田舎娘はアンドロイドの夢をみる6

病院や自宅でしばらくのあいだ静養し、やっと本来の職場であるデトロイト市警に出勤できるとあり朝から浮かれていた私は、デトロイト市警についてハンクやコナーなど職場の皆とあいさつを交わしたあとも浮かれていた。潜入捜査前は毎日が非番ならいいのになどと思っていたのに。自分のあまりの手のひら返しに苦笑するしかないが、とにかく警察官として堂々と行動できるこの職場がいまだに気分が高揚しているくらい好きなのだ。

まだ病み上がりということでハンクが潜入捜査時に溜めたままにしておいた書類を文句も言わずせっせと消化していると、珍しい人物が私のデスクにやってきた。ギャビンだ。
あの件以来ギャビンには会う度拳を握り親指だけを出して下を向けるサムズダウンを行っては逃げるというまるで子どもみたいなことをして鬱憤を晴らしていたのだけれど、まさか本調子ではない今を狙って報復しにきたのかと身構えると「やる」と何かが入った紙袋を差し出してきた。きっとこの中に私の嫌がる何かが入っているのだと思い首を横に振れば、ギャビンは舌打ちをしながら「いいから受け取れ!」と強引にその紙袋を押し付けてくる。本当はすごく、ものすごく受け取りたくはないのだが、このままでは埒が明かないので仕方なく受け取ると顎をあげ中を見ろと催促してくるので、これまた仕方なく中を見るとおいしそうなマフィンが何種類か入っていて思わずギャビンを凝視してしまう。

「…ま、お前にしちゃ上出来だったんじゃねぇの?俺ならそんなヘマしねぇけど」

そう言って踵を返すギャビンをしばらくのあいだ見つめてしまう私につっこむ者も声をかける者もいない。そう、今はハンクもコナーもいないのだ。
このマフィンと先ほどの言葉の関連性がわからず首を傾げるもマフィンに罪はないので紙袋からひとつ、チョコチップが入ったものを選び口に運ぶ。ふわっと広がる生地の甘さとチョコチップの猛烈な甘さが混ざり合いとてもおいしい。
私のいない一か月強のあいだに性格が変わるほどの何かがあったのかとギャビンを心配しつつマフィンを食べているときにふと思ったのだが、先ほどの言葉は潜入捜査の結果に対しての評価だったのではないか。そしてこのマフィンはその評価に対する褒美なのではないか。アンドロイドが絡まない彼はそこまで嫌な人間ではないのかもしれない。むしろ、こんなに甘くておいしいマフィンをくれる彼は割といい人なのかもしれない。えげつないほどカラフルなマフィンを食べながらそう思った。



そういえば私がいないときに女性型アンドロイドがデトロイト市警に配属されてきたらしい。ハンクではなく他の人の下についているため、あいさつを交わす程度で話したことはないが姿は毎日のように見る。彼女もコナー同様変異体で自ら警察官になりたいと志願しここに配属されたのだという。彼女とよく話すらしいコナーがそう言っていた。その話を聞きなぜコナーとはよく話すのだろうと思ったが、同じ変異体として人間には話しづらいことなどを話したりアンドロイドならではの何かを話しているのかもしれないと思いその疑問を口に出すことはしなかった。誰だって自分と同じ要素を持つ者とは気軽に話せる。
と、彼女のことをよく知らないときは思っていたのだけれど、それから数か月が経ちコナーとの日課であるコーヒータイムになぜか彼女が加わるようになってから同じ変異体だから彼とよく話しているわけではないとわかった。彼女はコナーに恋をしている。その証拠に他の人とはそうでもないが彼とはよく話しているし、捜査などから戻ると必ず彼を探して見つけ次第時間の許すまで話している。それに彼と共にいるときに視線を感じるのだ。彼女の私をあまり快く思っていないであろう視線を。
確かにコナーはどこをどう見ても格好がいいし、それなのに時折見せる素の表情や行動はかわいいし、性格も真面目時々天然で癒されるし、けれども職務中の真剣な様子は尊敬できるし、体調などを心配してくれる優しさを持っているし、彼を好きになる気持ちはわかる。それはもう痛いほどに。でも、だからといって私に敵意をむき出しにするのはどうなのか。こちらだってブレイクルームでの彼との時間を邪魔されて腹が立つこともあるけれど、それを表には出さないよう努力している。自分ひとりが嫌な思いをしているわけではないことを理解してほしい。
…まぁ、そう思ったところでただ彼にうじうじと片想いをしているだけの私に、積極的に彼のハートを射止めようとしている彼女へ口を出す権利はないのだけれど。

「…どうしました?」

今日は珍しく彼女がいないコーヒータイムで内心浮かれながらコナーと話していたのも束の間、彼が先日彼女とブルーブラッドバーというアンドロイド専門のバーに行ったことが判明したことにより気分が沈んでしまった。あまりの落ち込みように彼も「どこか痛いところでも?それともお腹が空きましたか?ドーナツ食べます?」と心配してくれているが、その気遣いを受け取る気力もないため力なく首を横に振る。
ブルーブラッドバーというのは文字通りブルーブラッドをカクテルなどに見立てて出している店で、良質で上質なブルーブラッドからリーズナブルで親しみやすいブルーブラッドまで選べる数少ないアンドロイドのための娯楽店だ。このあいだそういう店があるとコナーやハンクと盛り上がり「機会があれば行ってみたいですね。ですが、そのバーにはあなた達とは行くことができないので、その機会はなかなか訪れないでしょうけどね」とウインクをするコナーに、ハンクとふたりで嬉しさを噛みしめたことを思い出す。彼も別に行かないとは言っていないし、こちらも今さら行くなとは言わない。私にそう言う資格はない。けれど本当は行ってほしくなかった。人間である私には入ることができないところへ、同じアンドロイドである彼女とふたりで行ってほしくなかった。
彼のほうから誘ったのか、それとも彼女のほうからか。まだ私の心配をしてくれているのか額に手を当てたり、顔を近づけて覗き込んだり、私をスキャンしてどこが悪いのか調べている彼には悪いが、今はそのことしか考えられない。けど、どちらにしろふたりがバーに行ったことは事実であるのでどちらが誘ったのかを考える意味はないのかもしれない。
このまま落ち込んでいたら彼に迷惑がかかる。しかし私より先に彼女とふたりで出かけたその事実がつらい。なぜ私ではダメだったのか。彼女のほうがよかったのか。と、ぐるぐる考えているときにタイミングがいいのか悪いのか、例の彼女がやってきた。そしてこちらへのあいさつもそこそこに彼に向かってそのバーのことを話し始めた。彼は私を気にしながらも彼女の言葉に答えていく。
こうして傍から見るとスラリとしていて美しい彼女と程よくガタイがよくてかっこいい彼はお似合いだ。きっと他の人もそう思っているだろう、容姿も成績も一流のふたりはお似合いだと。これが容姿も成績も並な私ではそうは思われない。
…あぁ、そうか。もう彼女が彼を好きになった時点で自分に勝ち目はなかったのだ。見た目も、銃の腕も、体力も、すべてが勝っている彼女には。


結局あのあとそっとデスクに戻り「あー…何だ。まぁ、がんばれ」と不器用に私を慰めるハンクに対して自分の恋心がバレていたことを知り無事撃沈したわけだが、時間が経つにつれて、傍から見たらお似合いだから何だというのだ。私だってコナーのことが好きだ。その気持ちに嘘偽りはない。だから闘ってやる、徹底的に。と怒りが芽生え、こちらに戻ってきた彼にもしよければ仕事後どこかにいかないかと勇気を出して誘うも「すみません…今日はちょっと」と曖昧に断られ、今に至る。
あれから数時間経ち、もうすることはないため自宅に帰宅してもいいのだが、コナーと彼女が仲睦まじくここを出ていくのを目撃してしまったせいで帰る気が失せてしまった。今はブレイクルームで理由もなくぼんやりしている。
先約がいるのは仕方がない。誰だって誰かと約束する。けれど彼女との約束があるから断られたという事実がつらい。別に彼が私より彼女を選んだわけではないとわかっていても胸が張り裂けそうなほど痛くて苦しい。本気で恋をするというのはこんなにも苦しいことなのか。
怒りが悲しみに変わり、やはり自分より彼女のほうが彼には合っているのではないか。彼も憎からず思っているからこそ忙しいときに話しかけられても、しかも彼女との距離が近くても嫌な顔ひとつせずに彼女と話していたのではないか。同じ変異体のアンドロイドのほうがお互いのことをわかりあえるからそちらのほうがいいのか。ついに私への好意が興味によるものだと気付き、本当の恋を知ったのか。と考えるようになった。私と彼女ではいろんな意味で能力が違いすぎる。やはり無理だ。敵うはずがない。
テーブルに突っ伏して自分が平凡であることを呪っていると「おっ、ついにあのポンコツプラスチックに愛想つかされたか?」と聞きなれた嫌味が耳に入ってきた。その状態のまま利き手でサムズダウンをすると「ったく、たまにはファックサインでもやってみろよ。この弱虫女」と頭を小突いてくる。
ちなみにギャビンと私はあのマフィン後から互いにサムズダウンをしては逃げたり軽く小突いたりする仲である。

「あんなプラスチック野郎のどこがいいのかさっぱりわからねぇが好きならさっさとヤッちまえばいいだろ。って、あいつついてんのか?」

あまりにもひとりになりたくなくてギャビンに無理を言ってバーまでついてきてもらったのだが、彼にすらコナーに恋をしていることがバレていてこれはもう飲むしかない!といつもは頼まないような酒をがぶがぶ飲んではつまみをもりもりと食べている。そんな私をギャビンはおもしろいものを見るような目で見ているがこの際笑い飛ばしてくれたほうが嬉しい。だから笑ってくれ、愚かにもアンドロイドに恋をして相手も自分に同じような好意を持っていると勘違いした私を。
そんなことを思いつつ捜査専門のアンドロイドだからおそらくついていないとギャビンに話すと「マジか!じゃあヤれねぇじゃん!残念!」と憎たらしいほどおもしろそうにぎゃははと笑っている。サムズダウンしつつ別にそういうことをしなくても自分は大丈夫だしコナーだって元からついていないから大丈夫だと反論すると「つーか、そもそも付き合ってねぇから関係ねぇじゃん」と現実を突きつけてくる。違う、そうではない。笑ってくれと思いはしたが現実を突きつけてくれとは言っていない。ギャビンにそれは求めていない。
せっかく酒を飲んで現実逃避をしているのに現実を思い出させないでほしい。思い出させた詫びとして朝まで私に付き合ってもらう、と脇腹を軽く小突くと「うっわ…めんどくせぇ酔い方すんのな、お前」と心底めんどくさそうに言い「ほら、次行くぞ次」と残りの酒を急いで飲み干させ、もうすでに千鳥足な私を引きずるようにしてバーを出た。そこまで飲んだつもりはないのにあちらこちらにふらふらと歩く私にいろいろと思うところがあったのか、バーを出てから離された手が再び腕を掴んだ。そしてふわふわと歩く私を支えながら次の目的地へと歩き出す。思った以上に酔っていて申し訳ないと思いつつ、このまま彼といれば気が紛れるとふにゃふにゃ思っていると「…本当にめんどくせぇ女」と呟かれ即号泣。めんどくせぇ女で大変申し訳ない。
わあわあと泣く私に怯んだのか「ち、ちげぇって!そういうめんどくせぇじゃねぇって!」と弁解するギャビンにそれならどういうめんどくせぇなんだと聞くと「ほら、男の趣味とか。プラスチック相手じゃなくて他のやつ好きになればこんなことにはならなかったんじゃねぇかって」と答えてくれた。確かに…とギャビンを見る私と「例えば俺とかな」とキメ顔で言葉を続けるギャビン。コナーのほうがいいと再度泣き出す私を「そうかよ!クソ!」と乱暴に引きずる彼と共に夜道を歩いていく。

イライラとしたギャビンに連れてこられたのは職場であるデトロイト市警だった。
実は私よりも酔っているのかと心配すると「誰がてめぇより酔ってるって?」と頬をつねられまた涙が出る。「お前ホント酒癖悪いのな…」と呆れながらもデトロイト市警の中まで私を引きずり、とある部屋の前でとまった。ここで飲みなおすのか聞くと「見てりゃわかる」と言いドアを蹴り「プラスチック刑事さーん、お届け物でーす」と騒ぎだした。そしてプラスチック刑事…?となっているあいだにドアが開き、迷惑そうな顔を隠しもしないコナーが姿を現した。あぁ、ここはコナーの部屋だったのか。
ギャビンの隣にいる私に驚いたのか「こんな真夜中に何の…えっ!?」と固まるコナーにギャビンは「ほらよ」といまだによろよろな私を投げつけた。支えをなくして崩れ落ちそうになる私を難なくキャッチするコナーと「じゃあな、ポンコツ刑事ども」とその場をあとにするギャビン。朝まで付き合ってくれる約束は…?と呟く私に「…とりあえず、中にはいりましょう」と言うコナーのLEDは赤い。

ふらつく私を支えるコナーは部屋の中にあるシンプルだけど座り心地が良さそうなソファーに私を座らせ、隣に腰を掛けた。初めて入る彼の部屋は最低限の物しかなくあまり生活感を感じない。しかしいつも着ているスーツが壁にかかっていたり、部屋着がTシャツにスウェットだったり、ハンクに借りたと思われる紙の本が置いてあったりと所々ここで暮らしていることがわかって何だか安心する。間違いなくここはコナーの部屋だ。
辺りを見回す私に「…なぜこんな時間までギャビンと?」と聞く彼の表情は硬い。しかしなぜそのような表情なのか酒のせいでぼんやりした頭では考えられないため、LEDがまだ赤い彼に、とにかくひとりになりたくなくてギャビンに付き合ってもらっていたことを話した。すると「一体何を考えているんだ!男にはついていくなとハンクも言っていただろう!」と怒鳴られ混乱する。確かに以前、人のことを「警戒心のかけらもねぇ顔してるよなぁ」と言うハンクが「ま、とにかく知らねぇ男にだけはついていくんじゃねぇぞ」「お前みたいなポヤポヤしたやつなんかすぐ食われちまう」と妙な警告をされたことがある。けれどもそれとこれとは話が別だ。ギャビンは知らない男ではない。
ギャビンは知り合いだと、それについていったのではなくついてきてもらったのだとコナーの間違いを指摘すると「いくら知り合いだとしても男ということには変わりないだろう!それに自分から男を誘うほうがもっとよくない!しかも相手はあのギャビン!最悪だ!」とさらに怒鳴られ余計混乱する。男というだけで共に出かけてはいけないのだろうか。それならコナーやハンクと飲みに行くことも…?
わからないことだらけでぐるぐるする頭と、同じくぐるぐるしている彼の真っ赤なLED。彼はまだ何かを大声で言っているが、それはきっと私の理解の範疇を超えるようなことなのだろう。まるで頭に入ってこない。だが、ぷんすかと怒る彼は相変わらず格好がいい。
どんな顔のコナーもかっこいいと改めて思った私は、彼の顔をもっと傍で見ようといまだに怒る彼にぴったりとくっつくよう座りなおした。すると今まで険しい顔をしていた彼が目を丸くして固まったので、なるほど、身体を密着させればもう怒られずに済むうえに丸々としたかわいい眼差しで私を見てくれるんだと固まっている彼に抱き着く。微かに聞こえる機械音に服によって緩和されているがひんやりと冷たい肌。自分とは作りの違う身体だけれどこうして触れていると安心できるのは一体なぜなのだろうか。
安心の理由が知りたくて身体を離しコナーを見るとそこにはホッとしたような、それでいて残念そうな彼がいて、彼のほうも私と触れると安心していたのかもしれないとぼんやりと思う。

「…こんなことをしても僕の怒りはおさまらないぞ」

再度コナーに抱き着き安心する理由を探っている私への言葉がまるで拗ねている子どものようで微笑ましい。しかも今まで私にされるがままだった彼のほうから「僕を好きだと、そう言ってくれなきゃおさまらない」とおずおずと抱きしめ返してきてくれて大変微笑ましい。
そんなコナーにありったけの想いを込めて彼への気持ちを伝えると「…ギャビンよりも?」と疑うのでそうだと答えれば「あの男とキスは?した?」と再び疑われ、ギャビンとはそういう関係ではないからしていないと答えれば「じゃあ今、僕にキスをしてくれ。僕のほうが好きならできるはずだ」と言われさすがに首を傾げる。なぜギャビンよりもコナーのほうが好きだったらキスくらいできるということになるのか。
疑問に思ったことを口にすると「…僕よりギャビンのほうがいいんだ」と沈んだ声を出すコナーに、どう考えてもギャビンより好きだからといってキスくらいできるという答えにはならないけれども大好きなコナーがしょんぼりとしているからキスくらいはできるということにしておいたほうがいいのだろうと、アルコールが回った頭で思う。
そんなわけで一度コナーから身体を離し、なぜそんなことを?と首を傾げる彼の頬に唇を寄せると「…違う」と低い声で呟かれ、顔を両手で挟まれそのまま勢いよく唇を重ねられた。ぐいぐいと力任せに押し付けられるそれに戸惑い彼の胸を押すもビクともせず、あまりにも唇や鼻をこすり合わせるものだから息苦しくなり口を開いたところで差し込まれた舌が口内で暴れまわっているからもう何が何だかわからない。

そういえば彼女と仲良く退社したことがつらくて酒を飲んだのに、なぜ彼とこんなことになっているんだろう。
もう、よくわからない。


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