赤葦くんと幼馴染ちゃん
 朝の顔であるお天気お姉さんが関東の梅雨入りを発表したのが一昨日で、例年に倣うように雨が降り続いている。ぺたりと肌に吸い付くワイシャツが酷く煩わしくて、左手でうちわを扇いだ。



 各日曜日に行われるインターハイ予選に於いて、我が梟谷は勝ち残っており、全国を決める準決勝や決勝は月末に行われる。しかし、同時に1学期のテストも重なってしまい、そもそも学生の本分は勉強であるために、テストもしっかりと熟さなければいけない。
 例えそれが全国屈指の運動部だとしても、否、むしろ強豪であるからこそ、勉学でもある程度の成績を残さなければいけなかった。
 本来は、テスト1週間前から部活動と愛好会は活動を休止しなければいけないという決まりなのだが、決勝が近日にあるということを考慮された結果、男子バレー部はテスト2日前からの休止で、活動再開は3日あるテストの最終日より可能という優遇を受けている。
 与えられた計5日間の休日について、大事な決勝を控えている赤葦としては休暇が多いような気もするのだが、如何せん主将でありエースである木兎の成績が一番に懸念されており、何より赤点オンパレードによる補習が大会や合宿と被ってしまうのは、副主将としてもセッターとしてもいただけない。いくら、チーム全体で木兎を引っ張っていく梟谷と言えども、主戦力の木兎が欠けてしまうのは避けたいところだった。
 よって、木兎には是が非でも良い点数を取ってもらうべく、当人を引きずるようにファミレスへと連行した3年生たちである。「任せなさい」と胸を張った先輩たちを見送って、赤葦も自身の勉強に取り組んでいた。


「暑い……」
「大丈夫?」
「うん、大丈夫……」

 汗をかかない体質である幼馴染は、周りの女子たちからよく羨ましがられているが、本人には本人の悩みがあった。汗をかかないせいで身体に熱がこもってしまい、結果的に熱中症になりやすく、名前は梅雨入りから残暑が襲う秋の終わりまで幾度となく体調を崩しているのを、赤葦は毎年見ている。
 一応クーラーはつけてはいるものの、身体に籠った熱が抜けることはなく、皮膚だけが冷えていくだけであまり効果はなさそうだ。

「暑くて溶けちゃいそう……」
「今から溶けてたら夏本番どうするの」
「そうだけど……っ、ひゃっ、」

 滑らせていたシャープペンシルをそこにころがして項垂れる名前の首筋に、結露を纏ったグラスを当てると、びくりと体を揺らした。しかし、すぐに気持ちよさげに目尻を細める。

「どう? 少しはマシ?」
「うん! ありがとう!」
「キリがいいところまで行ったら休憩しようか。母さんが名前のためにアイスを買ってたよ」
「本当!? 京治ママ大好き」
「俺は?」
「京治も大好き!」

 小学の運動会を皮切りに、家族ぐるみで仲良くなった赤葦家と名字家。双方の両親から我が子のように育てられてきた為、好物や性格は十分に把握されている。どちらの家も共働きであり、家も同じ区域内にあるということで、預けた・預けられたの関係で成り立っていた。
 赤葦としては、将来結婚する予定の名前が、自身の両親と仲睦まじいことに、これ以上ない幸せをかみ締めていた。






▲▽







「終わったぁー!」
「俺もここら辺でいいかな」

 お互いの中でキリがいいところまで到達したのは、名前が復活してから15分後のこと。正確に言えば赤葦の中ではさほどキリは良くないのだけれど、彼女が天を仰ぎながら固まった体を伸ばしたので合わせただけだ。

「アイス冷凍庫に入ってるよ」
「んー……」
「いらないの?」

 勝手知ったる他人の家。名前には勝手に冷蔵庫を開けてもいいと赤葦からも赤葦両親からも言っているため、今更遠慮なんてない。
 しかし、名前はなにかを思案するだけでその場から動く気配はなかった。
 台所は1階で、今いるのは赤葦の部屋――いわゆる2階のため、冷凍庫に行くには一苦労だけれど、両親は仕事でいないし、再三言うが今更両家に遠慮はあまりないはずだった。せっかくの好物であるのに、珍しいこともあるものだ、もしかして夏バテか? そんな懸念が赤葦の脳内を過ったところで、突如、胡座をかいていた膝に重みと温もりが乗っかった。

「名前?」
「んー……」

 視線を下におろし、膝の上で二、三度寝返りを打つ幼馴染の名前を呼んでみれば、気の抜けた返事と共に、ぎゅーっと腰を抱きしめられた。

「暑くないの?」
「暑いけどくっつきたい」
「そっか」

 人一倍暑さに弱いくせに、甘えたい性格が勝ってしまう幼馴染が酷く愛おしい。十分に甘やかしてあげたい。
 思う存分くっついて、いざ暑くなれば、今度こそアイスを食べればいい。形のいい頭を撫でながら、赤葦はそんなことを思うのだ。

幼馴染ちゃんと勉強会。

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