田舎娘はアンドロイドの夢をみる5

コナーの気持ちが今後どうなるにせよ自分は彼への想いを貫き通そうと決意してからというもの、以前のように彼に好意を向けられ胸が苦しくなることも悲しくなることもなくなった。むしろ幸せに思うことが多くなり充実した毎日を送ることができている。自分の意識ひとつでここまで生きやすくなるとは正直思っていなかったが、生きやすいに越したことはないのでこれからもいろいろとポジティブに考えていこうと思う。


というわけで、違法薬物であるレッドアイスを裏で取り扱っているとの噂のあるピアノバーにアルバイトというかたちで潜入してからもう数週間が経つ。
ピアノバーというのは日本でいうところのキャバクラであり、主にこちらに留学している日本人学生が生活費などを稼ぐために在籍しているが、副業として利用している成人女性や男性など多種多様な人間やアンドロイドが在籍している。昔は人間オンリーの店が多かったみたいだが、アンドロイドの自由・平等デモ後は人間だけのピアノバーはなくなり、そこで働きたいと自ら望むアンドロイドを受け入れている。
ピアノバーといっても店ごとにサービス内容は様々で、ありのままの従業員と気軽に酒を飲み話をするだけの店もあれば、露出の多い格好の従業員が客に身体を密着させたり自ら触らせたりする店もある。今私が潜入している店はわりと露出が多いドレスで客を酒や会話で楽しませることを主としている店なので他の過激なピアノバーよりはマシだろう。時折足や腰などに触れてくる客がいるため何とも言えないが。
ちなみにこの件を任されたのは私だけではなく、ハンクやコナーもそうだ。彼等は別件の事件を捜査しながら外からこのピアノバーにレッドアイスを流している大本を探っている。そして私は内部からレッドアイスを売買している人物を洗い出している。

ピアノバーでは日本人である両親の遺伝子と家では日本語を主としていたおかげで同じ日本人の学生とはすぐに打ち明けることができたし、他の成人女性や男性とも多少時間はかかったが打ち解けることに成功し、レッドアイスについての情報を集めるにはいい土壌が早い段階でそろっていた。なのになぜこうして数週間ものあいだ決定的な情報を掴むことができないのか。焦りばかりが募る。
さすがに慣れたとはいえ昼夜逆転の生活に加え客を楽しませるために過剰に着飾り時には大量の酒を飲まなければならず心身共に弱ってきているため、できればすぐにでも重要な情報をゲットして犯人を取り締まりたい。現に腹が減らないので食事の量が極端に減った。それにコナーやハンクと顔を合わせることができないことや、警察官としてのなけなしの誇りがこの仕事をしていてズタズタになっていくのも心を蝕む要因となっているのは確かだろう。私は身も知らぬ人間に身体を触られるために生まれてきたわけではない。
そんないろいろと限界な私に話しかけてきたのはこの店で一番売れている古株であるらしい女だった。その女は私の体調やメンタルを心配するふりをしてレッドアイスであろうものを渡してきた。これを吸えば沈んだ気分もよくなる、皆やっているから大丈夫だ、と。今回は金銭のやりとりはなかったけれど薬は依存性がある。きっとそれを見越してレッドアイスがないとダメな身体になったところで金のやりとりが発生するようにしようとしているのだろう。よくあることだ。
帰宅してすぐにでもベッドに入りたいのを我慢し、朝になるまでシャワーを浴びたりなどして待つ。そして迷惑のかからない時間になり次第ハンクに電話をして入手したレッドアイスだと思われるもののことを報告すると「よくやった。今夜そっち行くから見つかんねぇところに隠し持っとけよ」と返ってきた。ということはハンクが薬をとりにあの店にやってくる。電話で定期的に報告はしているが顔を合わせるのはあの店に潜入してから初めてだ。いつもは嫌な仕事もハンクに会えると思うとがんばれる。
普段はなかなか眠れないのに今日はベッドに入ってすぐに意識がとんだ。ああ、早くこの任務を終わらせてコナーに会いたい。彼と話がしたい。声が聞きたい。

「おう、ねぇちゃん。こいつこういうとこ初めてだから手取り足取り教えてやってくれねぇか?」

ゆっくり睡眠を取ることができたうえに食欲も出て久々にちゃんとした食事を摂取できて上機嫌な私を例の女はレッドアイスを使用したことにより気分がいいのだと勘違いして話しかけてきたのだが、そのほうがレッドアイスを購入するふりをする機会が増えその女から大本へのパイプができるかもしれないので使用した体で話しておいた。もっとほしいということもその会話にさりげなく混ぜながら。
そしてヘルプとして他の客を相手してるときにいつも通りの格好をしたハンクがラフな格好でLEDを帽子で隠したコナーと共にこの店にやってきた。まさかコナーまでくるとは思っていなかったので内心驚いたが彼のほうもなぜか、いや、きっといつもとはあまりにも違う格好について驚いていたので逆に冷静になることができ、ハンクに指名されて同じ席についても動揺することなく接することができたのでまぁ結果オーライである。
この店でのふたりの設定は同じ会社の先輩と後輩という間柄で女性慣れしていない後輩を先輩がここへと連れてきた、というようなかんじらしい。ハンクはいつもと変わらないが、コナーは見事に女性慣れしていない男性を演じている。それに倣い私も女性慣れしていない彼に手取り足取り接する役に徹し、彼の腕に自分の腕を絡めたときにレッドアイスかもしれないものをポケットに滑り込ませた。あとはこの薬をコナーが分析し、レッドアイスだと確定すれば証拠品として使うことができる。

「あの、よければこれ…僕のアドレスです」

時間になりふたりと別れなければいけないときがやってきた。かなり名残惜しいがふたりを見送ろうと立ち上がると同時にコナーが紙切れを私に渡す。周囲にはアドレスを渡しているように見えるだろうが、きっと捜査に関することが書いてあるはず。その紙切れをハンドバッグにしまい、代わりに取り出した名刺入れから名刺を出して引き続き薬の流れを探るということを書いて渡す。これも傍から見れば名刺にちょっとした一言を書いているように見えたはず。
名刺を受け取ったあとしばらくその名刺を見ていたコナーはハンクに促され店を出て行った。出ていく前に「また、会いにきます」と握られた手は前と変わらずひんやりしていて何だか安心してしまった。先ほどのようにいつもとは違うやりとりをしても彼は彼だと改めて感じることができたから。
それから淡々とこの店での業務をこなし家に帰ってすぐコナーにもらった紙切れを見ると、そこには整った字で“黒幕は外部の有名政治家。次いつ店にくるかわかり次第突入予定。無理はしないで”と書かれていた。情報だけ書いてくれるだけでいいのにわざわざ私を気遣う言葉まで書いてくれた彼のその気持ちがあまりにも嬉しくて声をあげて泣いてしまったのは彼には秘密にしておきたい。

コナーに渡した薬がレッドアイスだとハンクから電話をもらったあと薬を吸ってハイな体でもっと薬がほしいと例の女に言い続けたのが功を奏し、レッドアイスが店に持ち運ばれる日を聞き出すことに成功。しかも薬に狂っていていくらでも金を出しそうだと思われたのかこの女や店長と共に黒幕である某有名政治家に会うことを許された。レッドアイスが持ち運ばれる日と政治家がくる日が一緒であるため、レッドアイスを持ってくるのはその政治家ときっといるであろうボディーガード達だろう。何人体制で政治家を守るかはわからないが、コナー達が突入してきたときに素早く政治家の身柄を確保しなければいけない。ハンクに政治家がくる日を報告しながらも頭の中は当日のシュミレートでいっぱいだった。
そして当日。VIPルームに通されたのは某政治家とボディーガードがふたり。あまり大人数だと怪しまれるからボディーガードはふたりなんだろうが、見るからに屈強そうなボディーガードを正面から相手にしたら一瞬でやられるだろう。だからコナー達がこの部屋にくるまでのわずかなあいだ政治家を盾に時間を稼げばどうにかなるはず。むしろ政治家を人質にとれなければ私は殺されるだろう。だがまだ私は死ねない。いつかコナーに自分の気持ちを伝えるまでは。
一見穏やかに進んでいるかのように見えるやりとりもアタッシュケースに入っているレッドアイスですべてが台無しだ。しかし私以外はそうは思っていないようで店長も古株の女も政治家も朗らかに笑っているが、ボディーガードは無表情で私や店長、女を見張っている。まるで信用していないその目に、このままだと突入の合図を送ることができないと焦る。ボディーガードに隙ができるのを待つか、今すぐ合図を送りふたりのボディーガードの相手をするか。もたもたしているとタイミングを逃して政治家を逮捕することができない。店長や女に罪を擦り付けるのが難しい今でなければ、大本を叩けない。
これはもう、やるしかない。




「お、お前…!大丈夫か!?」

やけに重い目蓋をやっとのことで上げると、見知らぬ白い天井と起きた私に気付き大声を出すハンクが視界に入ってきた。そんなに大きな声を出して一体どうしたのか。そう聞こうとするもすかすかと弱弱しい声しか出ず「み、水!今水やるからな!」とハンクが慌てて吸い飲みで水を飲ませてくれた。水が食道から胃に移動する感覚がいつも以上にはっきりと伝わってきて気持ちが悪い。
いつまでもぼんやりとしている私をハンクは先ほどよりも心配しつつ「あー、身体は?どこが痛い?」「って、痛いとこばっかだよな。悪い」「けど打撲で済んでよかったな。下手したらお前、打ちどころ悪くて死んでたぞ」と私の身体の状態やらなんやらを教えてくれた。道理で水を飲むときに身体が痛んだわけだ。むき出しになっている所々変色した腕を見ながらそう思う。きっとこの調子だと胸や腹もやられているだろう。けれど、一体誰に?
いまだにぼんやりと自分の腕を見て首を傾げる私に「お前…もしかして何でこうなったか覚えてねぇのか?」「まぁ、頭殴られて倒れたってコナーも言ってたしな…。あぁ、検査じゃ脳震盪って言ってたけど運のいいことに後遺症はねぇってよ。よかったな」と私の頬を軽く突くハンクのその言葉のおかげでじわじわと記憶が蘇ってきた。
有名政治家と店長達のやりとりを見張るボディーガードの決定的瞬間を逃したくなくてボディーガードが警戒しているのにもかかわらず隠し持っていた小型端末でコナー達に合図を送り、私の行動を不審に思い銃を構えようとしたボディーガード達の手や肩を太ももに括り付けておいた銃で撃ちぬき無効化した。店長や女、政治家は悲鳴をあげ、隠し扉から外へ逃げようとしていた。それを大物だけでも阻止するべく政治家を押さえつけたところで負傷しているボディーガード達の捨て身の攻撃に沈んだ、のだろう。そこらへんの記憶はあやふやだ。
「ま、しばらくは安静にって医者も言ってたしゆっくり休め。…お疲れさん」というハンクの優しい声がじんわりと染み渡る。やっと終わったんだ、初めての潜入捜査が。

あのあと政治家はもちろんのことボディーガード達や店長、古株の女、それに古株の女からレッドアイスを買い使用していた従業員すべて無事連行することができたとハンクに教えてもらったところで目蓋がとろりと落ちてしまった。話の途中なのに申し訳ないと詫びようと開いた口は「おやすみ」と穏やかな声色によって口角をあげそれにこたえるかたちとなった。
それからどのくらい経ったのだろう。眠っている私の頬に何かが触れる。そのひんやりとした何かは控えめに頬を触り、ゆっくりと輪郭をなぞっていく。くすぐったいような、ゾクゾクするような、そんなよくわからない感覚に身体を震わせる度に離れていくものの、しばらくするとまた触れてくるそれは一体何だろう。目を開けばわかるのだろうけど、そうすることによって離れたまま戻ってきてくれなくなるかもしれないためできない。
寝起きのぼやっとした頭も徐々に覚醒していってはいるがまだ眠くてぼんやりしている。そんな私の頬や輪郭、唇に触れるひんやりした何かはいつの間にか熱を帯びていた。ああ、この感覚を私は知っている。愛おしくてふわふわと幸せな気持ちにさせてくれる、この感覚は…。
唇に今までとは違う冷たくも柔らかな何かを感じながら目を開くと、視界一面に広がるコナーの顔。やはりそうだ。今まで触れていたのは、私の熱が伝わる前から伝わったあとにかけてのコナーの手だったんだ。
…じゃあ、今の唇に感じた感触は?何…?

「…起こしてしまいましたね」

口調はいつも通りだけれどLEDは黄色く光っているコナーと、何の気なしにそのLEDを見つめる私。私の視線を気にしてまだ黄色いLEDを隠し曖昧に笑う彼はあからさまにLED以外の何かも隠しているが、きっと私には言いたくないことなのだと思うので特に追及はしない。言いたくなったときに言えばいいと思う。
「本当はハンクと共にあなたの傍にいたかったのですが、腕を交換していたためあなたが目を覚ます瞬間に立ち会うことができず…すみません」と謝罪する彼に腕のことを詳しく聞くと、VIPルームに突入した彼はおそらくボディーガードのひとりに頭を殴打され気を失った私を殺そうと最初に私によって落とされた銃を拾ったボディーガードともみ合いになり撃たれたのだと言う。腕の心配ともっとうまく事が運べるように配慮すべきだったと詫びると「腕は交換したのでもう平気ですよ、ほら」「むしろ僕がもっと早くあの部屋に突入していれば…」とまた謝罪されてしまった。コナーは悪くないのに。私がもっとスマートに事を運べれば、射撃や体術のスキルがあれば、そしたら彼が撃たれることはなかったのに。
頭どころか視界までぼんやりしだす始末でもうどうしようもない。溢れた涙を拭おうと腕を動かすとコナーの顔が歪み、いきなり泣く面倒な女だと思われてるんだとさらに涙が溢れてくる。せっかく事件が解決したのに、久しぶりにこうしてふたりで話すことができたのに申し訳ない。力不足で、ネガティブで、面倒で、本当に申し訳ない。
コナーの顔を見るのが怖くて手で顔を覆いめそめそと泣くのその手を彼が優しく、それでいて有無をいわせぬ動きで剥がしにかかる。嫌だ。こんなぐしゃぐしゃな顔、彼には見られたくない。また顔を顰められる。そんなの嫌だ。

「…本当は反対だった、君だけに潜入捜査をさせるのは。けれど君自身がハンクに頼み込んだことだし、僕にそれをとめる権利はない。だからせめて君が少しでも傷つかないようこの身を盾にして守ろうと思った。だけど、ダメだった。容疑者を確保することを優先してしまった。僕は、ダメだ。ダメなアンドロイドなんだ…」

顔を覆っていた手を退かしたコナーは握っている手を自分の手ごと枕元に縫い付け、ぼろぼろと大粒の涙を流し自分を責めていた。彼の涙が私の顔に降り注ぎ、私の涙と混じり合い伝っていく。涙はひとつに混じり合うことができるのに、私達は身体も思考もひとつになることができない。それはいいことなのか悪いことなのか。そんなことを思っているあいだにも「容疑者をハンクに任せていたら、君の痣もここまでひどくはならなかった。もしかしたら意識を失うこともなかったかもしれない。なのに、僕は…僕は…」と懺悔を続けるコナー。
彼の言うことが本当ならば、私は覚えていないけれど彼は私が気を失う前にあの部屋に突入していたことになる。そして容疑者を確保することを最優先に行動したと。しかし、それのどこに謝罪するところがあるのか。彼は警察官として正しいことをした。私に謝る必要などどこにもない。
いまだに縫い付けられた手をどうにかして引き抜くと、コナーの顔がより一層歪み涙の量が増した。彼にそんな顔をさせるために手を引き抜いたわけではないので慌てて彼の顔を両手で包むと、なぜ?とでも言うように目を丸くして驚いている。そのせいか量の減った涙を親指の腹で拭い、あなたがしたことは警察官としては当然のことなので自分を責める必要はない、私を守りたいと思ってくれただけで嬉しい、ありがとう、それに私をその状況で後回しにしたということは容疑者を逮捕するまで私は生存していると信じてくれたということだからやっぱり嬉しい、私のことを信じてくれてありがとう、と伝えた。すると堪えきれないとばかりに大量の涙を溢れさせ、私の手を、顔を濡らしていく。

その場に膝をつき、LEDを真っ赤にしながらしがみつくように泣くコナー。
彼の涙は確かに温かかった。


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