赤葦くんと幼馴染ちゃん
 花紺青色のカーテンが、申し訳程度に差し込む街灯さえも遮っているせいで、部屋を照らす光はテレビのブルーライトのみだ。
 付けっぱなしのテレビから溢れるブルーライトが、女の綺麗な顔をなぞる様に照らしていて、息を飲むほど綺麗だった。
 10に設定された音量はいつもよりも小さく、その代わり、お互いの吐息がよく聞こえた。どっぷりと沈んだ暗い部屋の中で、艶やかな黒髪が暗さに浸透するように紛れていた。なんだか黒≠ノ呑み込まれそうな気がして、赤葦は、必死に幼馴染を掻き抱いた。俺のものだと、いうように。蝉の鳴く、暑い夜だった。

 180を優に超える男にとって、100×195のシングルベッドを2人で分かち合いながら眠るというのは聊か狭く、だからこそ皿に並べられた秋刀魚のようにお行儀よく身を寄せ合っては、ホームセンターで購入した微妙にサイズが合わないタオルケットを共有する。少しでも動くと、闇の中へ零れ落ちてしまいそうで、どちらもジッと身を潜めている。

「京治」

 吐息を混ぜたような重い声が、腕枕をしているために若干痺れている腕の血管を伝って耳を打った。「ん?」と、小さく返事をする。

「がんばってね」

 祈りを込めた声色だった。
 切なげに揺れた喉にどくんと心臓が弾けて、激励の言葉であるはずなのにひっそりと悲嘆が込められている双眸を凝視した。名前のこういう顔はあまり得意ではない。

「ありがとう」

 形容しがたい表情をする幼馴染に返す気の利いた言葉が見つからず、ありきたりな謝辞しか言えなかった。彼女がどうしてこんな顔をしているのかなんて分かりきっているし、赤葦だって同じ感情を抱いているのだが、この別れは避けては通れぬ道なのだ。

「大丈夫。離れていても俺は名前のことを想っているよ」

 だからこちらも祈りを込めた。強がりとも言う。
 両手を重ねて拝む代わりに、背中に回る掌を掴まえて指を絡ませた。俺も想っているから、名前も俺を想っていて――。お互いに内心で懇請しながら、不安と懸念で雁字搦めになった心を必死に溶かしていく。
 分かっている。一緒にいられないことくらい、分かっている。俺たちはこうして離れ離れになってしまう運命だということを、痛いほど分かっている。
 押し潰されるほどの憂慮に体が悲鳴を上げていた。あまりにも滑稽な姿、全国屈指の強豪校にて副主将をしていると誰が思うだろうか。

「本当は俺も名前と一緒にいたい」

 悲痛な叫びが喉をきりきりと刺した。子が母にしがみつくような力強い抱擁に、名前の背骨がぎしりと軋む。
 言った赤葦よりも懇願された名前の方が辛い面持ちを浮かべている。名前は、思考で重たくなった頭で頷き「私も一緒にいたい」と吐き出した。置いていかないで、と喉から出そうになった言葉は、なんとかぐっと堪えた。言ったって大好きな京治を困らせるだけだ。そんなこと、痛いほど名前は理解している。言ってはいけない。絶対に。

「京治のこと、応援してるから。だからお互いに頑張ろ?」
「ん」

 まるで言い聞かせるような口ぶりだが、なにも赤葦にだけ向けて言ったわけではない。弾けそうな心臓に、割れそうな脳に、必死に詭弁を弄している。ちょっとの辛抱だ。そう抑制し、牽制した。

「私は京治のバレーが好きだから」

 幼馴染の赤葦が梟谷男子バレー部の正セッターであることは、名前の誇りでもあった。幼馴染だとか、初恋だからとか、同じ学校だからとか、理由は山ほどあるが、どれも、名前にとっては大事なもので、纏めて全て宝物だ。

「京治、大好き」

 ありったけの愛情をこめて頭の下に敷かれている腕に頬を摺り寄せた。名前の髪の毛を梳かすように撫でてくれる逞しい指が愛らしい。あぁ、好き。大好きだ。数多の感情がふつふつと浮かび上がってきて、このままだと心臓が押しつぶされそうだ。

「だから、頑張ってね」
「名前っ……」
「私は京治の笑顔が好きだよ」

 だから泣かないで。赤葦がしてくれたように名前も赤葦の癖毛を撫でると、長い腕が腰と背中に回された。隙間のない抱擁に名前も同様腕を回した。近づいてくる端正な顔を眺めて、そっと双眸を伏せる。
 名前が瞳を閉じた瞬間が、いつもの合図。つばむようなキスから、次第に深く、そして呼吸さえをも奪う。合間から聴こえるたくさんの愛の言葉に、名前は心地よさそうに身体の力を抜いた。









▲▽




「赤葦、なんか暗くね?」
「昨日幼馴染に別れの挨拶をしてきたので……」
「え、別れ?」
「はい……。幼馴染のあの寂しそうな顔が頭から離れなくてしんどいです。とくに今回は長期合宿ですし、東京からも離れますしね……」
「ちょっと待て赤葦。それもしかして合宿の度にやってんの?」
「え? はい」
「何言ってんですか木葉さん、みたいな顔やめて」



幼馴染ちゃんとお別れ。

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