赤葦くんと幼馴染ちゃん
 今日の練習は、最終メニューにBBQがあったからか、それなりに皆浮き足立っていたと思う。ただ、焼肉に人一倍喜んでいた木兎さんが、最終試合の対烏野戦で、月島にブロックされ日向に教えたフェイントをかまされ、そして盛大なスパイクミス――。と、不調が続き、結局しょぼくれモードを全開にさせた。学校内での練習ならともかく、複数の、しかも今年から初参加の烏野の前で醜態を晒すのは控えて欲しかった。
 他の先輩たちのおかげで比較的早く復活し、何とか試合に勝ったので良しとするが、今後の試合で、木兎さんの100パーセントの力を引き出すためにも、生態をしっかりと学ぶべきである――というのは今回の合宿の総評であり反省点である。

「皆さん忘れ物は無いですか」
「あーい」

 どこの幼稚園バスかといつも思うが、残念ながらここは列記とした高校バレー部の合宿帰りのバスの中だ。そして本来、こういう仕事をしなければいけないであろう主将は、しっかりと席について既に片手にスナック菓子を持っている。その姿は小学生の遠足さながらで、そのスナック菓子を零さないように気をつけてくださいね、と名指しで付け足してしまいたいほど。
 ただここで、面倒見のいい後輩を発揮するのも億劫なので、触れはしないけれど。どうせ言ったところで木兎さんはこぼすのだ。いくら梟谷バレー部専用のバスとはいえ、綺麗に使うというのは乗車においてのマナーなのだが。

 お願いします、とバスの運転手に頭を下げて俺も席に着いた。
 木兎さんが俺の隣に座れと手招きをしていたような気がするけれど、見えなかったフリをして木葉さんの隣に座ることにする。1週間という長期合宿ということでどろどろに疲れている体を、木兎さんの隣で休ませられるとはどうしても思えない。木葉さんもわかっているか、隣に座った俺に特に何も言わず、バスはゆっくりと発車した。

 本来、大会や他校の練習試合では、東京駅だったり新宿駅だったり品川駅と、交通の便がいい主要駅で解散することが多い。或いは、試合会場や練習試合をした学校が都内ないし近郊だった場合は、その場で解散することも多々。ボール籠やボールなどの備品は手分けして持って帰り、翌日の練習で持ってくるというのが常だった。
 しかし、今回の長期合宿では、備品に加えて1週間分の私物もそこそこに多い。特に救急セットやビブス、ポカリの粉や共有して使うテーピングなど、マネージャーの備品が多く、これを家へ持って帰るのは大変である。
 だからこそ、合宿では一度バスで学校へ帰り、それぞれを棚や器具庫に片付け、そのまま学校にて解散というパターンが多いし、今回も該当している。
 森然から我らが梟谷学園までは首都高に乗っても1時間以上かかるので、まぁまぁゆっくりは出来そうだ。

 ほんのりと訪れる眠気を外へと追いやって、スマホを取りだし名前にメッセージを送る。解散は19時前後になりそうだということと、一旦名前を迎えに行くよということを打ち込んだ。

「お、例の幼馴染ちゃん?」

 隣から聞こえた声に、俺は咄嗟にスマホを隠した。どうやら木葉さんに見られていたようだ。

「……何見てんすか」
「まあまあ。たまたまってやつですよ」

 たまたまと言う割には、視線がしっかりと裏返ったスマホに向いている。この人たちにプライバシーというものは無いのかと白目を剥いてしまいたいが、そんな大層なもの持ち合わせていないだろうし特に後輩(というか主に俺)に対してはジャイアニズムを発揮することがある先輩たちなのだ。
 更に言えば、木葉さんはどちらかというと黒尾さん寄りで、だからこそこういう時にひたすらに厄介だ。これだったらまだ木兎さんの隣の方がマシだったかもしれない。
 実際木兎さんはがーがーとイビキをかいているので、あの人の隣だったならこうして邪魔されることは無かっただろう。

「つーか今から会うの?」
「まあ……はい」
「で? 何時までの逢瀬?」
「何時までって……」
「あー、はいはい。お泊まりコースですか。まあ明日は俺達も部活ないしなあ」

 さすがの長期合宿ともなれば、次の日の休みは確保されている。体を休ませるのを第一として、夏休みの宿題にもしっかりと取り組め――という、監督であり教師である闇路監督からのメッセージに何人が気づいているのか、ということはさておき。
 俺としては、名前と一緒にいた方が体の疲れも取れるし、名前と宿題も出来るので、今からのお泊まりは最早至極当然の道理である。
 実際、泊まりのことは、合宿に行く前に名前と話していて、じゃあ宿題をしないで待ってるねと笑ってくれた。名前はあまり勉強が好きでは無いので、俺がいないとそもそも宿題をしないだろうけれど。彼女は基本、俺がいないとダメなのだ。

「やはり寂しい思いをさせてしまいましたし」

 主将副主将会議でトランプをして盛り上がった日以外毎日電話はしたけれど(トランプの日は俺が寝落ちしてしまったので出来なかった)、それでもやはり名前には寂しい思いをさせてしまった。特にピークは1週間のうちの3日目で、まだ折り返し地点だという現実に、声が萎んでいた気がする。6日目である昨日の方がよっぽど元気な声だった。そういうところも、本当に可愛い。
 明日は沢山甘やかしてあげたい。

「そんなにもお互いに離れ難いなら、幼馴染ちゃんにバレー部のマネージャーやってもらえば良かったじゃん」
「まあ……」
「あまり乗り気じゃなかったのか?」
「……どう、なんでしょうね」
「なんだよそれ」

 正直俺としても名前にはバレー部のマネージャーをしてもらいたかったし、実際中学時代に何度か誘っていた。ただ名前は、木葉さんの言葉通りあまり乗り気じゃなかったんだと思う。苦く笑って『考えてみるね』というだけで、首を縦に振ることは無かった。

「なんかの部活に入ってんだっけ?」
「いや、特に」
「梟谷で部活に入らないってのも珍しいよなぁ。まあいないってわけでもないけど。バイトとかは?」
「バイトはしてますよ。ファミレスで働いてます」
「へぇ。じゃあバイトしたかったのかもな」

 バイトをしたかったから部活に入らなかったという結論は得て妙だが、名前が特段金に困っているという感じでもなさそうだし、バイト代で豪遊するという訳でもない。働きたがりという訳でもなく、1週間に3〜4日というよくあるシフトをこなしている。
 そもそも中学時代はバイト自体禁止なので、それが部活に入らない理由とは思えなかった。今まで特に気にはしていなかったけれど、もし部活に入らなかったことになにか理由があったとしたら……。

「そういえば聞いたこと無かったです」
「え、なにが?」

 なんでもないです。キョトンとする木葉さんに首を振って再度スマホに視線を戻した。いつの間にか返信が来ていたらしいそれは、可愛らしいスタンプと共に労いの言葉と準備を開始する言葉が綴られている。

『ありがとう。じゃあ近くなったらまた連絡するから』

 そう返信をして、そっと双眸を閉じた。この時俺は、噛み合っていた歯車が少しずつ壊れていってるのをまだ気づいていない。




幼馴染ちゃんともうすぐ。

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