夢のその先へ

『田舎娘は〜』の後日談その1。




私とコナーが付き合い始めたことをちゃんと報告したのはハンクだけだが、このあいだの横抱き持ち帰り事件のせいで職場の皆にはきっとバレている。たまに私達を見る目がにたりとおもしろいものを見るような目になっているときがあるのは見間違いではないはずだ。それでもほとんどの人は特に何も言わずにいてくれるのが救いだけれど、一部の人、主にギャビンだが、そのことについてからかってくるから大変だ。
今日も捜査の途中で署に3人で戻ってきた際に運悪くギャビンと遭遇してしまい「これはこれはポンコツカップルで有名なおふたりじゃないですか!今日も元気に現場ファックでもキメてきたんですか〜?」と最低を通り越して今すぐに地獄に落ちてほしいと思うような絡み方をされた。ギャビンの、コナーがいると嫌味のレベルが上限を超える癖は本当になんとかしたほうがいいと思うが、言っても聞かないうえにそもそも注意してくれる人がいないので、彼はこの先もコナーがいると最低最悪の男になるのだろう。早くコナーに嫌味を言うことより興味があることを見つけてほしいと心から思う。
話が脱線してしまったが、ギャビンのあまりの物言いにいつもは何も言わず私達のやりとりを見て楽しそうにしているハンクも「おいおい、いくら何でもそりゃねぇだろ」とギャビンを咎め、私もさすがに両手でサムズダウンをし、コナーもいつもは私を真似て片手でサムズダウンをするところを今日はファックサインに変えて応戦した。するとギャビンはコナーにだけ反応して「おいコラふざけんなよテメェ!」とコナーに掴みかかろうとし、それをいとも簡単に避け「少し外へ行ってきます」とギャビン回避のためにピュッと署から走り去るコナーと「逃げんじゃねぇ!」と彼を追うギャビンを見送ったのだけど、このやりとりが毎回発生するかもしれないと思うと頭を抱えたくなる。ハンクにどうすればいいか聞くも「無視してりゃそのうちどっか行くよ」としか言ってくれない。
ハンクの言うようにこれからはサムズダウンも何もせずに放っておくしかないと思いつつ、ギャビンに執拗に絡まれて耐えられる自信がなくてしばらくのあいだ途方に暮れていた。


まぁ、そんな前途多難な話は置いておくとして、付き合ってからの私達はハンクが「…お前等本当に付き合ってるのか?」と疑うくらい付き合う前から変わっていない。就業中に恋愛ごとを持ち込むのは街の安全を守る警察官としてよくないということから、職場では休憩中に話すくらいで特に恋人らしいことはしていないし、非番のときもたまにどこかに行くのみで手を繋ぐのが関の山だ。私としては非番の日くらいもう少し恋人らしいことをしてもいいと思うのだが、人前でいちゃつくことに抵抗があるためなかなか手を繋ぐ以上のことができない。コナーは私が人前で何かをしたりされたりするのに抵抗があることを知っているのと、手を繋ぐだけで満足している節があるため何も言うことができず。
そんなもやもやとした気持ちを抱きながら書類を整理していると、コナーに「もう1日の摂取カロリーをオーバーしていますよ」と注意されても平気でドーナツを食べていたハンクに「お前等は一緒に暮らす予定とかあるのか?」と聞かれ、何度かキスをしたとはいえ普段は手を繋ぐので精一杯なのに一体何を言っているんだこの人は、と動揺してしまい整理していた書類を落としてしまった。
「大丈夫ですか?」とコナーが落ちた書類を拾ってくれ、まだ動揺してはいるものの彼に礼を言い、にやりとしているハンクにその予定はないと話す。コナーも「そうですね。その予定はありません」と加勢してくれた。しかしその返しに納得いかないのか「何でだ?一緒に住めばいちゃつき放題だぞ?」と反撃してきて今度は心が揺れだす。
確かにコナーと同じ家に住めば誰かを呼ばない限り他人の目を気にすることなく手を繋ぐ以上のことができる。それに会う時間も格段に多くなるのだ。今はまだ付き合ってからそれほど経っていないため同棲は早いと思うが、いずれかはハンクの言う通り一緒に暮らすのも悪くないかもしれない。

「お言葉ですがハンク。もし僕が彼女と同棲を始めたとして、一体誰があなたの世話をするんです?」

ほわほわと同棲に気持ちが偏りだしたそのとき、コナーがぴしゃりと問題を提示する。
コナーは予定など何もなければ非番前日から非番の次の日の朝までハンクの家に滞在する。主に食生活が乱れているハンクの食育や家の掃除、ハンクの愛犬スモウの世話などといったハウスキーパーのようなことをしているらしいが、本人が自分からそうすることを望んでいるのと、変異体になるきっかけをくれたハンクに尊敬と好意を持っていることがわかるため今まで微笑ましく見守っていた。それを私と同棲することによって取り上げることになってしまうかもしれない。そう思うと彼と同棲したいという思いはきれいさっぱりなくなった。彼には心から自分のしたいことを思いきりしてほしい思っている。
「お前が勝手に押しかけてくるくせに何偉そうなこと言ってんだ。誰もお前に世話してほしいなんて言ってないだろ」「しかし僕がいなければ毎食高カロリーな食事に間食、アルコールも過剰に摂取して酔いつぶれることも多々あるでしょう?そんな人を長い間ひとりにしてはおけません」「うるせぇ!どうせいつか死ぬんだから好きなもん食わせろ!」「好きな物ばかり摂取したせいでそのいつかが明日になってもいいんですか!」とだんだん激しくなっていくふたりのあいだに入り、コナーはハンクに少しでも長く生きてほしいと思っているからこそ食事のことに関して口うるさくなってしまうだけで別に悪気があるわけではないとハンクに話すと「…知ってる」とそっぽを向き、意地を張るハンクに対してぷんすかと怒っていたコナーに、きっと恋人らしいことをあまりしていない私達を気遣って同棲の件を話したのだろうしいつか死ぬ云々に関しては引くに引けなくなってそう言ってしまっただけだと思うからそう怒らないでと言えば「…えぇ、わかっています」とばつの悪そうな顔をしていて、相棒をしていると互いに似てくるのものなのだと大変微笑ましく思う。ふたりともお互いのことを思っているのに素直ではないところなど、本当によく似ている。

「いいことを考えました。僕と彼女がハンクの自宅に住めばいいのでは?」

ふたりが気まずい雰囲気を作っている中でひとりにんまりとふたりのことを微笑ましく思っていると、いきなりハッ!とした顔をしたコナーがなかなかすごいことを提案してきたため、ハンクとふたりでポカンとしてしまう。
コナーにとってはハンクの様子を常に確認することができるうえに、私とも共も暮らすことができ少なくとも職場よりかは恋人らしいことができる環境を手に入れることができる。しかし、そうなるとハンクにかなりの負担がかかることになる。
コナーは度々ハンクの家に泊まっているしもうすでに受け入れられているから問題はないが、私はそうではない。それに相棒はともかく部下と共に生活するなど息が詰まるだろうし、その部下と相棒がもし万が一自分の家で恋人らしいことをしていたらいい気はしないのでは?とコナーに忠告し、ハンクも「俺の家をモーテル代わりにするな!」と怒る。しかし「ハンクはあなたもことをよく気にかけていますよ。手のかかる娘だと度々言っていますし。ですからハンクもあなたを歓迎してくれますよ」「ハンクの自宅はモーテルではないのでモーテルの代わりにはできないと思いますが」と返ってきて、これまたハンクと共に脱力する。捜査をしているときはあれほど頭がキレるのに、こういうところでぽやんとするのはなぜなのか。
いくら娘のように気にかけているからとはいえ他人を住まわせるというのはいろいろと面倒なことになるかもしれないし、ハンクからの申し出ならともかくこちらから言うのは迷惑なことだと再度忠告する私に、今まで脱力していたハンクが「あー…まぁ、お前がよければ別にいいんだがな。家にきても」と呟いた。それを聞いたコナーは「ほら、言ったでしょう?ハンクはあなたを歓迎してくれると」となぜか得意げな顔をしている。それを放置してハンクに本当にいいのかと聞けば「俺は何もしてやらねぇからな。全部自分でやるんだぞ」とぶっきらぼうに言われ、思わずハンクに抱き着く。
故郷の父親とは外見も性格も違うが、実は父親のように思っていたハンクと大きくて優しいスモウと好きで好きでたまらないコナーと共に暮らすことができるのが、とんでもなく嬉しい。



ハンクの家にコナー共々住んでもいいと許可をもらった日からもう数か月は経つのだが、引っ越しの準備がなかなか進まずまだハンク達と一緒に暮らすことはできていない。一足先にハンクの家で暮らし始めたコナーには「いつこちらで生活できますか?スモウも待っていますよ。もちろん僕も」と催促されているが、ハンクは「ま、お前のペースでいいからな。無理すんなよ」と言ってくれているので自分のペースで服などを箱に詰めている。
そんないつにもましてほのぼのとしたアンダーソンチームにいつもなら執拗に絡んでくるギャビンは、この前から配属された新型のアンドロイドでありコナーの弟分みたいなものでもあるRK900と行動を共にするようになったため、一言二言話すことはあれど絡んでくることはなくなった。
RK900はRK800のコナーよりあとに作られたアンドロイドで、コナーにはない機能があり、身体能力もコナーより高いらしい。まだ変異体になっていないので口数は少ないが現場においてその力を思う存分発揮しているので重宝されているとのこと。だけどコナーいわく「あれは変異体ではないから口数が少ないわけではなくて、単に彼が無口なだけでしょうね。それかギャビンが話すなと命令しているかのどちらかだと」らしい。そういう性格なのであれば別にいいが、もしギャビンがしゃべらないように命令したのであれば、いくらアンドロイドが嫌いにもかかわらずアンドロイドとバディを組まされて気が立っているからといってそれはよくないことだし900がかわいそうだ。誰もそのことについてギャビンに注意する気もないようだから、ここは私が一肌脱がないと。

「何か用でも?」

デスクで調べものをしているときにおそらく現場から戻ってきたであろうギャビンと900がブレイクルームに直行するのを目撃し、これはチャンスだと思い手早く調べものを済ませてブレイクルームに行くも、そこにはテーブルに突っ伏して眠るギャビンとその傍らに佇んでいる900がいた。本当は寝るつもりなどなかったのだろう。テーブルの片隅にはまだ温かいコーヒーが置いてある。
豪快にいびきをかくギャビンを起こすのを躊躇していると、手を後ろに組んで静かに立っていた900に話しかけられて驚く。何度か話しているところを見たことはあるが、こうして話しかけられたことはなかったからだ。
驚いてなかなか返答できない私を無言のまま見つめる900にコナーの面影を感じ思わず見つめ返してしまう。当たり前だけどコナーによく似ている。
900が何も言わないのをいいことに彼に近づき、改めて彼の顔を見るとコナーよりもきつい顔をしていることに気付いた。それに体格もコナーよりいいし背も大きい。服だってコナーのとは色違いのようでそれだけではない、ような気がする。
似ているようでやはり違うのだとしみじみ思っていると、突然背後から掴みかかられ、声をあげる暇もなくその状態のまま後方に引きずられる。一体誰が何のためにこのようなことをしているのかを確かめようと必死に身をよじるも、腹辺りに回された腕はびくともしない。それは手を使いどうにかしようとしても同じで、私はそのよく見たら見覚えのある腕の持ち主により使われていない部屋へと連れ込まれることとなった。

「…RK900と何をしていた?」

見覚えのある裾の持ち主であるコナーは険しい顔で私を壁際に追い詰め、900と何をしていたのかと聞く。別にやましいことをしていたわけではないので素直に900の顔を見ていたと話すと「好みの顔だったとか?」とますます険しい顔をして言葉選びに失敗したと思うももう後の祭りだ。壁に私を押し付け「この顔なら誰でもいいのか」と睨む彼にそれは違うと弁解しても「言い訳はいい」と言って聞こうとしない。
必死にコナーと900は似ているけれど同じではないと、もし外見が同じだったとしても私が好きなのはコナーであって900ではないと、そう叫ぶようにコナーに伝えるが「言い訳は聞きたくないと言っているだろう!」と噛みつくように口を塞がれ何も話せなくなる。
執拗に口内を刺激され息も絶え絶えどころか立っていることすらできない私を支え「…君は僕のものだ。RK900のものでもギャビンのものでもない。この僕のものだ」と首に食らいつくコナーに謝りたくても口から出てくるのは言葉にならない声だけ。

もう誤解されるようなことをするのはやめよう。彼が不安に思うようなことをするのはやめよう。そう思いながらLEDを赤く点滅させる彼を受け入れた。


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