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「あーん」
とやさしく差し出されたスプーンに、同じく「あーん」とぱくついた。ショウの眦が緩む。フランコの頬っぺたもゆるゆるだった。
「うまーいっ」
 ショウの「あーん」で食べると、いつもよりハンバーグが美味くなる。全工程が自動化されたロボットの料理だから味はぜんぶ同じはずだ。じゃあ、この差は一体なんなんだろう。ショウの手は魔法の手だ。食べる前に読んだランプや魔神のでてくる絵本に影響されているのは自分でも分かった。
「そうですか」
 ショウから溢れる感情は言葉以上の甘さをフランコに語りかける。胸の奥が少し、いやだいぶ、くすぐったかった。
 傍にあった唐揚げをフォークに刺して突き出すと、柔らかそうな唇がそっと衣を食む。さっき肌を捉えたものと同種の感情が自分の胸から湧き出るのを感じた。なぜだかそれが、むしょうに嬉しい。フランコの鼻の下はデロデロに伸びきっていた。
 最後まで「あーん」しあいっこをして楽しい食事を終わらせると、ショウの膝を枕にじゃれたり、ぼんやりしたりして気持ちいい食後をすごす。実をいうと、この時間が一番好きだった。
 新しい隊長のしごきが変に厳しいだとか、ハエトリグサが最近やけに馴れ馴れしいだとか、どうでもいいようなことをぽつぽつと喋る。順番も話し方も滅茶苦茶なのに、ショウは「大変ですね」「そうですか」と優しく相槌を打ってくれるのだ。温かい陽の光を葉に浴びているような時間。ついずるずる甘えてしまって、ちゃんと話そうという意識もなくなってしまう。ショウは何も言わないけれど、それでいいと言っているように感じた。噛みしめるように思う。この時間が、たまらなく好きだ。
 しかし長時間、頭を乗せてさすがに重かったらしい。ショウの足は痺れてしまって、お互い交互に「ごめんなさい」大会をする一幕もあった。
 ショウの歯を磨いてやってから、寝る前にトイレをさせるべく細い身体をすくい上げる。小枝みたいだと思いながら便座に下ろし、ズボンと下着を一緒に下げた。ショウの恥じらう感情が肌を掠める。いつものことだ。
 ふとさっき足を痺れさせてしまったことを思い出す。しまった。やりにくいかもしれない。ショウの膝頭を掴むと僅かに開脚させ、間に挟まっているものを掴んだ。
おやと思い、じっと見つめる。なんというか。
「俺のとちょっと違う」
「ふっ、フランコ……!」
 まあパッと見、ぜんぶ同じに見える人間も大小の違いはある。そんなもんだろう。
 さっき以上の恥じらいと戸惑いの感情を受け止めつつ「ほら」と促してやる。
「いいです、いいですから。一人で出来ますし、もう外に出ていてください」
「えっ。でも」
「はやく!」
 あっという間にトイレを閉めだされてしまった。はて、なんでだろう。なんとなく、ここはちゃんと考えなきゃいけない所だと思った。むむっと首を傾げる。そういえば掴んだ瞬間、アレの形がちょっと変わったような気がしたけど気のせいかなあ。考えがうっかり外に出ているのを声にしてから気づいた。扉の向こうからゴホゴホと咳き込むような音が聞こえてくる。うーん。やっぱりついててやった方がよかったんじゃ。
 ぎくしゃく扉を開けたショウの服を手早く整え、抱え上げる。ベッドに寝かせてやり、その隣にフランコも身体を滑りこませた。
 成績首位に加え190を越える立端のフランコに、ベッドもそれ相応だ。おかげでショウもなんとか入りきっている。でもやっぱり狭いのは狭い。フランコはいつもショウを腕の中に包み込むような形で眠りについた。最初は寝ているうちにプチッと抱き潰してしまわないかヒヤヒヤしたものだったが、どうやら無意識下でも自分はショウを気遣っているらしい。最近では胸元に熱と重みがないとむず痒いくらいだ。
 毎晩つづく「おやすみ」を交わし、ショウの後頭部を引き寄せ、瞼を下ろす――途中で違和感に気づいた。腹に何やら硬くて熱いものがあたっている。
 下ろしかけた瞼をぱかりと開けば、ショウの揺れる瞳とかち合った。かつてないほどの恥じらう感情と、興奮。荒れ狂うような感情の強烈さにぎょっとする。凪いだ感情からの急激な変化がフランコの表情を曇らせた。
「大丈夫か。もしかして病気か」
 具合が悪くなったらダムや研究員に報告、もしくは認証コードを入力して緊急回線を使わなければならない。目の端で玄関口に下がった受話器を確認する。身体を起こそうとして、腕を引かれた。綺麗な猫毛が左右に揺れる。
 今更きづいた。そうだ。ショウはここから出られない。脱走すればラジも人間も殺される。殺されない場合があったとしても、ラジ・シャンの素材行きだろう。ショウを見る。どちらの場合も想像したくなかった。
「うう。どうしよう」
 とは言っても、このまま病気をこじらせては、いつかショウは死んでしまうかもしれない。人間の身体は脆すぎる。慣れない頭でぐるぐる考えていると、ショウの手が躊躇いがちにゆっくり動いた。思わず目で追いながら気づく。
 異変が起きたのはトイレで触られるのを嫌がったアレだったらしい。ズボンをくつろげて飛び出したソレは確かに赤く腫れあがっていた。浮き出た血管は見るからに痛そうで、余りの可哀想さに雄々しい眉がハの字に下がる。
 ショウは辺りに恥じらいを撒き散らしながらソレに手を這わせた。腫れているのに触ったら余計痛いんじゃなかろうか。フランコの心配をよそに、ショウは手の動きを次第に速め、荒くなり始めた息を殺そうと唇を噛んだ。唐揚げを食んでいた柔らかい唇。それが傷ついてしまうのは嫌で、フランコは人差し指をおそるおそる唇の狭間に差し込んだ。ショウは噛みはせず、しゃぶることで誤魔化すことにしたらしい。ちょっとホッとした。痛いのは嫌いだ。
 しんとした室内に人差し指をしゃぶる水音と、上下に扱く音が交差する。ショウの膨れ上がった興奮がびしびし肌に伝わった。恥じらいは途中でどこかに飛んでいったようだ。
 苦しげなショウを見守っていると、顰められた眉間だったり赤らんだ頬だったりが妙に目に焼きついた。同時にモヤモヤッと胸の内が曇る。ううん?
 やがてショウの身体が硬直したかと思うと、汗や尿とは違うらしい液体がソレから吹き出てびっくりした。なんと粘っこくて白いのだ。ショウの掌に放たれからシーツは汚れなかったけれど、そのままじゃあんまりなので傍にあったティッシュを数枚、渡してやった。
 見れば腫れていたアレは元の形に戻っている。治ったんだと思い、胸を撫で下ろした。走る心臓を手で押さえ、安堵の息をつく。今になって自分が緊張していたことに気づいた。なんだかなあ。
 ショウはショウで戻ってきた恥じらいの感情に俯き、しばらく手を拭っていた。拭き終えてもまだ拭く動作をしている。顔もあげられない様子で、どうしたんだろうと思いながら使用済みのティッシュを取り上げベッド下のゴミ箱に入れてやる。
 そうして背中を向けているとき、ショウの感情が動いたのを肌が察知した。カチッと窪みに嵌めこむみたいな感じだ。意識を変える時や、肚が据わった一瞬に起こるような小さな感情の揺れ。
 ちょっと身構えながら定位置に戻ると、下腹あたりに何かがあたった。目線を落とす。ショウのほっそりした手が見えた。ズボンの上から掴んでいるのは、フランコのアレだった。


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