは、ふふふ、ふ……。もう既にご存じでしょうけれど、自己紹介を……。初めまして、グランドラクモンと申します」

 何がもうご存じでしょうだ。何が初めましてだ。成長期より吸血種として生きてきた私が、貴様という種族を知らぬ筈が無かろう。
 しかもその個体は伝説に謳われる真祖その人、ダークエリア創世記から生き続けるグレート・オールド・ワン、即ち全ての吸血種の王だ。

 コレが?

「これはこれはご機嫌麗しゅう! 我らが吸血鬼の王、グランドラクモン様」

 いくら嫌いな相手でも貴人は貴人である。礼節を欠かしてはなるまいて。と、怒りを抑え丁寧に返事をしたつもりではあるのだが、

「尊き貴方様へお会いする日を夢見て幾星霜、まさか出会い頭に人の顔を見て爆笑なさるようなお方とは思いもよりませんでした」

 しかしそれでもやはり、丁寧に応対するのが癪だったのであえなく猫被りは破綻した。
 私の上位種、生まれついて定められた我が頭上に立つ存在が、出会って5秒で嫌になるような存在だったとは知らぬままに死にたかったぞ。

「申し訳ございません。貴方がマタドゥルモンとして、面白い成り立ちをしていたもので」

 私に眉というものがあれば(私にとっては未知の部位故、憶測だが)、それをしかめていたのだろうな。
 どうも王として本質を見抜く目は備わっているようだ。備わっているからなんだという話ではあるが。出会ったばかりのこいつに我が本性を見透かされてしまうのは非常に腹立たしい。

「人間の世界には、“吸血鬼は招かれないとその家に入る事ができない”という伝承があると聞きます。この私も、貴方が招いてくれたおかげでようやくお会いできました」
「別にお招きしてはおりませぬが」

 どうせ呼ばなくとも来ていた癖に。
 それはもう殺したくなるほど苛つく態度であるが、王を見ると虫唾が走る理由はそう単純なものではない。

 王は不死身だ。生きてはいるものの死にもせず、ただそこに停滞して在り続ける、最早生命と呼ぶのも憚られる悍ましき何かだ。
全ての生命には死という終わりが存在する。デジモンはデジタマになるから死なないなどとする言説もあるが、個体としての終わりはいずれ訪れる。だが、王は個体として永遠に生き続ける。
 王は存在そのものが死という終わり、そして終わりを待つ者どもへの冒涜であり、王がそこに存在するだけで定命の者は己が存在を否定されたような感覚を覚える。
 王のせいで生じる不快感の正体はそれだ。それでなくとも性格そのものが不快ではあるが……。
 この悍ましさが転じて過剰に崇拝する吸血種も多いというから不思議なものだ。
(同じく不死の吸血種であるが故にこの呪縛から逃れて不死の王として振る舞うヴァンデモンもいるらしいが私には関係の無い事だ)

 私も私で無礼に次ぐ無礼を重ねているのに周りの部下が何も言わないのは不思議だが、咎められないならば容赦無く言わせてもらおう。

「部下達が何も言わないのが不思議で仕方がない、と思っていますね」

 一々私の心を読んだかのような発言をするな。

「大丈夫、私も部下たちもこういうやりとりは慣れっこなんですよ。私を慕ってくれている部下と、私の寝首を掻くチャンスを狙っている部下。私の城にはそれぞれ同じ数ずついますから」

 めちゃめちゃ嫌われているではないか。どこが大丈夫なのかと思った。が、違う。私が抱くべきはそのような陳腐な感想ではないのだ。
 私は不快感に惑わされて危うく本質を見失うところであった。この王は、謀反を狙う部下を複数抱えていても問題ないような「強者」なのだ。
 私の戦闘への執着を見抜いた王は、やはり私の考えをも見抜いていた。王は多くの天使へしてきたように、私へ甘い誘惑の言葉を投げかけた。

「貴方も私と、闘いたい・・・・のでしょう?」

 流石の部下たちにもどよめきが走った。無礼者と思われているのか、身の程知らずと罵られているのか。
 王は聖母が如き柔和な微笑みを浮かべ、私が戦意を肯定して挑みかかって来るのを待っていた。
 私は迷わず「その通りでございます」と答えた。
 我が生は誇りある闘争のためにこそ在り。過去未来現在全ての我が生涯において最高の相手と、手合わせせずにいられるものか!

 結果は王の圧勝である。
 巨体からは想像も出来ぬような目にも留まらぬ速さで右手に捕らわれたかと思うと、全身を握りつぶされ、比喩でなく本当に雑巾のように全身をねじり絞られたのだ。
お得意の魅了や氷の魔術を使うまでもなかった。私がアンデッドでなければ10回は死んでいた。実は1回死んでいたと言われても驚かん。
完全体に進化して尚、私と頂点には埋めがたき実力差が存在している。

 この時に芽生えた感情は歓喜と憎悪。
 歓喜とは、まだ私には挑むべき強者がいるとこの身で実感できた喜び。
 憎悪とは、私が世界一嫌いな相手に歓喜させられ募らせた恨みだ。

「我が城へおいでなさい。マタドゥルモン種にとって最も快適な環境と、私に挑戦し続ける権利を差し上げましょう」


 こうして私は、吸血王の城に招かれた。古き魔術で他の空間より隔絶された古城だ。この城には、多くの吸血種や堕天使が務めており、来たばかりの頃は「隠居している癖にこんなに部下がいたのか」と驚いたほどだ。
 大臣もいなければ議会も無いこの城(なんせ、誰一人として政治に興味が無いのだ)で、私に与えられた役職は「警備員」であった。別名を「来る訳ない敵から警護の要らない王を守る素敵なポジション」だ。 
 警備員に限らず、この城での仕事はあってないようなものだった。王の世話は信者となった連中が勝手にやるし、彼らも世話が終われば好き勝手過ごしている。リーダー気質の個体がまとめ役を担っているおかげで辛うじて集団が保たれていた。
 衣食住が保証されている代わりに給料も出ない。生活を支える家政婦へは流石に例外として金を払っているようだ。

「一つ疑問があります我が王。王の城にいるドラクモン達は何者なのです? 王の部下ではないように見えるどころか、保育されているだけのようですが」
「ええ。彼らは元はダークエリアで拾ってきた子達で、私達みんなで世話をしていますよ。彼らは私に比べるとあまりに脆くて小さくて、しかし彼らは一切その自覚が無いまま無邪気に転げ回り今にも壊れてしまいそうで、その有り様があまりに儚く愛らしくて胸が苦しくなったので思わず連れて帰ってきてしまいました」
「流石は我が王。ご趣味がおキモくておられる」
「貴方を一目見た時から同じ事を思っていましたよ」
「オエエエエエエエエエ」

 王様本人は全く好ましくないが、王城での暮らしは非常に快適であった。食うも寝るも困らんどころか必要以上に豪華なものが用意される。勿論対戦相手も困らない。
 どういう訳かは知らないが、王はダークエリアと表のデジタルワールドを繋ぐゲートを自由気ままに開く事ができた。全く、管理者のアヌビモン泣かせだ。
 王はその力を正しく悪用して他人に迷惑を掛けるのを趣味としており、その際に我々部下を連れ立って行く事も多々あった。
魔王軍との交戦を前に苛立っている天使軍のど真ん中に出現し、慌てふためく天使どもと交戦したのは非常に楽しかった。
 王へ向けられるべき怒りの矛先が我々に向けられるのだけは困ったものだが。

 勿論、魔王軍にもナイツの部下どもにも満遍なくちょっかいを出して遊んでいたぞ。
 

◆◆◆

 王の城に住まうのは部下やペットに限った話でもなく、「互いの種族に興味を持った」とかで客人として招き入れられた学者のワイズモンなんかもいる。
 そいつが「身体検査を受けろ」と言うので「面倒だ」と断ったところ、「君はあちこち変なところに行くから変なウィルスを持ち込んでいたら困る」と明け透けに言われた。酷い言われようである。
 渋々検査を受けた結果、冒頭に繋がったという訳だ。

 私は死生観云々以前に、デジモンとして成り立つための基本的なプログラム組成の段階でバグが発生していたらしい。
 デジモンは戦闘を目的として創られた種族であり、戦闘を望んで行わせるために闘争本能がプログラムされている。それでも生物としての性質も与えられた以上は、時として生命活動に付随する欲求により闘争本能は抑制されてしまう。
 だが私の破綻したプログラムには、生存の妨げとなる闘争本能を抑制するアルゴリズムは存在していない。

曰く、状況に応じて物事の優先順位を判断する機構にバグが生じており、状況の如何に関わらず「戦闘」が絶対的な最優先事項として固定された状態らしい。
 通常は人格データに備わった思考ルーチンが状況を判断し決断する仕組みとなっている。しかし結論が固定されているが故に因果は逆転し、結論に至るまでの思考経路と、思考を生み出すベースとなる人格を再現する必要があった。
結果として我が人格は戦闘至上主義者として生まれつき設定されており、感情や嗜好もそれに合わせて調整され、戦闘を優先する判断に矛盾は無いものとしている。例としては闘争本能や欲求を示す数値が、他の感情を凌駕する勢いで過剰に出力されているのだそうだ。逆にその他の欲は控えめにしか出力されない。

 即ち食欲、睡眠欲、良心、羞恥心、その他あらゆる生存本能――我が闘争本能はそれらの前提となるものとして全てに優先される。
 自己保存より戦闘行為を優先する破滅的人格の個体、それが私だ。
 ただの戦闘狂ならごまんといようが、私はそもそもの本能の組み立てからして他と隔絶された存在であったという訳だ。
 真に私を理解できるのは私以外におらず、いたとしても全てを見抜く目を持った我が王のみだろう。


 それがどうしたというのだ。
 我が生命は果て無き闘争の追求のためにこそあり、甘美なる戦を前に全ては些事である。
 何も変わらない。
 我が渇望の出所が分かったところで何だというのだ。他者の理解も初めから求めておらぬ。
 問題なのは、私自身が如何にして耐えがたき欲求を満たしてくれる強者たちと、どう相見えるかどうかだ。

 そうワイズモンに伝えたが「別に私は必要だからやった検査の結果を伝えただけで、君の悩みをどうこうする気は一切ない。治せるものでもないし」と言われた。ごもっともだ。
 という訳で私は今までと何ら変わりなく、王様の脛をかじりながら(比喩と物理両方でだ)、コロシアム荒らしを続ける生活を続けた。

◆◆◆

 こうして幼い頃より住処以外が変わらない生活を続けてきた訳だが、齢も二百を超えてしばらくすると流石に将来が不安になってきた。
 仮にだ。仮にもし、私が王をも遥かに超える力を手に入れてデジタルワールド随一の強者となり、全ての者に圧勝できるようになったとしよう。
 その時私はどうする? 実際はそこまで辿り着く前に戦死するだろうが、一度考え出すと止まらなくなってしまった。
 逆に私が戦えなくなった場合はどうする? 潔い死を選択しようにも、死に体のまま永遠に生きながらえる呪いを掛けられたら?(あの王の下にいれば実際にあってもおかしくないのが嫌だ)

 私にとって闘いを超える悦楽の存在は理論上有り得ないのだが、別の楽しみを見つけておくのも悪くはない。
 そう考えた私は城内の堕天使に片っ端から声を掛けた。堕天使の連中はこういう事に詳しいからな。
 すると面白い話が聞けた。七大魔王が一人、リリスモンが統治する地域の一角に「色町」なる区画があるのだそうだ。
 事細かに伝えたいところだが、以前成長期デジモンの保護者たちよりクレームが入ったため抽象的に伝えよう。色町というのは、体に丸みを帯びたデジモン達とたのしくあそぶ場所だ。おっと、マメモン族の事ではないぞと言いたいところだが、私が知らないだけでマメモン族のセニョリータもいるのかもしれん。

 リリスモンは人間が定めた七つの罪のうち「色欲」を司る魔王だ。しかし、色欲とは生殖行為にまつわる欲、即ちデジモンが一生感じない筈の欲だ。或いはその感覚を知ってしまったが故にリリスモンへと墜ちたのかもしれぬ。
 では、リリスモンは他のデジモンを色欲に溺れさせるためにどうしたか?
 デジモンの体に、人間と同じ部位と感覚を再現させようとしたのだ。
 そのために科学者を重用したため、リリスモン領は学術都市の一面も持っているのはまた別の話だ。
 とにかく、デジモンには不要な快楽に夢中になった連中に、私も仲間入りを果たそうとした訳だ。
 堕天使の癖にやたら肌が艶々としたレディーデビモンに導かれ、「店」に入った際のレビューをしようかとも思ったが、この話を城のドラクモンにしたら家政婦のレディーデビモンども(「店」にいたのとは別人だ)に生き埋めにされたからよしておこう。

 詳しく書けば成長期デジモンの保護者から苦情が来るため書きたくても書けないが、結論から言うと非常に楽しかった。
 本来デジモンには存在しない感覚だったのが良かったのだろうか。闘い以外への興味が極端に薄い私だが、未知の快楽は私にとって強い刺激となった。成程、七つの大罪に数えられるだけの事はある中毒性だ。私より弱い相手とも楽しめるという所も良い。
 すっかり色町のお嬢様方を気に入った私は、かねてより欲しかった持ち家を色町の近くに建ててしまった。春には桜が舞う、景勝地としても素晴らしい場所だ。
(ところが先の大戦でリリスモンは死んでしまった。以降はルーチェモン領となり、毎月のようにルーチェモンの分厚い写真集が配達されて来るようになった。捨てればバレてキレられるし非常に迷惑だ。女性型デジモンに会いたくてここに家を建てたのに、何が悲しくて野郎のキメ顔写真を見せられねばならんのだ)
 
 ドラクモンの教育に悪いと怒られるので詳しくは言わないが、私はあの一連の行為から闘いに近しいものを感じた。というより、あれも一種の闘いと私は思わなくもない。教育に悪いとクレームが来るのでぼやかした言い方になってしまうのが残念だ。
 あれはあれで良いものだ。良いものではある、が……

 ああ、駄目だ駄目だ駄目だ! 良いものではあるが闘いに替わるほどのものではない!浴びる熱も痛みも快楽さえも我が愛しき闘争には遠く及ばぬ! やはり代替物では我が髄にまで夥しく巣くう飢えを満たせなどしないのだ!
 下手に近しい代替物を試したのが仇になった。私にとって闘いとは、替えの利かぬ必需品であると深く自覚してしまった!
 私と相手を繋ぐのは愛などではなく、ミスリルの毛皮よりも鋭く尖った戦意でなければならない!
 私が流すべきは無為に流れる汗ではなく、血管を焼き尽くすほどに煮えたぎった血潮でなければならない!
 私の得物はこんなもの・・・・・ではなく、我が研鑽と尊敬する好敵手達の血によって数百年間磨かれたレイピアであるべきなのだ! この爪を以て私は、外皮ごと相手のデジコアを刺し貫く感覚に酔いしれたい!
 闘いの立ち回り、身のこなしのテクニックで相手を悦ばせたい!
 生ぬるく甘ったるい慰め合いの繭より這い出て、やすりのように荒く厳しい重圧の下で死にもの狂いで嬲りあう!
 互いの一手が相手の生死の淵に届いた瞬間に私の悦びは絶頂を迎える!
 

 失意のままに私は色町を去り、しかしその後しばらく対戦相手に恵まれなかった私は、三日後には縋るように色町を訪れていた。

◆◆◆

 こうして今も私は、我が闘志に応えてくれる強者と、更なる強者と戦う術を探し求めて城を抜け出し彷徨い歩いている。
 今いるのは魔王バルバモンの統治下にある町だ。バルバモンが治める町は決まって物価が高い故にあまり近寄りたくないのだが、今日は気まぐれに普段は行かない場所に行きたい気分だったのだ。
 どうにも広場の方が騒がしい。

『ダークエリアへ堕とされた諸君! お前達は天使型デジモンからの、蔑むような視線を覚えているか! 洞窟のような狭き暗がりに押し込められた屈辱を覚えているか! ダークエリアで生まれた諸君! お前達は青い空と照り付ける陽を知っているか! 平等と正義を謳う者どもが、お前達から奪い独占しているそれを知っているか!……暗闇の方が過ごしやすい種も多いじゃろうがあくまで比喩じゃよ?』

 どうやら街頭演説の真っ最中らしい。……おお、誰かと思えばなんと本物のバルバモンではないか。コスパの魔王様直々のプロパガンダとは珍しい。

「人が増えてきたのう。なんと出血大サービスで無料の演説じゃ! 心して聴くんじゃぞ。聞こえん奴は見るか感じるかするように。本当なら金取るんじゃからな」

 私は物珍しさに広場の中の方まで入っていった。バルバモンは朝礼台から我々聴衆をぐるりと見まわし、演説を再開する。

「儂ら闇に住まう者とアンポンタン天使どもの争いは未だ集結しておらん。長引く戦争で両世界を繋ぐゲートが限界を迎え、アヌビモンが管理を放棄する事態にまでなったにも関わらずじゃ。いい加減この下らん諍いに終止符を打つべく、儂は一計を案じたのじゃ」

 バルバモン翁には興奮すると杖の先を地面に打ち付ける癖があるらしい。演説に混じってカツカツと聞こえて耳障りだ。

「その名も、“選ばれし子ども計画”!」

 計画の名が明かされた瞬間、ミーハーな聴衆どもがざわついた。

「デジモンの成り立ちと、人間の関係は知っておるな? かつて人間は、民の一人ひとりを守るコンピュータープログラムとしてのデジモンを生み出し、更にはデジモンが住まう仮想世界デジタルワールドを生み出した。ごく少数の研究者による極秘プロジェクトであったデジモンは今や人間の歴史から消え去ってしもうたが、主人たる人間の感情に呼応し、変化する機能はデジモンの中に今も残っておる」

 人間と聞いてざわつく声に不安の声が混ざり始める。
 それもそうだ。人間とデジモンが関係を断って久しい今、デジモンにとっての人間は「デジモンより弱い別世界の生物」でしかないのだ。それを今更利用しようなどと、全くふざけた話だ。

「デジモンと主人の人間を繋げるパス、その名も“パートナー関係”を結ぶ装置さえあれば、儂らデジモンは再び人間より力を得られるようになる。しかも人間の中には、デジモンに特殊な恩恵を与える力をイグドラシルより与えられし者がいるという。正に、選ばれし者じゃ。更にその中から未熟で操りやすく、感受性も強いとされる子ども達を選び出し、対応するデジモンと同調させれば!」

 未だ不安の声は収まらない。
 バルバモンが敢えて言及を避けているが、多くが知っている事実がある。
 それは、パートナーの人間が死ねばデジモンも共に死ぬという事。元々個人の命を守るプログラムであるが故に、主人が死ねば不要となるためだ。
 人間を戦争の道具にするという事は、自らの電脳核を体外に引き摺り出す行為と変わらない。おっと、四聖獣の話はするな。
 如何な魔王渾身の案とは言え、死の危険を前に不確かな計画へ協力する阿呆などいるものか。

「……そやつは通常のデジモンとは比にならぬ力を得るじゃろう」

 世界中の何よりも力と戦場を愛している、私のような阿呆を除けば。

「さあ、天使に恨みがある者共、力試しがしたい者は我が城へ集え! 志願兵の募集をたった今から再開じゃ! そして同時に、“選ばれし子ども計画”参加者の選考を行う! 志願兵の中に選ばれし子どもをパートナーに持つデジモンがいると分かれば、そやつを計画の参加者へ加え入れる。魔王連合軍が金に物を言わせて調べれば、パートナーがどんな人間か簡単に分かるんじゃ」

 志願兵の募集と聞いて、聴衆は再び色めき立つ。
 訳の分からん作戦には協力できずとも、魔王と共に天使型デジモンへ一泡吹かせたいと思う者は多いのだろう。

「まあ、選ばれし子ども計画の方はオーディションの記念受験と思って、気軽に志願するといい。もし志願してくれるんじゃったら、そうじゃのぅ〜」

 バルバモンは顎髭を触りながら考える仕草をして、不意に観衆側へ杖の先を向ける。
 観衆達はまるで打ち合わせていたかのように綺麗に、杖が指す方向から逃げていく。

「今すぐにでも戦いたがっているそこのマタドゥルモン、お主のような奴がいいのう」

 人の海が裂けて私だけが一滴の滴のように残っている。
 私は歓喜のままにバルバモンの前へ飛び出し跪いた。

「ご機嫌麗しゅうございます、バルバモン殿! 私は流れの武闘家にてございます。どこにも属さず、風に任せて流れ行く木っ端のような私めをお目にかけていただけるとは、なんたる僥倖! 一般兵であろうと“選ばれし子ども”のパートナーであろうと、必ずやバルバモン様のお役に立ってみせましょうぞ!」


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