田舎娘はアンドロイドの夢をみる7

目蓋をあげると同時に襲う頭痛と吐き気から逃れようと身をよじるも、そのようなことをしても逃れられるはずもなく頭はガンガンと痛いし吐き気もそれなりにすごい。一体なぜこのような苦しみをあじあわなければならないのかとこの世のすべてを呪っているところに「おはようございます。早いですね」と声をかけられ緊張感が走る。なぜひとり暮らしである私の部屋に私以外の誰かがいるのか。強盗か、それとも…。
頭痛吐き気だるさでガタガタな身体に鞭を打ち、この暗闇の中仰向けという無防備な体勢をどうにかしようと身体を反転させようとした。そう、させようとしたのだ。しかし予想に反してベッドの幅が狭くそのまま転がるように落下し、身体を打ち付ける。ただでさえ弱っているのに自分で自分に追い打ちをかけてしまった。これはもうダメかもしれない。
痛みに呻くことしかできない私の名を先ほど聞いた声の主が大声で呼びながら乱暴に抱き起こし「大丈夫ですか!?」と無駄に揺さぶり、もういっそのこと楽にしてくれとまで思ったところでやっと気付くことができた。この声の主はコナーであると。

「あぁ、よかった。無事ですね」

くるくると赤い光が徐々に青くなっていく。コナーは安心したようだが私はこれっぽっちも安心していない。昨日はやけくそになってギャビンに付き合ってもらったはず。それなのになぜ…と考えたところで頭にもやがかかり何も思い出せない。ギャビンと飲んでいる途中からの記憶がない。私はどうやってあの店を出た?そしてどうやって家まで帰ってきた?嫌な汗がじわりと噴き出してくる。
コナーは急に辺りを見回す私に特に何も思うことがないらしく「自宅のベッドだと勘違いしたんでしょう?まったく、おっちょこちょいな人だ」と私を軽々と抱き上げ、コナーいわくベッドだと勘違いしているところにそのまま腰を掛ける。なぜお姫様抱っこと呼ばれるものをされたままなのか本来なら早急に聞くべきことではあるが、ここがどこだか確かめるほうが先決で「まぁ、そのおっちょこちょいなところも君の魅力のひとつだけどね」と頬に触れてくる彼に構っている暇はない。
だんだんと暗闇に慣れていく目が見せてくれるこの光景は自分の家とはまるで違いすっきりしていて、自分以外の誰かの家の一室であることがわかる。私の部屋はこんなにすっきりしてはいない。ではこの物があまりない部屋の持ち主は一体誰なのか。それはこの暗闇の中「まだ午前4時だ。起きるには早いけれど、どうする?もうひと眠りするかい?」とどこか甘さを含んだ声色で私に話しかけるコナーだと思われる。むしろ彼でなかったらなぜここにいるのかということになってしまうのでぜひとも彼の部屋であってほしい。
己の推理に基づきここはコナーの部屋だろうと彼に放つと「そうだけど?」とそれが何か?的な返しをくらい精神的にダメージを受ける。確かに私が忘れているだけで彼はなぜこのようなことになっているのかすべてわかっている。そんな人を前にして名推理をしてしまったとひそかに自画自賛していた己のなんと滑稽なことか。恥ずかしいにもほどがある。

「えっ、帰る?なぜ?」

無駄に自信満々だったことに対する恥ずかしさで穴があったら入りたいのと、コナーが私の知らない私のことを知っているということに気付き自分が彼に対して一体何をしたのかを聞くのが怖くなったのとで、まだ夜が明けていない時間にもかかわらず自宅に帰ることを告げる私に、彼は心底不思議そうな声を出している。確かに治安もいいとは言えないこのデトロイトだ。帰るにしても夜が明けてからのほうがいい。しかし恥ずかしいのだ。先ほどの迷推理もそうだが、彼に横抱きされた状態で頬や唇を触られるのが。そして怖いのだ。なぜこのようにまるで恋人同士のような距離感になったのかを知るのが。
昨日の酒のせいで変なことを口走っていたらどうしよう。いや、むしろ口走ったからこんなことになっているのではないか。例えば恋人らしく振舞ってほしいとか、恋人になってほしいとか、恋人になってくれなきゃ死ぬとか。昨日は例の彼女とコナーがどこかに行った瞬間を見てしまったせいでくさくさしていたから、恋人になってくれなきゃ死ぬくらい言ってそうでもう本当に一刻も早くこの場をさりたい。けれどもその前に酒のせいで出たとち狂った言葉を訂正しないといけないわけで…。
訂正は後日にして今はとにかく帰宅するのを優先するか、恥を忍んで自分が彼に何を言ったのかを聞きそれを訂正するか。どちらがいいか考えると同時に頭痛や吐き気、身体のだるさ、つまり二日酔いの症状なのだが、それを身体が思い出したかのように訴えてきて何も考えられなくなる。これはもう早いとこ薬と水分を取って横にならないと仕事に支障をきたすパターンだ。
恋人であるかのように演出するためだと思われるが、私の名前を何度も優しく呼ぶコナーに二日酔いで具合が悪いから帰らせてほしいと懇願すると、彼は「あぁ、それなら頭痛薬と吐き気止めとスポーツドリンクを用意しておいたよ。今持ってくるから待っていて」と私を自分が座っていたところに下ろし、それらを取りに行きつつ電気をつけた。暗闇に慣れた目に明るい光は毒でしかなく、目の奥がキーンと痛くなると同時に脳までも同じように痛みだす。痛みが増してぐったりしている私を戻ってきたコナーが「大丈夫か!?」と寝起きのときにも聞いたような言葉を発しながら駆けつけ「これ、早く、飲んで!」と慌てているのか片言で私に薬と飲み物を渡してきた。それにつられて慌てて薬をスポーツドリンクで流し込むと「しばらくそこで横になるといい。帰るのはそれからでいいと思うな」と今座っている場所、ソファーに横になることを薦めてくる。一刻も早く帰りたいのは確かだが、彼の言う通りしばらくここで休んでいくのも悪くはない。彼の言葉に甘え、少しだけソファーに横になることにした。
「…おやすみ、僕の分まで良い夢を」とふんわりと優しい声と額に当たる柔らかくも冷たい感触と共に夢の世界へと沈んでいく。


結局のところ少しだけ横になる予定だったのに気付けば「おはよう。朝だよ」というコナーの声で起床し、寝起きでぼんやりする私をテーブルのあるところまで抱え、椅子に下ろしたところで「お腹空いたろう?ベーグルとコーヒーがあるよ」と差し出され、ぼやっと食べ終われば「歯を磨かないと虫歯になってしまうよ。それとまだ寝ぼけているようだから顔も洗ってくるといい」と手渡された歯ブラシと洗顔料とタオルでそれぞれを終わらせるところまで終わっており、彼の用意周到さと自分のぼんやりさに二度驚いた。
私がぼやぼやしているうちに用意してくれたものは皆、彼には必要のないもの。ということは私のためにわざわざ用意してくれたということになる。急いで礼を言うと「僕がしたくてしたことだから」と実に謙虚な言葉が返ってきた。これはきっと日本でいうところの良妻賢母だ。子はいないから母ではないけれど私という夫に対して甲斐甲斐しく世話をする良い妻だ。私は彼に恋人になるよう強制した挙句妻になることも強制したのだろうか。もしそうだとしたらいくらむしゃくしゃしたとはいえしてはいけないことをしてしまった。早く訂正しないと。
「まだアセトアルデヒドが残っているけれど大丈夫かい?」と私の身体をスキャンしただろうコナーに良妻賢母になどならなくてもいい。私は夫ではないしあなたも妻ではなくもしなるとしたら夫だ。と昨日言ったであろうくだらない戯言を訂正すると、しばらくその意味を考えていた彼が「そう、だね。いつかは僕も…」と口の端をむずむずとさせていて言葉のチョイスを間違えたことを痛感する。違う。私はいつか夫婦になろうね、ということを言いたかったわけではない。ただ妻のようにふるまわなくていいと言いたかっただけだ。それなのになぜこうなった。
違う違うと必死に訂正する私をよそに「あぁ、もう時間だ。そろそろ行こうか」と私の背を押し部屋から出るよう促す彼を睨むと「ん?」と首を傾げてから「あぁ、そういうことか」と顔を近づけてきて、いや、一体どういうことなのか。彼のことがあまりにもわからないせいで再び痛み出した頭を抱え、出口であろうドアを目指す。背後から「えっ?」という声が聞こえてきたがそれは聞かなかったことにした。…あとで謝ろう。

コナーの部屋はデトロイト市警の中にあるのですぐに職場まで行けることに対して羨ましく思いながら足早にデスクを目指していると「へぇ、朝っぱらから見せつけてくれるじゃねぇの」とにやにやといやらしく笑うギャビンと遭遇した。記憶をなくしたあとの出来事を唯一知っているであろう人物の登場にサムズダウンをするのも忘れて近づくと「で、ついてたのか?」とひそやかに聞く彼に知らないと短く答えつつ彼をどこか、あまり人がいないところへ連れて行こうと腕を掴んだところでその腕を掴まれ身動きできなくなる。ちなみに私の腕を掴んでいるのはギャビンではない。彼は私に腕を掴まれているにもかかわらず私の背後を見て固まっている。きっと私の腕を掴む者のことを見ているのだろう。ギャビンのやっちまった!とでもいうような顔を見て私もやってしまった!と固まっていると「さぁ、その手を離して」と低く硬い声が聞こえてきた。素直に離すと「よし、いいこだ」と頭を撫でられる。なぜだ。私は子どもではない。
子ども扱いをされたことによりやらかしたという思いは消え失せ、今度は怒りがわいてきた。なぜギャビンの腕を掴んだだけでこのように威圧されなければならないのだ。怒りのまま振り向きコナーに一言申そうと口を開けるも今までに見たこともない形相でギャビンを睨んでいる彼に言葉をなくし、そっと口を閉じる。確かに毎回嫌味やらなんやらを言ってくるギャビンに怒りもわくだろう。しかし今日はまだコナーに対しては言っていない。それなのになぜこんなにもこめかみを赤く染めながら怒っているのだろう。
別にコナーが怒ることはないはずだと問えば「ギャビンの存在自体、怒りの塊です」と答えられ、確かに怒りしか生まないようなことしか言わないがそこまで怒らなくてもと宥めれば「あなたがギャビンから離れれば怒りません」と返され、ギャビンとは話があるからそれはできないと言えば「ではここで話してください」と言われ、それはできないと返せば「なぜ?何かやましいことでも?」と問われもう出せる言葉がない。このやりとりを空気を読んで静かに見ていたギャビンがぼそりと「めんどくせぇ男…」と呟いたが、ああ言えばこう言うというようなやりとりをするような人ではないコナーがなぜこのような彼女が他の男と話しているのが気に食わない彼氏のように…と、ここまで考えてハッとした。彼はまだ私の恋人を演じているのだ。酔った私に言われたであろう恋人として振舞ってほしいというようなことを忠実に遂行しているだけなのだ。
やはりすぐにでも訂正すべきだった。体調などを理由に先延ばしにすべきではなかった。

「おい、ラブコメは後にしろ。現場行くぞ」

私のせいでしなくてもいいことをさせられているコナーに、もう私が懇願したであろうすべてのことをしなくていい。今まで変なことをさせてしまい申し訳ない。と言おうとしたのだが、ジェフリーファウラー警察署長に命令され私やコナーを呼びに来ただろうハンクによりこの話題は一時中断することになる。
「…おい、まさかそのラブコメに俺は入ってねぇよな?」「傍から見ればお前とコナーが彼女をめぐってひと悶着起こしてるように見えたぞ」「ハァ?!」とわちゃわちゃしているハンクとギャビンをしり目に、手を私の腕から手に滑らせるように移動させそっと優しく一握りするコナーに罪悪感が芽生える。早く訂正していつもの彼に戻ってもらわなければ。

しかし捜査は難航し、やっとのことで犯人を逮捕し無事すべてが終わったのは2か月後だった。そのあいだはあまりにも忙しくてろくに家に帰れない日が続き、肉体的にも精神的にも余裕のない状態だった。だからというのもおかしな話なのだが、そんなときに自分が好意を寄せている相手が自分にだけ優しくしてくれるのその行為を己の手でとめようという気にはなれなかった。つまり、あのときのまま彼には恋人として振舞ってもらっているということだ。
もちろん酒で酔っていたとはいえ、後輩思いな先輩に無茶なお願いをした挙句それをもう何か月ものあいだ続けてくれる優しい彼に対して罪悪感はある。それはもう毎晩特に信じてもいない神に懺悔するくらいに。けれどダメなのだ。彼が私にだけ聞かせてくれる甘い声色を、私にだけ触れるその優しくも焦らすような手付きを、私にだけ見せる蕩けるような笑みを感じる度に手放したくなくなってしまうのだ。この偽りの幸せを。


今日中に出さなければならない捜査報告書をハンクに押し付けられ、それを無心でやっていたらいつの間にか結構な時間になっていた。普段ならいつの時間でも何人かはいるはずなのだが偶然にも自分だけしかいない。きっと夜食を買いに行ったりなりなんなりで出払っているのだろう。すぐに戻ってくるはず。
署長のパソコンに出来た報告書を送り本日の業務は無事終了。明日の非番は何をしようか、と思い切り身体を伸ばしていると頬に冷たいものが当たり思わず声を出してしまう。それを一体いつきたのか、ホイップがたっぷり乗ったとても甘そうな飲み物を持ったコナーがにんまりと笑って見ていた。今の冷たい感触はきっとその飲み物だろう。頬を膨らませるといたずらが成功した子どものような顔をした彼がウインクと共に飲み物を差し出す。
「もう終わりましたか?」とデスクに座るコナーに頷き、彼からもらった飲み物を飲むとガツンとくる甘さが口の中に広がる。五臓六腑に染み渡る甘さを堪能しつつ彼の表情も出会った頃に比べてだいぶ豊かになったとぼんやり思っていると「他には誰も?」と若干そわつくコナー。その問いに先ほどと同じく頷きつつ気付いたら誰もいなかったことを言うと彼は「そうですか」とそわそわし始めた。
恋人らしい振舞いは誰もいないところで、とはっきり言ったわけではないが、あのギャビンとのひと騒動のあとも誰かがいる前で距離をつめてくることが多々あり、その度に距離をとっていたら人前でそういう振舞いをすることはなくなった。その代わり周りに誰もいないとわかるとこうしてそわそわしだし、我慢できないとばかりに私に触れてくる。周りに誰もいないことがほとんどないうえに仕事が終わったあとや非番の日にふたりでどこかに行くこともしていないので、この数か月で彼に触れられた回数は片手で足りるくらいだが、それでも彼に触れられると心が躍り幸せな気持ちになることができた。…彼のほうはそうは思っていないだろうが。

「やっと、君に触れることができた」

ほの暗い感情を腹の中にしまい込もうと甘い飲み物を勢いよく飲み込む私の頬をコナーは身体を屈めながら近づき、まるで腫れ物に触るようにそっと触れる。その手に頬を擦り寄せると感極まったように私の名前を呼ぶコナー。そういえば彼に触られるときはいつも受け身で今みたいに自分から何かをすることなかった。もしかしてそれで感動している…?
まさか。そんなことはないだろうと淡い期待を打ち消していると指で唇をなぞる感触で意識を彼に向けさせられ、何事かとそちらに顔を向けると彼がゆっくりと目を閉じながら顔を近づけてきた。これは、キスだ。キスをしようとしている。
すんでのところでコナーの唇を手で覆い、突然のことに目を見開く彼に明日どこかに行こうと誘う。LEDを黄色くしうろたえる彼はそれでも「あ、あぁ…君とならどこへでも」と了承してくれる。そんなコナーが、どんなときでも私のわがままを聞いてくれる優しいコナーが好きだ。本当は今のキスも受け入れてしまいたかったくらいに、彼のことが。

明日、彼を解放しよう。だから最後に幸せな夢を見させて。


[ 7/18 ]

[*prev] [next#]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -