赤葦くんと幼馴染ちゃん
 先日行われたインターハイ予選の決勝で、我が校梟谷は見事にインターハイの切符を手に入れた。全校応援ということで、応援団や吹奏楽部やチア部の掛け声に合わせて、何度も京治の名前を呼んだり、先頭にいる人が持つプレートに書かれた先輩の名前を呼んだりと、なかなか楽しかった。

 本戦のインターハイは今月中に行われるらしいのだが、それと並行するように、7月7日から梟谷が主催するグループ合宿があるのだとか。
 言われてみれば、去年の7月から10月にかけて京治は何度も合宿をしていたはずだ。相変わらず、幼馴染はかなりの多忙だった。
 そして今日は、そんな多忙な幼馴染の、インターハイ前最後の休日である。

 休日とはいえ、平日のど真ん中の水曜日。授業は普通にあったので完全なるオフとは言えないけれど、なかなか休みがない京治にとっては貴重な休みだと思う。
 そんな貴重な休みに私と一緒にいていいのかな、という懸念が生まれてしまったが、京治の隅々まで届く気遣いと優しさによってすっかりと懐柔されてしまった。しかも、「家で休まなくていいの?」と訊くと、「名前と一緒にいる方が落ち着くから」と頭を撫でてくれた。
 これだとただの私へのご褒美である。

 相変わらず京治は優しい。私は、その優しさにどうしても甘えてしまう。「なにしようか」と京治は訊いてくれたけれど、やっぱり申し訳なくて、せめて京治のしたいことをしようとせがんだ結果、「俺は名前の我儘とか願望を叶えてあげたいかな、それが俺のやりたいこと」とこれまた私を甘やかすことを言った。
 ならばせめて、と提案したものは家で借りてきたDVDを見るというものだった。これならほんの少しでも京治が休めるだろうという私の内心は多分見破られているおかげで、「出かけなくて本当にいいの?」と返されてしまったので、固く頷いた。

 とはいえ、本当に見たいものがあるのだ。去年の終わりから今年の初めにかけて全国で放映されていたとある映画は、京治がよく読んでいるミステリー作家さんの小説を実写化したものである。
 本当は放映している間に京治と一緒に見に行きたかったのだけれど、冬の大きな大会(……春高という名前だったかな?)と見事に被ってしまい中々都合が合わず、結局京治は行けず私は友達と行った。
 その映画が先週の水曜日にレンタル開始となりさっそく7泊8日で借りてきた。セールのおかげで新作なのに1週間も借りられたのはラッキーだった。
レンタルショップからは私の家の方が近かったのだけど、私の部屋にはテレビがないため小さな上映会は京治の家で行うことになる。





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「京治、眠い?」
「ん、だいじょうぶ」

 DVDを再生してから1時間が経った、主人公の周りでひっきりなしに起きている不可解な事件の真相が明らかになりつつある頃。
 私を足の間に入れ、後ろから抱きしめながら映画を見ていた京治の頭がかくんと船を漕いで、そのまま肩に乗った。私のお腹の前でクロスしていた腕の力も無くなり、かろうじてお腹に回っている状態である。いつもの寡黙でありながらもはっきりとした口調も、どこか舌足らずな、平仮名を繋いだような声だった。

「寝る?」
「んー……」
「DVD1週間借りてるからまたあとで見よ?」
「ん」

 本当に眠たそうな京治が小さく頷いた。そりゃそうだ、いくら好きな作家さんかつ展開が怒涛とはいえ、疲れている中でのDVDは子守唄と大差ない。

「私帰るからゆっくり休んで」
「……ダメ。一緒に寝よ」

 京治のベッドは中学の時に買い換えたもので、私の部屋に置かれているものよりも幾分大きいのだけれど、それでも2人並んだらなかなかに狭い。疲れている時にそれは申し訳ない気がして、するすると力の抜ける手首を撫でながら帰る提案をすれば、先程まで力無く垂れていた腕にぎゅっと力が込められ、私のお腹を締め付けた。
 私としては大好きな京治と寝られるのはこの上ない幸せなので、申し訳ないと思いつつも甘えてしまう。これが惚れた弱みというものだ。

「じゃあ一緒に寝ようか」
「ん、ありがと」
「こちらこそだよ」

 やはりこれだと私へのご褒美だ。

京治は帰ってきてすぐに制服から部屋着にしているジャージに着替えたし、私も京治の家に置かせてもらっている部屋着に着替えて制服はクローゼットの扉にかけているので、あとは寝転がるだけ。
 京治もそれをわかっているので、2人でベッドに寝転んだ。布団を全て被るのは暑いから、タオルケットのみをお腹にかける。
 そして、Blu-rayデッキに表示された時間を確認した。次回はこの時間からもう少し前に戻って続きを見ようと思う。








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 規則正しい寝息が聞こえてきたのは、リモコンでデッキとテレビの電源を消してから10分も経たない頃だった。私はと言うと、ウトウトしながらも何故だか完全に眠ることができず(授業中に寝ていたからというのはこの際内緒にしたい)、京治の端正な顔を眺めることしかできなかった。
眉目秀麗、それでもって勉強も運動も出来る、いわゆる文武両道な京治だが、実は寝顔は気が抜けてしまうほどあどけない。
 私は欲望に勝てず、きめ細やかな肌へと指を伸ばしてゆるりと滑らせた。京治は常に運動をしているので老廃物とは無縁で、その証拠にこの指触りはまるで赤ちゃんのようだ。
触り心地は赤ちゃんでも、フェイスラインに無駄な肉はなくむしろシュッとしており、切れ長の双眸は美しく伏せられ、意外と長い睫毛が鎮座している。
 贅沢にもこの綺麗な顔を見詰めていると、むくむくと浮かび上がる欲望が脳内に浸潤してしまう。どくん、と鳴る心臓と、足の爪先から這い上がってくる熱に耐えられず、タオルケットの中でぎゅうっと足の親指を丸めた。

 私達は幼馴染だ。幼馴染という明確な形が分からなかった私に博識な京治はなんでも教えてくれた。例えば、数ある京治とのスキンシップやこう云った添い寝も、どの幼馴染もやっていることらしい。むしろこれからも仲良しでいるために必要な事だと京治は言う。
何かをしてくれるのはいつも京治から。私は恥ずかしくて自分からできるのは手を繋ぐか勢いに任せて抱きつくことくらいだ。でも本当は――

(起きませんように……)

 ――どうか、起きませんように。どうか、どうか。
 祈りながら、私は均等の取れた顔に自分の顔を近づけた。あと3センチ、2センチ、鼻先に京治の寝息がふれる。あと少し、あとちょっと。

(っ、やっぱり無理……ッ)

 弾けたポップコーンさながら、急いで顔を離して呼吸を整えた。触れずじまいはずなのに、茹で上がった顔は、冷めることを知らない。
 挑戦したのはこれで10回以上。けれど、どうしたって私からは出来ない。恥ずかしくて、死んじゃう……。


 その時、ふふ、と空気が揺れたのを、京治から背を向けて悶絶していた私は気づかない。

幼馴染ちゃんと添い寝。

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