(突発)短編 | ナノ


『もしもオタクだが刀剣乱舞は知らない人間が飛ばされたら。』


ちょりーっす。名前っす。

……。
名前、17歳。花のJKです。多分。

ん?苗字はって?それがとんと思い出せないんだよねー。
というのも私、どうも部分的な記憶喪失らしくてさ。

自分の名前と女子高生だった事、あと趣味とか、こうして日本語話せてる辺り一般常識は覚えてるんだけど、何故か苗字だけは思い出せなくて。あと女子高生最後の年だったって事は覚えてるんだけど、その途中から記憶が途切れてる。
だから『多分』ってわけね。

それにしてもここはどこなんだろか。なーんか身体が重いというか…、ていうか真っ暗だし。ここ。
――いや、ここが暗いんじゃない。私の目が開いてないんだ。

開けようとして、大量の何か――多分水――液体だ、なんかいやに生ぬるいそれらが押し寄せてきて駄目だった。

…何なんだ、ここは。
何より私の目はどうなってしまったというんだ。

焦りから呼吸が浅くなるかと思われた時、私はいよいよ顔から血の気が引くのを感じた。

私、息してない。


『――あら、つい今の今まで動いてたのに。残念』

『えー、お父さんの手も蹴ってほしかったなあ』

『ふふ、その内また動くわよ。何か元気だものこの子』

『だといいんだけど…俺嫌われてんのかな、前も触ろうとしたら静かになっちゃったし。反抗期?』

『いくら何でも早すぎじゃない?』


若い男女の笑う声がする。
特に女の人の声は物凄く近い。耳は疎か、こう、全身に音が響いてくる。

ってそんな事より、部分的とはいえ記憶喪失になってる上、目も見えません息出来ませんとか、…え、後者それ死んでない?

え、私死んでる?
持病もこれといって無いし、トラックとかにはねられた記憶もないんだけど…。


『早く会いたいな。――名前』


え?


『はは、またその名前で呼んでる。男だったらどうするんだ?』

『その時はその時』


キリッとどこかカッコよく言った女の人の言葉に冷や汗が流れてくるのを感じる。まあここ水の中らしいからあくまで比喩表現なんだけど。
てか名前って。それ冒頭で紹介したばっかじゃないですか。偶然か?


『昔は男の子か女の子かわからなかったらしいし、今は調べる人も多いみたいだけど』

『でもそこはやっぱさ、産まれるまでわからない方が面白いじゃない?』

『だよな』


どうも私の横…いやそれよりも、女の人に至ってはもっと近い所にいるらしい、幸せそうな一組の夫婦。
それらを見…られないから、存在を感じながら物思う。

もしかして私、死んだ記憶こそないものの、この夫婦の子供として生まれ変わってるのでは…?って。


『そういえば政府の審神者の件、妊婦だからって断っちゃったけど…ホントに良かったのかしらね?』

『だっ…ダメ!ママは俺だけのママなんだから!あんなイケメンだらけの魔窟にママが行っちゃうなんて…俺ジェラシーで死んじゃう』

『あなたったら…』


政府?さにわ?
…駄目だ。どうやら現在進行形で生まれ変わってるらしいけど、ここ私の知らない世界っぽい。政府はまだしもさにわとか聞いた事ないもん。

夢女子だった私は幾つかの単語でどこの世界かを瞬時に判断する事が出来るという無駄スキルが備わっている。

…だからそう、そんないわゆるオタクな私は転生ものとかも結構読んでたからこの状況もしかしてワンチャンあるんじゃね?とか思ったけれど、その期待も今ので消え失せた。

ああ、どうせ転生するなら私の好きな世界が良かったなあ…みんな大好き私も大好き、嫉妬に狂った女子にさえ気をつければ命の危険はないであろうテニプリの世界とか、スポーツ系だと他にはハイキューとか、黒子とか。ハンターとか進撃とか好きだけど死が常に隣り合わせの世界はごめんだしなあ。
小説だとハリポタとかかなあ。魔法とか永遠の憧れだよね。
ゲームだとポケモンとかいいよね。生ピカチュウ見てみたい、あわよくば触りたい。他はFFとか…いや、死ぬな。


『いざとなったら子供に審神者になりたくないか訊いてみましょ。私の子なんだから適性はあるでしょうし』


…おい、それ俺…。


***


予想は間違ってなかったようで、新しいお母さんの母胎にて羊水にプカプカ浮いていた私は、どうせならと予定日に暴れるというコトを起こし、そうしてこの新天地となる新しい我が家、三日月家の長女として誕生した。

因みに読みはそのまま“みかづき”。ちょっと珍しい苗字だと思うも、それだけだ。

…いや、嘘です実はちょびっとだけ期待した!珍しい名前…もしかしたらヒロアカじゃね!?って。危険はそこそこあるがヒーロー目指さなきゃ済む話だし。つまり行けるんならそこでもいいですよと。だってヒロアカも好きですしと。
そう思ったけど、やっぱ違うんだよなあと思い直した。だって政府のさにわなんて言葉、やっぱ聞いた事ないし。ヒロアカならそこは“個性”でしょ適性って時点で言葉合ってないけど。ヒーローならともかく。
割と頻繁に、それこそ生まれる前から聞いてた言葉だからこの世界ではそれなりに知られてる何かなんだろう。


「駄目ですねー。残念ながら名前ちゃんには審神者の適性はないようです」


そしてただいま件の政府とやら。
そこにて簡単な検査をされた結果、職員さんが下した判定がこれ。


「そうですか…親に適性があっても必ず子に遺伝するわけではないんですね」

「確かに血縁者に審神者がいれば発現する可能性は高いですけど、こればっかりは完全に運ですからねー。で、どうです三日月さん。お子さんも無事生まれた事ですし、審神者の件、もう一度考えてみませんか?中には刀剣達に子供の世話を手伝ってもらいながら従事しておられる方も…」

「帰るぞ」


政府のお兄さんの言葉を遮ってお父さんが席を立つ。お母さんを一人で行かせられるかと有休使ってついてきたのだ。そんなお父さんは普通のサラリーマンで、こちらはさにわの適性とやらはないそうだ。遺伝云々っつってるけど私はこっちに似たのだろう。娘はお父さんに似やすいって言うしな。外見の事だけど。

聞けばさにわとは漢字表記で審神者と言い、2205年となった今では普通に職業の一つとして世に浸透しているらしい。簡単に言えば刀剣の付喪神(極めてイケメン)を従えて歴史なんちゃらとかいうのと戦うカンタンなお仕事だそうな。簡単ってのは、あくまで審神者は指示する側であり実際戦うのは刀剣ですからと。付喪神を呼べるかが重要なのであって別に特別な頭脳とか能力は要りませんからと。基本は書類業務と審神者の拠点維持ですから○×△…。職員のにいちゃんはなんかノルマでも課されてんのか、どうにかこうにかお母さんを落としにかかっていた。どうやら審神者はいわゆる霊力的なモノがないとなれない職業らしく、その稀有さから万年人手不足らしい。

何このファンタジーとか思いながらも、慌ててお兄さんに一礼した後お父さんの後を追って部屋を出たお母さんに抱き抱えられながら、私は赤ん坊らしくもなく遠い目になる。
あああ今更ながらにこの世界の知識がない事が悔やまれる。だってこれ絶対なんかの世界だよね。何だよ刀剣擬人化って。刀剣とかへし切長谷部くらいしかわかんないんだけど。何で知ってるかって、無双に出てきたから。戦国の方ね。他にも名前を見ればピンと来るものがあるかもしれない。

何だろ、これって乙女ゲーとかなのかなあ。刀剣って基本イケメンらしいし。女の子は全くいないらしいし。
あとついでに何だよ2205年。私が夢小説読んでたのなんて2000年代だぞ。あれから200年とか…リアルに鉄腕アトムとかドラえもんいそうだ。

しかし惜しい事をした。せっかくトリップしたんなら一人くらい見ときたかったなあ、刀剣男士とやら。美形好きだよ好物なんだ。…いや普通か。

もう多分来る事もないんだろう政府の無駄にデカい建物を外に出たお母さんの腕からぼんやり眺める。天高くそびえるさまはまるで巨大企業のビルだ。しかしその実体は、敵さんに簡単に攻め入れられんよう別次元にあるとかいう、これまたファンタジーな設定の建物、もとい空間。帰りは車や電車ではなくまさかのワープという。ここから十数メートル行った所にある出口をくぐれば、そこはもうこの1年慣れ親しんだ我が三日月家、というわけだ。もう何もツッコめない。

とか何とか言いつつもいかんせん生まれてまだ1ヶ月だから若干ぼやけて見えてんだけどねー。自転車は運転出来そうなくらいには見えるんだけど。
余談だけど、何故にこんな早すぎるお散歩をさせられてるかってーと偏に政府がうるさかったから。これ私でなかったら風邪とか引いてそう。生まれてからわかったのだけれど、私は大分頑丈らしいのだ。だからか体調もまだ悪くなった事ないし。つってもまだ生まれて1ヶ月しか経ってないけども。
ただ、他にもお母さん達にはバレないようにしてるけど首ももう座っていて、寝返りも打とうと思えば打てる。赤ちゃんの事とかよくわからんけど、多分これかなり早い方なんじゃないかなーと思う。てか異常?


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