赤葦くんと幼馴染ちゃんの結婚式


12月5日09時20分
 今回選んだ式場は、港区某所のホテルである。私と京治が住んでいる家から少しだけ遠いけれど、式場となるホテルから海が見えることが決め手だった。持ち物は、式が終わった後に私たちが泊るための荷物だけで、あとはほとんどあちらで用意してくれるらしい。前撮りの時に担当の美容師さんが『アレルギーなどもありますので、もし使いたい化粧品とかあれば持ってきてください。あとはこちらで用意します』と言ってくれたけれど、特に私は無かったのでありがたく甘えることにした。

「名前、転ぶよ」
「大丈夫だよ!」

 駅から式場までの僅かな距離で、すでに有頂天になっている私(というよりもここ数日は特に楽しみで楽しみでどうにかなってしまうかと思った)の隣で、相変わらず冷静な京治はキャリーケースをガラガラと引いている。

「ほら」
「うん!」

 スッと差し出された手にさすがに転びはしないよと思いながらも、迷うことなくその手を握った。こういうところも王子様みたいだ。左手にはキャリーケース、右手には私の手を握ってくれているのでマップくらいは私が、とスマホを開くも、京治には必要ないらしい。いくら打ち合わせで足を運んだとはいえ、ここまで明確に道順を覚えている京治はやっぱりさすがだ。

 駅から徒歩数分。見上げるのも一苦労な高層のホテルが、今回私たちが選んだ式場である。私の給料なんかでは到底手が届くことのないこんなにも立派な式場で結婚式が出来るのも京治のおかげだった。はあ、と大きく息を吐いて京治の手をぎゅっと握る。

「緊張してる?」
「京治はしていないの?」
「俺は名前と一緒だから。しないかな」

 顔を覗き込んで笑った京治は相変わらず格好いい。今日の京治は久しぶりのコンタクトなので高校3年生の時に告白してくれたことを思い出した。まあ京治の眼鏡をかけてない姿は寝る前とかにも見てるんだけど。『明日から恋人期間?』『そうだね。緊張してるの?』『うん、まあね。京治はしないの?』『しないかな。俺は名前と一緒だから』というやり取り。高校3年3月の卒業式の会話に少し似ていて泣いてしまいそうだ。

 2人並んで自動ドアを潜りフロントでチェックインを済ませると、深々と綺麗な礼をした介添人さんが出迎えてくれた。

「おはようございます!」
「おはようございます、お待ちしておりました。この度はおめでとうございます。本日新郎新婦様がご宿泊いただくお部屋は58階582号室となります。まずそちらでお鞄を置いていただき、次に2階の婚礼用美容室にてお支度となります。その後のスケジュールはお打合せ通りですがこちらもぜひご活用くださいませ」

 介添人さんから渡されたものはこのホテルの案内と明日の朝食引換券、今回の結婚式のおおよそのスケジュールが書いてある冊子など。本当に今日が来たんだと思うと、またもやうるうると目が熱くなった。

「ではお鞄お預かりいたしますね。エレベーターはこちらになります」
「よろしくお願いします」














          **
 
 シャンデリアがキラキラと輝くフロント付近もとても綺麗だったけれど、宿泊部屋もとんでもなく豪華だった。部屋数もたくさんあるしふかふかのソファに真っ白のベッド、壁にくっついているテレビ、海を見渡せる大きな窓。あまりの壮麗さに、部屋の真ん中で固まる私と、普段と変わらない顔で端にキャリーケースを置く京治。テレビでしか見たことのないレベルの部屋は、ここで結婚式をする私たちへのサービスみたいなものだけれど、それにしても一生に一度泊まられるか分からないほどの高級ホテルだ。あまりにも贅沢過ぎて、どう行動するのが正解なのか分からない。

「名前、お財布どっちの持っていく?」
「あ、え、とお財布……」
「うん、俺の持っていくね」

 お財布は私か京治のどちらかをひとつ持って、あとは貴重品ボックスに入れておく、というのは昨日京治と話し合って決めたことだ。まあこれも京治の提案だけど。私がぼーっとしている間に私のお財布を貴重品ボックスに入れて、私のスマホと自分のお財布とスマホを持った京治は、冊子と共に貰ったカードキーを手に取った。

「カードキーはどっちが持つ?」
「京治でお願いします」

 9時20分、介添人さんが待つ廊下へと足を踏み出す。
  



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