田舎娘はアンドロイドの夢をみる8

「では12時に。君の家まで迎えに行くから待っていて」と約束をし、その約束の時間までまだ4時間もあるけれどこれから頭の先からつま先までおしゃれにしないといけないため実はそこまで時間がない。
というわけで朝食もそこそこにシャワーを浴び身体をきれいにして髪を乾かした後、念入りにスキンケアをし、このあいだ財布の中身がほぼなくなるまで買いあさったものの一部である控えめなフリルでかわいさも控えめなブラウスに傷やら痣やらで悲しいことになっている足を少しでも少しでもよくしたいがためにダメ元でストッキングを履き、足を長く見せるためウエストよりも高い位置でホックを留めたふんわりスカートに太めのベルトを巻いてメリハリのある女らしい格好をし、昨日の夜慌ててダウンロードした今流行りのメイクの仕方が載っている電子書籍を見て自分に合いそうなメイクを真似ていつもの10倍どころか100倍くらい見栄えのいい顔を作り、久しく使っていないコテで髪を巻きゆるふわヘアにし、この格好に合うアクセサリーや腕時計を身に付け、滅多に履かないヒールの高い靴を履き、財布と携帯端末と非番用の小銃を入れたらパンパンになってしまうくらいのかわいい鞄を用意したところで呼び鈴がなった。時計を見ると針が12時を指している。
逸る気持ちを抑えドアを開けると、そこには襟付きのストライプ柄のシャツに細身のパンツという組み合わせのコナーが片手でコインをいじりながら立っていた。格好はシンプルだが元々顔や体格がいいため十分かっこいい。シュッとしていて清潔感のあるこの格好は彼にとてもよく似合っている。
あまりの格好の良さとまさか服装まで自分好みだったことに対して驚きと嬉しさが入り混じりもしかしてこれは夢なのでは…?とぼんやり思う私と、目を丸くし微動だにしないコナー。持っていたコインが落ちても動かない。そのコインの音でハッと意識を取り戻し落ちたコインを拾い彼に渡そうとするも、いまだに動こうとしないため渡すことができない。もしやどこか故障してしまったのでは…と心配になり、彼の身体に触れたところでより一層目を丸くした彼がビクリと動き出す。デトロイト市警や本部から何か指示でもあったのだろうか。それで長いこと動かなかったのかもしれない。

「すみません…あなたがあまりにもかわいらしくて、その、見惚れていました」

捜査指示の有無を聞き、もし捜査に行くとしたら着替えないといけないと思っている私にとんでもないことを言うコナーのLEDは真っ赤で、そこまで私のことをかわいいと思ってくれているのかと感動してしまい、視界が涙で滲んでいく。しかし今ここで涙を流せばいくらウォータープルーフでもメイクが、主にアイメイクがどろどろに流れ落ちてしまうので気合で涙を引っ込めた。
あぁ、電子書籍で今流行りのメイクを見ておいてよかった。有り金が尽きる寸前までおしゃれな服を買っておいてよかった。とても念入りにスキンケアをしてよかった。この世に生まれてきてよかった。今生きていることに感謝。万歳。
そんな、生に感謝している私に「本当はこうしてずっとあなたを見ていたいのですが、それだとどこにも出掛けられませんね。行きましょうか」とはにかみながら外出を促すコナーは私をどうしたいのだろうか。普段言われ慣れていない言葉を連発され沸騰した頭を抱えて自宅を出れば「あの…手を、繋いでも?」とこれまた普段なら聞かずともするようなことをおずおずと伺ってきてもうダメだ。正気でいられる自信がない。
すぐにでも好きだと叫びたい衝動を必死で抑えて頷けば「では、失礼」と手を掴み、しばらく指や手のひらの感触を楽しんだ後「…指を、絡めても?」と再びお伺いをたてる彼はきっとこうすれば私が喜ぶと思っているのだろう。まったくその通りだ。私は今、猛烈に喜んでいる。さすが私の自慢の先輩であり大好きな人だ。誇らしい気持ちのまま了承するとパッと表情を明るくし「前からこうしてみたいと思っていたんです」と指を絡ませる彼は飼い主に元気よく甘える犬のようで大変微笑ましく、そしてかわいらしい。
ふわふわと羽が生えたように軽い足取りでバス乗り場まで行き「今日はどこへ?」と聞く彼に前から言ってみたかったショッピングモールに行くことを伝えるが、勝手に行先を決めてしまったことにより彼に自分勝手な女だと思われやしないか不安になり、今さらだが彼に行きたいところはないか、もしよければショッピングモールはいいからそちらに行こうと持ち掛ける。すると「昨日言ったでしょう?君とならどこへでも、って」なんて言いながらウインクを飛ばしてくるので危うく変な声を出すところだった。彼といるとある意味心臓がいくつあっても足りない。


本当は少し回ってからカフェなりなんなりに入りたかったのだけれどコナーの私を殺しにかかっている発言や行動の数々に疲弊したため、ショッピングモールに到着して早々カフェに入った。ここはアンドロイド用に冷たいブルーブラッドや温かいブルーブラッドなどのコーヒーを模したものを販売していることで有名だ。いつか彼とここでゆっくり飲み物を飲みながらいつもブレイクルームでしているようなことをしたかったのだ。
アイスコーヒーを飲み一息ついている私の前で温かいブルーブラッドに四苦八苦しているコナーがいる。温かいものは苦手なのかと聞くと「いえ、いつも冷たいものしか摂取していないので慣れていなくて」と困ったような顔をする。確かにハンクと行くバーでも温かいブルーブラッドはない。ということは、これが彼にとって初めての温かいものなのだ。うまく飲めるか心配すると同時に「うっ」とカップから口を離す彼を見てやはりダメだったかと思いつつ、火傷の心配をする。彼は「軽微ですが舌の一部が損傷したようです。ほら」とぺろりとその損傷したらしい舌を見せてくる。彼の舌はブルーブラッドによって青く染まっており、その艶めかしさに何だか見てはいけないものを見てしまったような気がしてそわそわしてしまう。
このあと、そのそわそわを誤魔化すように息を吹きかければぬるくなって舌を損傷することもないと教え、即実行に移すも「冷めませんね…」と悲しい顔をするコナーを見て、慌てて彼の飲み物をふぅふぅと冷まして差し出すと「丁度いい温かさだ。ありがとうございます」とにっこり笑ってくれて安心する。いくら表情が豊かになったからとはいえ、彼の哀の表情は見たくはない。

「えっ、なぜ敬語なのかって?」

しばらくのあいだ「温かい液体が体内に入る感覚もなかなかいいものですね」などとのんびりしていたのだけど、実は今日コナーが迎えにきてくれてからずっと気になっていた、なぜずっと敬語で話すのかという疑問を思い切って彼にぶつけてみたのだが、無意識だったらしく「…なぜだろう?」と首を傾げ動かなくなってしまった。
いや、別に敬語を話す彼が嫌なわけではない。就業中はほとんど敬語だし、私に対しても後輩なのにもかかわらず敬語で接してくる。ただ周りに誰もいない状態、つまり知り合いがいないときは敬語でなく砕けた口調なので気になっただけだ。私はどの彼も彼らしくていいと思っている。
言い方が悪かったかと焦り、どうすればこの状況を打破することができるか頭をフル回転させる私をしり目にぽつりと「あぁ、そうか。わかったぞ」と呟き「あなたが、いや、君がいつもと違うから緊張して敬語になってしまったみたいだ」と謎はすべて解けた!とでもいうような顔で答えてきた。まぁ、確かにいつもはもっと野暮ったくて動きやすい服装にメイクもほぼしていない、まさに女を捨てている状態だ。その状態からこうして女子力フル装備の状態になったわけで、彼からしてみればもはや別人と話しているように感じたのだろう。それは緊張しても仕方ない。私だって彼がもし外見だけ別の機体になったら緊張してしまう。
コナーと共にどこかへ出掛けるのを心から望んでいたためメイクも格好も気合を入れすぎてしまった、緊張させてしまい申し訳ない。と謝る。するとまるで濡れた犬のように勢いよく首を横に振るので何事かと思えば「いや、嬉しい。僕のために、こんなにきれいになってくれて、本当に嬉しいんだ…ありがとう」とぎこちなく感謝され、口の端がむずむずとあがっていく。嬉しいと言われた。自分のためにきれいになってくれて嬉しいと。その言葉だけで彼のために何時間もかけてメイクをした甲斐がある。

「…あの、隣に行ってもいいかな?」

コナーの言葉に反応するようにあがっていく口の端をあまり見られたくなくて下を向くと、テーブルを挟んで向かい合っている彼が隣に移動したいとそっと訴える。これ以上近づかれるとにやにやと醜い顔を見られてしまうかもしれない。そう思い、それはちょっと…と言おうとするも彼は私の言葉を聞くことなく隣に座ってしまう。元々ふたりほど座ることができるソファーに座っていたものだからひとり用の椅子のようにひじ掛けなどないため、彼は私に身体を密着させるように腰をかけた。
彼との距離が物理的に0となりいろんな感情がぐるぐると渦巻き意味もなく膝の上でもじもじと動かしていた指を、彼の大きな手が包み込む。優しい手付きで指を絡ませていくのを見るのが恥ずかしくて目を閉じた途端耳元で名前を呼ばれ、思わず顔をあげそちらを向くと真剣な表情をしたコナーの顔が至近距離にあり…。
突然立ち上がりそろそろ外へ出ようと提案した私を、彼はどう思っただろう。「…あぁ、そうだね」と柔らかく微笑む彼を見ただけではわからない。


会話を途切れさせるのが怖くて今いるショッピングモールについて知っていることを片っ端から話しながらカフェを出ると、どこかから走ってきた男にぶつかりよろける。それを支えてくれたコナーに礼を言い、何なんだと愚痴のひとつでも言おうと口を開くと背後からひったくりと叫ぶ声が。彼と顔を合わせ頷き合うそのあいだに先ほどとは別の男が駆けていく。
ひったくり犯はおそらく私にぶつかった男と後に続いた男のふたり。二人一組で犯行に及んでいるのだろう。先に逃げて行った男をコナーに任せ後の男を追う。ヒールで全力疾走などできるはずもないので追いかけると決めた時にはもう脱ぎ捨てたし、このふわっとしたスカートも足に纏わりついて邪魔なので今はスカートの端をひとつ結びにし、纏わりつかないようにしている。
今しがた走り出した私とは違い、走り方にも疲れが見えるにもかかわらずなかなか追いつくことができず己の服装を恨む。いつもの格好だったらもっと早く、逃げ足だけは一流とギャビンに言われたこの足をいかすことができるのに。悔しい気持ちをバネにしてひたすら人込みを縫い、犯人を追っていると人気のないところまできた。しかもこれ以上先に行くことはできない場所だ。観念したようにこちらを振り向く犯人に警察であることを告げつつ鞄から取り出した小銃を取り出し、おとなしく投降するように叫ぶ。するとおとなしく手を頭の後ろに回したため銃を構えたままゆっくりと近づき、犯人を地面に俯せの状態で倒して腕をひねり上げた。
抵抗しない人でよかったと思いながら銃をしまい携帯端末で警察に犯人確保と今いる場所を連絡し、あとは警官がくるのを待つのみ。と、ここで油断したのがまずかった。犯人がいきなり激しく動いてバランスを崩す私に体当たりをしてその場に転ばせると、私の腹を思い切り蹴りつけてきた。きっとまた追ってこられないよう痛めつけているのだろう。はじめの蹴りはもろに食らってしまったけれどそれからは腕で身体を庇っているからダメージもそれほどない。むしろ兄妹喧嘩したときの兄のパンチが腹に決まったときのほうがもっと痛かった。
大家族の末っ子という家族間の荒波に揉まれた私を舐めるなよ、と蹴るのに疲れて足のキレが悪くなった犯人の足をひっぱりその場に転ばせ寝技をかける。よくも腹を何度も蹴ってくれたなと関節技をキメれば犯人はその痛さにわめくが当たり前のようにかけ続ける。私の腹を何度も蹴り続けた報いなので警官がくるまで諦めて泣きわめいていてほしい。

結局先に犯人を捕まえ警察に連絡してからその犯人と共に私を探しにきたコナーと「なっ…!」「…随分派手に暴れてくれたな」「言い訳ならあの世で…えっ、撃ってはいけない?なぜ?この男は君に危害を加えたんだよ?それなのにダメなのかい?」「…命拾いしたな、この屑野郎。彼女に感謝するといい」といったかたちで警官を待ち、やってきた警官に犯人を引き渡し、明らかに暴行をされたとわかる私を病院まで乗せてくれようとする警官に見た目ほどひどくはないからと断りを入れれば「ではデトロイト市警までお願いします」と間髪を入れずに言うのでどういうことか聞けば「いくら医者にかかるまではいかなくても手当はしないと。自分で思っているより君は怪我をしている」と言われ何も言えず。実は犯人を引き渡して肩の荷が下りたのか、擦り傷だらけの足やきっと痣だらけになっている腕や腹がじくじくと痛みはじめてどうしようかと思っていたのだ。
そういうわけで、他の管轄の警官にポリスカーでデトロイト市警まで乗せて行ってもらうことに。犯人を追うときに脱いだ靴は今さら取りに行くのも億劫だったためそのまま置いてきてしまった。給料が出たら違う靴を買おう。けれどその前にこの破れたブラウスやスカートも買わないといけない。


「ほら、動かないで。落ちたら痛い思いをするのは君だよ」

デトロイト市警まで乗せてくれた警官に礼を言い、ポリスカーのドアを開けて外に出ようとすると「そこで待っていて」と止められ、なぜ?と思いつつも待っていると先に降りたコナーがおとなしく座っていた私をいとも簡単に抱きかかえ、そのままスタスタとデトロイト市警の中へ。まさかこの状態のまま職場を通るのかと暴れれば余計きつく抱きかかえられ、逃げるに逃げられなくなる。それに「これ以上、君に傷を負ってほしくないんだ。わかって」と囁くように言われたら暴れる気も逃げる気もなくすというかなんというか…。靴がないからだとわかってはいるけれど、私自身を大切に扱ってくれているような気がして顔がにやけてしまう。
けれど職場の皆に私がコナーに抱きかかえられていると知られたくなくて両手で顔を覆う。これなら服装や髪型もいつもと違うし平気だろう。と、途中まで思っていたのだけれど、遭遇する人達に事のあらましを丁寧に答える彼にクリスが「それで、そちらの女性は?」と聞いてしまったせいでコナーが抱えているのは私だとバレ、まさかバカ正直に答えるとは思っていなかったため自分の名前を彼が話した瞬間、顔から手を離しなぜバラした!と大声を出してしまったせいで広範囲にバレてしまいもう開き直って手を振るしかなかった。
あぁ、クリスはともかくギャビンや例の彼女にまで遭遇してしまったのは痛手だ。ギャビンはまだいいが、彼女にだけは会いたくなかった。何もしなくても美しいあの人には。

フルメイクをしても自分よりきれいな彼女と遭遇してしまったせいで、相変わらずお似合いなコナーと彼女のことを考えては落ち込むということを先ほどからずっとしている私は、彼の部屋に連れて行かれて「傷の手当をするからストッキングを脱いで。あぁ、大丈夫。僕は向こうを向いているから」と言われボロボロのストッキングを脱ぐときも、ソファーに座るよう促され「染みるだろうけども我慢するんだよ」といつの間にか用意されていた消毒液を足全体にかけられているときも、彼がTシャツ片手に「これに着替えてほしい。大丈夫。僕は向こうを向いているから」と言われ破けたブラウスを脱ぎ彼から受け取ったTシャツを着たときも、彼のTシャツが大きくてワンピース代わりになると思いついでにくしゃくしゃなスカートも脱いだときも、私の姿を見て目を丸くする彼を目の当たりにしても、「冷たいだろうけど我慢するんだよ」と腕に湿布を貼られているときも、「お腹は…自分で貼れるだろう?僕は、向こうを向いているから」と言われ湿布をもう変色し始めているところに貼っているときも、ずっとふたりが仲睦まじくしているところを想像してはひとりで勝手に沈んでいた。
だけど、それももう終わり。終わりにしないと。

手当を受けたあとぼんやりとしている私に黙って寄り添い、手を握ってくれるコナー。そんな彼に今まで恋人らしい振舞いをしてくれてありがとう。実は酒のせいでそのお願いをした記憶がないのだけれど、そんな酒で記憶を飛ばす後輩のお願いを疑うことなく聞いてくれてありがとう。本当はもっと早くこうして言わなければならなかったのに遅くなって申し訳ない。あなたの優しさにつけこんで申し訳ない。これからは本当に好きな人と幸せになってほしい。というような感謝と懺悔が混濁した言葉をおくる。彼は盛大に首を傾げているが、それはきっと今だけで少し経てば私の言ったことの意味を理解するはず。
警察官のくせに酒に飲まれるな!と怒るだろうか。それともやっと恋人らしく振舞わなくてよくなったと安堵するか。はたまたやめ時がわからなかったからそう言ってもらえて助かったと感謝されるだろうか。いや、じゃあこれから本当の想い人である彼女に自分の気持ちを伝えてくると嬉しそうに言うかもしれない。彼がどんな反応をするか、どんなことを言うかを想定して少しでもダメージを減らそうとしている私に彼は「あれほど僕のことを好きだと言っていたのに、キスだって数えきれないくらいしたのに、それも覚えていないのか?」とLEDを黄色く染めている。
あまりにも何のことだかわからなすぎて思わず立ち上がって彼の肩を掴み、揺さぶるようにそれは一体どういうことなのかと尋ねれば「あの夜、君はギャビンに連れられここにきたんだ。なぜかギャビンは君を置いていったけど、君は名残惜しそうだったよ」「だから不安になったんだ。急速にギャビンと親交を深める君は、僕よりもその男のほうがいいと思っているのかもしれないと」「それで僕はその不安をどうにかしたくて君に甘えた。僕のことを好きだと言ってくれないと許さないって。別に許すも何もなかったんだけどね」「けれど君は言ってくれたよ、僕のことが好きだって。ギャビンよりも好きだって。僕の顔が好みだと言っていた頃から本当は好きで、今もその想いは変わらない、それどころか日々僕への想いが膨らんでいってつらい、とも言ってくれた」「それに気をよくした僕は調子に乗ってあいつとキスをしたのか、もししていないのならば僕にキスをすることができるはずだと要求したんだ。君ならしてくれるだろうという期待も込めて」「そうしたら君は頬にキスをしてくれたよ。けれど僕はそれを物足りなく思い、今度は僕のほうから君の唇めがけてキスをした。何度も、何度も」とそれが何か?とでも言うように、酒に酔った私の痴態を話した。

「その…見えているよ、君の下着」

いくらコナーに促されたからとはいえ、そんなに熱烈な告白を自分のほうからしていたという事実に羞恥のレベルが上限を超えてしまって立っていられなくなった私は、へなへなとその場に座り込んだ。しかし極度の羞恥により震えている私をどうにかしようと立ち上がる彼を見て慌てて後ずさる私に、彼は股を開いて後ずさりなどしているから下着が見えるのだと指摘する。だけど今はただただ彼と距離を取り、できればこの部屋から脱出したいと思っている私には下着がどうこうなどと指摘されても響きはしないため、今もなお大股開きで尻を引きずりながら後ずさりしている。私のそのあまりの怯えようにこれはいけないとでも思ったのか彼もその場で膝をつき、私の名前を呼んでは様子を伺いつつそっと近づいてくるが、私は野生動物なのか?
自分の気持ちが相手に筒抜けであることや、その気持ちに好意的な態度を取るコナーや、実はキスをしていたことや、では例の彼女は?仲睦まじくしていたではないか!という気持ちや、野生動物みたいな扱いをされていることなどがぐちゃぐちゃに混じり合い、もう何も考えられない私に彼は「…君の気持ちは、もう僕には向いていないのか?」と聞いてくる。それはない。今も私は彼を想っている。そう言葉にしたくても震える喉から声は出ず、代わりに首を横に振る。すると「それならっ!」と突然大声で叫び立ち上がったかと思えば、今まで必死に後ずさりをして取った距離をいとも簡単に縮めた挙句、目の前で再び膝をつき「なぜ逃げようとする!?君は僕が好きで僕も君が好き!それなのになぜ逃げる必要がある!?」とLEDを赤くして叫ぶのでもう何が何だかわからない。
コナーが私のことを好き…?

それははじめの頃に私がコナーの顔が好みだと伝えたせいで私に興味を持ち、それを恋だと勘違いしたからでは…?それにもし百歩譲って私のことが好きだとしたら例の彼女は?好きなのではなかったの…?と混乱している私に「…僕は君が好きだよ。何を勘違いしているのか知らないが、君がデトロイト市警に配属され、ハンクの下につくことになったときから君のことが気になっていた。その頃はまだ初めてできる後輩としてね」「だけど君は僕を避けてハンク、ハンク、ハンク!いくら優しく接してもハンクのほうにいく君に腹が立ったけれど先輩だから優しくしないといけない。その相反する感情を必死に押さえつけていたのに、君は気まぐれに僕の気持ちをかき乱した。主にウインクとかでね。それでハンクと3人でバーに行ったときに抑えきれない感情が出てしまったんだけど、それによって君が僕に好意を持っていることに気付けた。何より君の気持ちに気付くことによって、なぜ僕が君に対して腹立ちを覚えていたのか気付くことができた。もうその頃には後輩としてではなく、ひとりの女性として君のことが気になっていたんだ」「そのあとはもう、坂を転がり落ちるように君に夢中になっていったよ。君がハンク以外の男、主にギャビンと話していたり戯れていたりするのを見かける度に殺意がわくほどに。…殺意はギャビンにだけだよ」と、先ほどとは打って変わって静かに話す。
淡々と告げられる告白に彼の本気を感じ、身体が熱くなっていく。そしていろいろと耐えきれなくなり思わず後ろに倒れ手で顔を覆い軽く身もだえていると名前を呼ぶ声が真上から聞こえ、何事かと手を外すと「…好きだ。僕をアンドロイドではなく人として接してくれるところも、僕だけではなく他のアンドロイドにもそうしているところも、僕の意思を尊重してくれるところも、真面目に職務を執り行うところも、ハンクを慕っているところも、甘いものが大好きなところも、ギャビンにサムズダウンをしては逃げるその幼い子どものようなところも、おっちょこちょいでかわいらしいところも。君のすべてが僕を刺激する」と覆いかぶさりながら話すコナーがそこにいて息をのむ。これはもう、逃げられない。
……だけどその前に。

「彼女とはいい同僚として付き合っているけれど、それが何か?」

この雰囲気の中、水を差すようで大変申し訳ないが彼女との関係は?と聞くと私が一番ほしかった答えが返ってきてさりげなくガッツポーズをする。なぜ今その話を?と首を傾げる彼に首を振り、彼に改めてあなたのことが好きだと伝えると愛おしいほどにこやかな笑みと共に優しいキスの雨が降り注ぐ。
「僕の世界を変えたのはハンクだけど広げてくれたのは君だ。…これからも僕と共に歩み、広げてくれるかい?」と聞かれ返事の代わりにキスをするとお返しとばかりに下唇を食まれ、優しくも荒々しく唇を奪われる。

これが私達の新たなはじまり。


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