赤葦くんと幼馴染ちゃん
『次は男子バレーボール部です。今年の1月に行われた春の高校バレー出場、また、7月に開催されましたインターハイでは全国ベスト8を獲得しました。今は来年1月に開催される春の高校バレーに出場するべく、闇路監督の指導の下――』

 生徒会の功績紹介が野外ステージに響き、ステージに立つスターティングメンバーに向けて大きな拍手が響いた。梟谷は運動部や文科系の部活は勿論、学力にも力を入れているいわゆる『文武両道』を校訓としているのでこの時間に表彰される部活や個人は多い。ただ、その中でも男子バレー部は、梟谷が文武両道の強豪校と呼ばれる筆頭であり、他の生徒からの期待値も高かった。
 先程行われたミスターコンやミスコン、表彰式のあとに行われる告白大会ほどの盛り上がりはないけれど、今の時間だって皆そこそこに浮足立っている。特に男子バレー部においては男女ともにファンが多い。『赤葦せんぱーい!』『光太郎くーん!』『頑張れ器用貧乏ー!』と言った掛け声や喝采が功績に負けず劣らず響いていた。

 木兎に合わせてステージ上のスタメンが礼をし、ステージから降りると次は女子バレー部の紹介時間。発表を終えた男子バレー部は、部室でユニフォームから制服に着替えて解散である。とはいえ、学園祭はもう終わりに近づいていて、これが終わったら告白大会、そして最後に花火が打ちあがるだけなのだが。

「疲れたなー」
「なー。でも告白大会の時に俺絶対呼ばれるし早く着替えないと」
「それもし呼ばれても絶対男だぞ」
「ホモは受け付けてねえよ! 悪戯も受け付けてませんー」

 部室では、次に行われる告白大会について盛り上がりを見せていた。
 木葉が小見に言ったように、男が男を呼び出すことがある。むしろそれがほとんどだ。浮き足立った生徒が悪戯で呼び出して会場を盛り上げようという魂胆である。呼ばれた人間も茶化すことに長けているのだろう、裏声を出してくねくねと体を揺らし笑いを取ろうと告白をしてきた男子生徒を迎えている。
 極稀に、本当に好きな女の子を呼び出して告白する人もいるけれど、その時は会場にいる生徒が静かに見守る。しかしながら、一般開放もしている場で玉砕覚悟で告白する人間は極めて少ないから、結局は漫才を披露する場のような扱いになっているのだが。

「木葉くんが小見ちゃんを呼び出して差し上げよう」
「きゃー! アタシには鷲尾がいるのよー!」
「俺を巻き込むな」
「小見ちゃんまさか俺のこと忘れちゃったの?」
「まさかのサルが元カレ」

 木葉と小見を筆頭に鷲尾と猿杙を巻き込んで(猿杙は自分から入って行ったのだが)、いよいよ尾長も巻き込まれそうになっている傍らで、一番最初に輪の中に入っていきそうな木兎は、ずっと口を噤んで赤葦の隣で黙々と着替えていた。その顔の眉間には皺が寄っている。
 先程の表彰式でなにか気に入らないことでもあっただろうか。木兎のしょぼくれスイッチは、血液と共に滞り流れているのではないかというほど難しいので、心当たりを当てにはできない。滞りなく流れるのはあのライバル校だけでいいのに。

「なあ赤葦さ」
「はい」

 いや、これはしょぼくれモードなんかではない。なにかに怒っている時の顔だ。先程まで楽しそうにステージの上に立っていたのに。声を掛けてくるクラスメイトや友人たちに手を振っていたのに。なにがあったんだ。
 木兎の琥珀色の双眸が赤葦を射貫き、赤葦も思わず動きを止めた。

「幼馴染ちゃんのことどう思ってんの?」

 しかし、木兎の口から出てきたものは、赤葦が思いもよらなかった名詞である。彼が『幼馴染ちゃん』と呼んでいる人間は今まで一人しか見たことがない。赤葦の大切な人のことだ。

「どうって……」
「好きなのか?」
「好きですけど……」
「それは幼馴染として?」
「……どういう意味っすか」

 横でばちばちと視線を交わらせる主将と副主将に、ふざけていた木葉達は息を潜めた。赤葦が木兎に対して怒ることは何度かあるし、木兎も赤葦に対して不貞腐れることはある。しかし、それとはまた違った厳粛な顔は初めて見た。バレー時でも見せないような顔、一体何があった。

「俺はさ、2人が納得してんなら別に良いだろって思ってた。だから黒尾が合宿で赤葦に言った言葉もあまりピンと来なかった。見かけるお前らは俺から見たら結構幸せそうだったし。でもそれが勘違いだったんだよな」
「……なにが」
「幼馴染ちゃん……いや、名字ちゃん、泣いてたぞ? お前の演技見て」
「は、なんで……」
「好きな奴が演技だとはいえ他の女に告白してたらそりゃあ泣くだろ」

 あの子は腹が痛くて泣いてしまったと言っていた。けれど、それはただの強がりだということも、木兎は分かっていた。
 赤葦に愛されていながらも、その愛情を優しさ故だと解釈してしまう哀れな幼馴染の末路。2人が想い合っていないのならば『そんな男忘れてしまえ』と声をかけられたかもしれない。しかし、この2人はお互いがお互いを愛している。なんて焦れったい。
 赤葦はお前を愛しているよと、声を掛けてやるべきだったのかもしれない。しかし、ここで助け舟を出して2人のためになるか。木兎の出した答えはノーだった。そういうのは、赤葦がやるべき仕事だろ。
 木兎は決して人の感情を汲み取ることに長けているわけではない。デリカシーがないとマネージャーから怒られることも屡。悩みすら漢字で書けない男だ。考えなしだと思われることもよくある話だった。しかし、実のところは、バレー中も普段も結構考えて行動している。思案する時間が極端に短く、脳内にとっちらかった言葉を纏めるのが苦手なだけで。

「ちなみに、名字ちゃんが泣きながら出て行ったのは俺らも見てたからな」
「……、」

――ほんと、試合中とこういう時だけデキる先輩たちだ。

 赤葦は顔を伏せ、深く長く息を吐いて、ドアへと踵を返した。

「すいません、俺忘れ物思い出したんでちょっと取ってきます。この格好のままでいいですか? 少しでも早く行きたいんで」
「おーおー、しっかり捜して来いよ」
「手遅れだったら慰めてやるよ!」

 ドヤ顔をして掌をひらひらと振っている先輩たちにもう一度一礼をする。先程まで視線を鋭くさせていた木兎も、満面の笑みを浮かべていた。

 部室のドアを開いた先、吹いた秋の風がハーフパンツの下の足を撫でた。羽織っていたジャージの前を締めて、浮き足立った校庭に踵を踏み込む。ロッカーの中に入れっぱなしになっているスマートフォンの存在を思い出したけれど、その時間さえも惜しいと言うように、赤葦はひたすら走った。

 名前を泣かせる奴は、たとえ俺自身でも絶対許せない。

 どうして異変に気づけなかったのだろう。昨日今日で増えた名前の笑顔も、幼馴染と言った時の僅かな諦観も、どうして気づけなかったのだろう。合宿で黒尾に指摘された時、どうしてすぐに行動に移さなかったのだろう。なにも心配することはないと、言ってあげなかったのだろう。

 告白大会を進行する生徒会役員の言葉を耳に、赤葦はひたすら走り続ける。











▲▽


「すごい盛り上がりだね」
「だな」

 目の前で繰り広げられている告白大会は、昨年同様おふざけが繰り広げられている。今も3年生の先輩が、同じく3年生の先輩をマイクで呼び出して大々的な告白をしていた。ステージからマイクを使って告白するだなんて、ドラマや漫画のような情景だけれど、如何せん男同士である。会場は笑いに包まれていた。
 先程なんて、2年3組の男子生徒が、国語の先生(こちらも男の先生である)に『テスト範囲を教えてくださーい!』と叫んでいたが、国語教師の腕で作られたバツマークにより崩れ落ちていた。
 学園祭最終日ということで皆が浮足立っている。

「この告白大会ってふざけてる先輩たちのほうが多いよな」
「たしかに」
「まああの中で告白しろって方が厳しいか」
「私も無理かなあ」

 部室で着替えているはずの赤葦を待っていた名前は、いつの間にか隣にいた左東の言葉に、心の底から頷いた。学園祭とか野外ステージとか関係なしに、告白する勇気すら持ち合わせていない名前が、こんな大勢の前で告白なんてできるわけがない。フる側の京治にも申し訳ないと思ってしまう。

「でもまあ、学祭だから頑張ってみようって思うのも分かるんだよな」
「そうなの?」
「そうそう。勢いってやつだよ」
「いきおい……」

 焦がれるような双眸をする左東の言葉は、名前ではない誰かに言い聞かせているようだった。なにかの背中を押すように、なにかを正当化するように、鼓舞するように。
 そして、左東が大きく息を吐く。

「俺、名字のことが好きです」
「っ!」
「俺の彼女になってください」

 驚いた名前が振り向いたことにより、ゆっくりと交わった視線。左東の瞳には、これでもかと瞠目している名前がゆらゆらと映っている。
 左東の、ぎゅうっと握った拳は震えていて、力なく広げられた。差し出される掌は、今まで力が込められていたせいで真っ赤になっている。

「返事は……この手を握ってほしい」
「でも、わ、私は……」
「赤葦が好きなんだろ? それは分かっているよ。それでも良いから、俺の方を見てほしい」
「……、でもそれは、左東くんに失礼だから……」
「失礼じゃない。赤葦が好きな名字を好きになったから。だから大丈夫。それごと受け止めたい。名字はゆっくり俺を知ってくれればいいから」

 左東の一世一代の告白を受け、名前は双眸を伏せた。
 考えたことがある。京治は私がいるせいで彼女が作られないのではないかと。京治離れができない私に気を使って我慢しているのでないかと。ならば私は京治への想いを忘れて新しい恋をした方が良いのではないかと。だからといって、それを理由にして左東くんへの想いに応えるのはさすがに失礼だ――。
 しかし左東は、そんな名前の感情ごと受け止めると言ってくれた。我儘で傲慢な名前の気持ちごと愛してくれると言った。赤葦の幼馴染でいようと決心した次の日の出来事。名前も前に進まなければいけない。

 だから私は――。

「左東くん、」




幼馴染ちゃんと木兎さん。

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