赤葦くんと幼馴染ちゃん
 先日行われた球技大会では、京治の指導のおかげでなんとか足を引っ張らずに済んだ。とはいえ、活躍していたかと言われたら悩ましいのだが。ローテーションで数回周ってきたサーブでネットに引っかかったこともあったし、レシーブが出来なかったことも屡。
 女子バレー部に所属している親友のおかげで、2学年の中では割といい成績を残したのだが、結局現バレー部と元バレー部が多く(現バレー部の出場は1クラス2人まで)集まっているらしい3年3組に負けてしまい、特に順位がつくこともなく終えた。
 それでも京治や、京治の先輩たちがたくさん褒めてくれたので、嬉しさと恥ずかしさの両方を体験することになる。

 そして球技大会が終わった後、京治と学園祭の配役について少し話した。曰く、京治の中で裏方というのは、大道具係や照明や音響などと云った、表舞台には出ずに裏側で支えるという認識(私の中でもそちら寄りだ)で、だからこそ王子様に抜擢された時は心底驚いたという。
 推薦者はクラスの女子らしく、白雪姫のストーリー上、王子は最後の目覚めのシーンしか出てこないので、練習時間が確保されなくても問題はないし、逆に、照明や音響は綿密な打ち合わせが必要だからと説得されたのだとか。それならば小人とか他にもあったのに、と京治は煮え切らない様子だったけれど、京治の身長で小人は無理があると思うし、その女子が言っていることは正しく、私も納得してしまったので、苦く笑うことしかできなかった。
 それに、梟谷の学園祭は賞品が豪華なので、どのクラスも気合が入っている。顔が良くスタイルも良い京治を王子様役にするのは納得できてしまう。きっと私も6組の生徒だったら京治を推薦していたと思う。
 バレーの練習であまり参加できないことに申し訳なさを持っている京治は、結局王子様役を受け入れたのだとか。

 私としてはなんとも複雑ではあるけれど、私には「嫌だ」と駄々を捏ねる権利はない。これがきっと、幼馴染ではなく彼女という立場だったら、キスシーンなんてやめてって言うことが出来たんだと考えると、なんだか悲しくなってくる。最近の私は我儘で嫌な子だ。
 今までは京治の優しさに甘えて、幼馴染として隣にいさせてもらうだけで幸せだった。京治に告白する勇気がない私は、幼馴染という言葉を利用していただけだったのかもしれない。
 いつか京治に彼女が出来てしまった時、きちんと祝福をしてこの隣にいる権利≠譲ろうと考えていた。
 けれど今は、京治に彼女が出来ることに酷く怯えている。きちんと祝福できる気がしなくて、でもやっぱり当たって砕ける勇気もない。京治に彼女が出来ませんようにと願うことしかできない。あわよくば恋人同士になりたいななんて欲まで芽生えてしまう。
 京治は優しいから、私が告白をしたら返事に困ってしまうと思う。幼馴染だし親同士も仲が良いせいで、気まずくなったらどうしようとまで京治は考えそうだ。
 それに、私がいるせいで京治が彼女を作れなかったら、と思うと申し訳なさで心臓が壊れてしまいそうだ。
 なるべく京治に甘えないように、負担をかけないように、せめて京治が大好きなバレー中はそっちに集中できるようにと、何度も誘ってくれたバレー部へは入らなかったけれど、京治離れへの努力はまだまだ足りないのかもしれない。京治の将来を考えると、こっそりとは言え恋愛感情を抱いた幼馴染という存在は障害でしかないはずだ。
 京治の邪魔はしたくない。私がもっともっと我儘になってしまう前に、京治とは距離を置かなければいけないのかもしれない。

 あんなにも幼馴染として隣にいさせてもらえることに幸せを感じていたのに、今はその幼馴染という関係が苦しくて仕方がなかった。

「潮時、かな……」

 京治のことが大好きだ。京治もよく「好き」って言ってくれるし、私も京治に対して好意を伝えることはあるけれど、京治と私の『好き』は根本が違う。
 京治のことが大好きだ。だからこそ、私は――。

「名字、なにか言った?」
「え、あ、ううん。なんでもない」

 ――前の席から向けられた、不思議そうな双眸に首を横に振って、誤魔化すように黒板を眺めた。そうだ、今は学園祭の配役決めの時間だった。球技大会も終わり、秋の大きなイベントが学園祭と修学旅行の2つになったとはいえ、準備に関しては球技大会よりもこちらの方が大変なので、ロングホームルームの時間が少しずつ増えていく。
 私としては、数学や科学よりもこういった授業のほうが好きなので有難いことこの上ない。多分ほとんどの人もこちらの授業の方が好きなのか、クラス中が浮足立っている。前に座る彼もきっとこっちの方が嬉しいのだろう、声が弾んでいた。ちなみに彼は、赤点補習授業を何度も共にしている赤点仲間だったりする。

「うちのクラスはシンデレラになったんだっけ?」
「そう。名字前回のホームルーム出てないもんな」
「その節は大変ご迷惑をおかけしました……」
「えっ! 俺は迷惑だなんて思ってないよ! つーか誰も迷惑だなんて思わないだろ」
「ありがとう……」

 前回のホームルームは保健室で寝ていたために参加できなかったけれど、私は親友と共に裏方を希望していたため、私の名前はしっかりと裏方の欄に書かれていて安心する。

「あれ? 王子様役なの?」
「今気づいたのかよ……。そ! 王子様役に推薦されました〜」

 とピースをした彼の笑顔が眩しい。たしかにサッカー部に所属する彼――もとい左東くんはそのルックスと人懐っこさから女子に人気がある男の子だった。どうやら、うちのクラスもルックス勝負らしい。シンデレラ役の子も、学年で1、2を争うほどの美人だと言われている子で、我がクラスの本気具合が伺える。

「6組白雪姫らしいじゃん?」
「うん」
「で、赤葦が王子なんだって?」
「らしいね」

 左東くんは頭の後ろで腕を組むと唇を尖らせた。突然出てきた、先程まで脳内を占領していた幼馴染の名前に、喉がひゅっと狭まった。

「負けられねぇな」
「え?」
「6組……つーか赤葦には負けたくない」

 意気込んだ左東くんは、6組というよりも京治に対抗心を燃やしているらしい。サッカー部とバレー部でなにか因縁があるのかもしれない。もしかしたらこの前の球技大会が関わっているのかも。私はと言うと、運動部事情はよく分からないので、「そうだね」と返すことしかできなかった。
 そもそも目指すは優勝なので、左東くんへの返事に嘘はない。




幼馴染ちゃんと今後。

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