赤葦くんと幼馴染ちゃん



「……なに」

 目の前からの突き刺さる視線にそろそろ鬱陶しくなってスマホから顔を上げれば、どこか不満そうな、でもどこか楽しそうな顔をした友人がこちらをねめつけていた。
 顎肘をついて唇を尖らせるという、需要も何もあったものじゃない顔をされても、こちらとしてはどうしようもない。スルーしていたのに。

「5組のあの子をフるとかお前は男の敵か」
「別に」

 これだからモテ男は――。と、続けて不満を垂らす顔はやはり不貞腐れている。

 授業合間の休み時間に告白をしてきた女子は、この学年で1番か2番に美人だと言われている女子らしい。柔らかそうな髪も香水とはまた違った香りも、たしかに与えられ整えられているのがよく分かる。
 けれども、彼女について俺が知っている情報なんてクラスと名前だけで、話したことすらないし、なんで惚れられたのかもよく分からなかった。
 そもそも――

「俺には名前がいるし」
「あーもう! それだよ! まず名字さんと幼馴染っていうのがずるいんだよ。やっぱり男の敵か?」

 ――地団駄を踏みながら喚く友人の声は、昼休みの騒音で包まれた教室内では目立たずとも、ひとつの机を挟んだ距離ならばなかなか煩い。どうして俺の周りにはこうも賑やかというか、騒がしい人間が集まるのだろうか。みんな名前のように嫋やかな性格だったらいいのに。

 告白してきたあの子ほどではなくとも名前もそれなりにモテる。それこそ友人たちがずるいと嘆くほどには。
 陶器のように白い肌に指を滑らせれば、目尻を皺ばめて綻ぶ愛らしい顔、上を向いた長い睫毛と俺を見上げる大きな双眸、林檎のように紅い小ぶりの唇で「京治」と呼んでくれた時には、俺の名前が特別なもののように感じてしまう。爪先が綺麗に整えられた、百合の花のように白い掌で頭を撫でてもらうと、全ての疲れが吹っ飛んでいく。
 今だって、俺への言葉を考えているのだろうか、送ったメッセージは既読がついたままだ。他愛もない会話であるのに一所懸命考えてくれるところが今日も愛おしい。

「せめてお近付きにはなりたいよなぁ……。赤葦頼む!」

 名前のおかげで芽生えた幸甚を噛み締めていると、何かを思案していた友人が顔前でパンっと掌を合わせて、拝みながら懇願してきた。

「名字さんを紹介してください!」
「断る」
「そこをなんとか!」
「名前にほかの男が近づくとか無理」
「束縛激しいな」

 わかっていたけど。と唇を尖らせる友人に、だったら言うなよと心の中で悪態をついた。別に友人がこうして名前を紹介してくれと頼むことは今に始まった話でもないし、友人以外にだって常に頭を下げられる。入学当初なんて本当に酷くて何度牽制したことか。

「彼氏じゃないんだろ?」
「うん、今は」
「だったら少しくらい良いじゃん」
「将来結婚する相手を他の男に紹介するわけないだろ」
「出た」

 高校卒業まで幼馴染期間を満喫するというプランは中学の時に思いついたことだけれど、名前との結婚は出会った時から考えていた。それまで色々な関係を満喫したいだけであって、誰かに譲るつもりは無い。
 本格的に不貞腐れた友人は机に上半身を伏せると、両肘の中に頭を埋めて「俺も可愛い彼女が欲しい」と嘆いた。このしょぼくれる姿は木兎さんとそっくりであり、嘆きは木葉さんと似ている。厄介だ。

「……今更紹介も何も……。元々お前のことは俺の親友って教えてるよ」
「っ! 赤葦ぃ!」

 事実を言えば、沈んでいた表情が、肘の中から飛び出した。嘆いていた姿とは打って変わって、顔がキラキラと輝いている。「ツンデレかよ!」と俺の腕を掴んでぶんぶんと振る姿はやはり木兎さんだ。どうして俺の周りには似たような人間が集まるのか。俺が悪いのか?

 頭を抱えていると、手に持っていたスマホが震えた。アプリを開くと、予想通り名前からの愛らしいメッセージだったので、全部許そうと思う。

「何ニヤけてんだよ! あ! 名字さんか!?」
「うん。今月分の俺の待受用自撮りを送ってもらった」
「なんだよそれ! やっぱりずるい!!」



幼馴染ちゃんとプラン。

戻る