摩莉と完全体に進化したフレイヤがイチャイチャするだけの話

 摩莉が切り株の上に腰を下ろし、彼女の膝の上にフレイヤが乗る。強欲の魔王、バルバモンによって選ばれた愉快な仲間たちの、見慣れた風景だ。……フレイヤが完全体に進化してさえいなければ。

「あのさあ、フレイヤ、重い」

 摩莉は自分よりも背が高くなってしまったフレイヤをどかそうとする。

「ふにゃ?」

 今の「ふにゃ?」は「Why?」や「What?」といった具合だろう。フレイヤはシグルズの故郷の一件で、ブラックテイルモンからバステモンに進化した。見た目は完全に女性のそれだが、精神は成熟期の頃と殆ど変わっておらず、そのため年下に見える摩莉が女性の世話をするという不思議な状況が作り出されていた。

「ねえ、バステモンってあんたやあんたと同じ完全体なんでしょ!?」

「あんた」と呼ばれたのは旅の仲間であるバアルモンとマタドゥルモンだ。彼らの精神年齢は成人男性のそれなのに、フレイヤは子供のまま。摩莉はそれが不思議で仕方無かった。

「『なんでしょ!?』とか言われてもなぁ……」

「結論から言うと、解決方法は分からん。原因は色々考えられるが……」

 パートナーである摩莉からの力の供給によって進化したため、精神の成長が肉体の成長に追い付いていないから、というのが彼らの見解だ。

「大体、こいつ成熟期の時点で幼すぎんだよ。成熟期っつったら人間で言う青年期とか成人期だぞ?」

「はあー!? 何それ聞いてない!」

 つまり私はおっきな子供を世話してたって事!? と摩莉が驚きの声を上げる。それに驚いたフレイヤがビクッと体を震わせた。

「え、じゃあ完全体っておじさんなの?」

「……は? 何言ってんだお前?」

「ふむ、人間の言う事はよく分からん。不思議だ……」

「ちょっと待って、何その本気で不思議そうな声。誤魔化しとかじゃなくて、私本当におかしな事言った?」

 摩莉の困惑が余計に酷くなる。そんなパートナーの様子とは裏腹に、フレイヤは摩莉の膝の上でリラックスし続けていた。

 フレイヤが催促するので摩莉は彼女の喉を撫でてやる。すると、フレイヤは嬉しそうに喉をごろごろと鳴らした。

「知らない人からすると、凄い絵面よねこれ」

 冷香がしみじみと言う。まだ子供とも言うべき年齢の少女が、半人半猫の美女を愛でているこの光景は、事情を知っていても奇妙だ。

「あのさあフレイヤ、大きくなったんだからさあ、自分で座ってくれない?」

「どうして? 摩莉、私の事キライになっちゃった?」

 嫌いになる筈が無い。フレイヤは進化して更に美しくなった。猫の特徴と女性の肉付きが合わさり、その肢体はしなやかで、大きな瞳は彼女を飾り立てる宝石よりも美しい。2本の尾は猫の性格そのままに気まぐれに揺れ、危うさを感じる爪は逆に美しさを引き立てている。いつの間にか我が子のように感じていたフレイヤが、ここまで立派に成長してくれた事はとても嬉しい。だからこそフレイヤには一人立ちして欲しいし、何より自分より遥かに美しい女性が甘えてくるという状況に、摩莉は耐えられなかった。

「嫌いになんてなってないよ。でもさあ、ほら、完全体になったじゃん? バアルモンが冷香に甘えてたら変じゃん?」

「俺で例えんじゃねえ!!」

 摩莉は、自分で言っておきながらその様子を想像してしまい、後悔した。

「でも、マタドゥルモンは優香にいっぱいくっついてるよ?」

 その刹那、冷香の手が電光石火のスピードでマタドゥルモンの細い首を絞めた。

「どういう事かしら?」

「誤゛解゛だ誤゛解゛! 」

 冷香は表情を全く変えずに力を込め続け、マタドゥルモンは冷香の背中をタップし続ける。

「冷ちゃん止めて! ドゥルさんの首が取れちゃう!」

 マタドゥルモンの大きな頭部を支えている首が、今にもへし折れてしまいそうだ。冷香は優香の懇願を受けて、やっと手を離した。

「ゲホゲホ……私は肩を組むより先のスキンシップはまだ取っていないぞ……」

 ギリギリギリギリッ!!

「まだって何よ」

「ぐえ゛え゛死゛ぬ゛う」

「冷ちゃん! 冷ちゃん!」

 そんな3人のやり取りを、摩莉はまるで無かったかのように話を続ける。

「もうフレイヤは大人になった訳だからぁ、私の膝に座ってるのおかしいんじゃな……ねえ、聴いてる?」

フレイヤは摩莉の髪の毛とじゃれるのに夢中で、何一つ聴いていなかった。フレイヤが触ると摩莉のポニーテールが揺れ、それに反応したフレイヤが再びはたく。その繰り返しだ。

「なんかこの子、前にも増して猫っぽいんだけど」

「そもそもブラックテイルモン、猫じゃねえからな」

 その後数時間、動くバアルモンを見た者はいなかったという……。

「髪いじるのはいいんだけどさあ、その爪、気を付けてね。私の頭ごと切れちゃう」

 フレイヤははっとした。

「そっか、進化したから爪も長くなったんだった……ごめんね、摩莉……」

 反省するフレイヤの爪から、鮮血が滴り落ちているが、これは決して摩莉のものではない。少なくとも摩莉のものでは。

「分かってくれたなら大丈夫だよ。ほら……あっ」

 摩莉はいつもの癖で、フレイヤを受け止める姿勢を取ってしまう。フレイヤはそれを見るや否や、嬉々として摩莉に飛び掛かっていった。

「ぎゅうぅ〜!」

 摩莉とフレイヤの身長の比が逆転したため、摩莉がフレイヤの腕の中にすっぽりと収まるようになってしまった。お陰で摩莉は逃げられず、フレイヤの成すがままだ。

「摩莉のほっぺ、すべすべしてる〜」

 フレイヤの顔を覆っていた黒い体毛が無くなったため、肌と肌がダイレクトに触れ合う。まるで親子のような行為を年上の女性(の姿をしたデジモン)とするのは、照れ臭いような恥ずかしいような、それでいて安心するような、とにかく落ち着かない。

「うーん……」

 これが親子のような光景に見えるだけならまだ良かった。フレイヤの今の姿、バステモンという種は、非常に露出の多い服装をしている。上半身は猫の毛に覆われてはいるものの、服らしい服は殆ど身に付けていない。自らの肉体を惜し気もなく見せつける美女を、年頃の少女である摩莉は嫌でも意識してしまう。

(いやいやいや、私にはタツキが……!)

 この時の摩莉は知らなかったが、バステモンはその美しさで敵を魅了する戦法を得意としている。強い精神力、または摩莉のような特殊な精神状態でなければたちまち骨抜きにされてしまうだろう。

 私の想い人はタツキだけなんだから。第一、この娘ちょっと前まで四足歩行だったし? じゃれてるだけだし? にゃんこだし? 大体私、犬派だし……???

「なあ」

 突然声を掛けられ、摩莉の意識は元の場所へと戻ってきた。声の主は、デビモンに進化したシグルズだった。

「特訓に付き合ってくれよ。バアルモンもマタドゥルモンも死にかけてるし」

 その口調はいつもと変わらない。だが、深紅の瞳だけは、彼が変化「してしまった」事を表していた。復讐鬼の、ぎらぎら光る、目。

「彼女は進化じだばかり゛で力の゛使い方を分かってい゛ない。危険だがら私が相手をしよ゛う」

「まだ喋る余裕があったのね」

「グゲェ!!」

 やっと開放された筈のマタドゥルモンは、再びシメられる鶏のような声を上げた。

「…………いいよ! やろう」

 フレイヤは摩莉から離れ、シグルズと共に歩き出す。十分に技を繰り出せる、開けた場所へと。そこでは勇夜が、デジヴァイス代わりの携帯電話を構えて待っていた。





「…………ねえ、タツキ。私、あなたと勇夜とシグをどうやって救ってあげたらいいんだろう?」

 願わくば、この問いが、願いが、風に乗って貴方に届きますように。貴方に、彼らに、救いがありますように。


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