田舎娘はアンドロイドの夢をみる4

いきなりだが日々命をかけ街の安全を守っている警察官の給料はそれほど多くはない。両親の故郷である日本の警察官は例外らしいが、ここデトロイト市警の下っ端の給料はあまりよくはない。それにもかかわらず先日大量の洋服やらアクセサリーを購入して財布の中をほぼカラにしてしまった己を恨みつつ、今日も職場のコーヒーで空腹を紛らわしている。
弁解しておくが別に無一文というわけではない。ちゃんと月々いくらか貯金もしている。ではなぜブレイクルームで「過度なダイエットは推奨しません。ハンクのように過剰にカロリーを摂取しろとは言いませんが、毎日適度なカロリーを摂取することを提案します」と的外れな心配をされたり、デスクで「お前今金欠だろ。見りゃわかるって。ほら、これでも食っとけ」と食べ応えのありそうなハンバーガーをもらったりしているのか。それはただ単に貯金を崩したくないだけだ。適齢期なのに結婚どころか恋人すらいない身としては、老後の蓄えは多いに越したことはないのである。
とはいえ給料日まであと数日、さすがに身体にもガタがきているしこれ以上食べ物をくれる人に迷惑はかけられない。ここらが潮時かと貯金を崩そうとしたとき、神が私に制服でポリスカーに乗り巡回をすればいいと囁いた。

「ではドーナツを無料で手に入れるためにわざわざこんなことを?」

故郷では該当するドーナツ屋がなかったためすっかり忘れていたが、あるチェーン店のドーナツ屋はポリスカーで街を巡回している制服をきた警官にドーナツを無料で振舞っている。そのことを思い出した私はハンクに毎日毎日ほぼ内勤生活で警察官としての意識が希薄になってきている。ついては今日のみでいいから警察官としての意識を向上させるため制服姿で街を巡回することを許してほしい、と頼み込んだ。ハンクは私の意図に気付いたようで「おう。いっぱい食ってこいよ」と快く送り出してくれたのだが、そのやりとりを一部始終見ていたコナーが「なぜ制服を着て巡回を?いくら警察官としての意識が希薄になっているとはいえポリスバッジや銃を所持しているのだし、私服でも構わないのでは?」「それに巡回をするのになぜまるでこれから食事をしてくるかのように言うんです?彼女は巡回に行くと言っているんですよ」と疑問を爆発させ、ハンクに「うるせぇ!そんなに気になるんならお前も制服着てこいつと一緒に行ってこい!」と怒られたことにより、彼と共に街を巡回することになった。
ポリスカーを運転する私と街に異常がないか目を走らせるコナー。不本意だろうが与えられた職務に忠実な彼は予想に反してなぜなぜと疑問に思ったことを聞いてくることはなかった。それを不思議に思いつつ街を巡回し、特に何の問題も起こらないまま当初の目的である例のドーナツ屋の前にポリスカーを停めた。その途端マシンガンの弾のように飛び出してくる質問に彼は聞くことを諦めたわけではなくただ職務中に聞くのを控えていただけだと、そして今は休憩中だと判断し質問を浴びせてきたのだとわかり微笑ましい気持ちでいっぱいになる。彼の職務中と休憩中の落差が激しいところを私は大変好ましく思っている。

質問はドーナツをもらってからとコナーに言うと、なぜ?と首を傾げながらも私と共にドーナツ屋に入り、これまたなぜ?と首を傾げながらドーナツをもらい、ポリスカーに戻ってむしゃむしゃと食べ始める私を見て今日一番の角度でなぜ?と首を傾げた。きっと最後のなぜ?は金欠で食事がままならないのをダイエットをしているので食事をとらないのだと勘違いしているが故のなぜ?なのだと思う。困惑しつつも「やっとカロリーを摂取してくれましたね。ずっと顔色が悪いので心配していたんですよ」とぎこちなく笑ってくれたから。
自分でもらったドーナツを食べ終わったあと「よければこちらもどうぞ」と疑問を抱きながらももらったドーナツをくれるコナーに礼を言い、それをぺろりと食べつくしてから彼の疑問に答えていく。特定の条件を満たすとドーナツがもらえることは知っていたみたいだが、わざわざ制服に着替えてまでもらいに行く意味がわからないらしくそこを重点的に聞く彼に改めて金欠であることを話す。そうすると「そうだったんですか。では給料日当日まで毎食ごちそうしますよ」ととんでもないことを真顔で言ってきたので慌てて辞退する。いくらアンドロイドにも給料が支払われるようになったとはいえ、まだ日は浅い。貯金をするにも限界はある。そんな彼に数日分の食費を出してもらうなどできるはずがない。
必死に断る私を見てはじめこそ「遠慮はいりませんよ。こう見えても僕、結構もっているんです」とごちそうする気満々だったコナーも、私があまりにも断るため「…給料日までこのようなことを続けるつもりですか?」とムスッとしはじめ、最終的には貯金を崩すから大丈夫だと言う私に「そんなに嫌ですか、僕にごちそうされるのは。ハンクには喜んでごちそうされていたのに」と顔を背けてしまった。
確かに金欠になる前からハンクには時々ごちそうしてもらっているが、数日にかけて毎食ごちそうしてもらったことはない。そう説明してもコナーは窓の外を見ている。まるで彼にごちそうされたいと望まない限りこちらには振り向かないとばかりに。
これ以上彼に無視されるのは精神衛生上よくないので、毎食ではなく一食だけなら…と申し出ると「ああ、わかった。君が好きそうな店を何件かピックアップしておくから楽しみにしていて」と嬉しそうに振り返るので思わず声を出して笑ってしまった。時折子どものような反応をする彼はとんでもなくかわいらしい。



「カモが交通の妨げを…?」

上機嫌で街を見回すコナーを乗せ、ポリスカーで巡回を再開する。先輩として後輩にごちそうすることがそんなに嬉しいのか、それとも私にごちそうするのが嬉しいのか。それは彼のみぞ知ることだが、どちらにしても制服姿で浮かれるというレアな彼を見ることができたのでもうどちらでもいいと思う。彼が嬉しいのなら私も嬉しい。
そんな傍から見れば無駄に嬉しそうな2人組が陽気に巡回しているように見える車内に無線が入り、現場に一番近い私達がその事態を収束すべくその場に急いだ。ちなみに無線の内容は、交通量の多い大通りの中央にカモの親子がいて車が通れない。直ちにカモの親子を道の端まで誘導してほしいとのこと。彼は「カモ…」と何度も呟いている。そして現場に到着し、このずらりと並ぶ車の群れの中心にターゲットであるカモの親子を発見して「カモだ」と再度呟くコナーは道路の真ん中でうろうろするカモの親子と同じくらいかわいい。
早くどうにかしろとクラクションを鳴らされる中、カモの親子を安全な場所に移動させようと親ガモと子ガモをコナーと手分けして捕まえ道路の端に下ろすも家族がいる道の真ん中に戻ってしまう。なるべく真ん中にカモを残さないように限界まで捕まえて運んだとしても、一匹でも残っていると戻ってしまい途方に暮れる。どうすればこのカモの親子を無事安全な場所まで運ぶことができるのだろうか。

「子ガモは親ガモを追う習性があるようです。なので親カモを抱えているところを子ガモに見せつけながら安全な場所まで誘導すればうまくいくかもしれません」

ぽろぽろと戻っていくカモ達を見て立ち尽くす私に有益な情報をくれたコナーにそれだ!と感謝のハグをしてから逃げる親ガモを田舎生まれ牧場育ちのマル秘テクニックで素早く捕まえ、母親はここにいるからついておいでとゆっくり後退して道の真ん中から端を目指す。親ガモを人質及びカモ質にされ困ったようにちょろちょろしていた子ガモも、徐々に遠ざかっていく親ガモと離れたくないようで、小さい身体を必死に動かして親ガモを抱いた私についてくる。かわいい。そんなカモの親子の様子を固唾を呑んで見守っているコナー。こちらもかわいい。
今日はかわいいコナーがたくさん見られてありがたいし、久々に動物に触ることができてふわもこだしとても良い日だと思っているあいだに無事道の端に到着。カモの親子の安全を確かめたあと、コナーはキビキビと交通整理を始めた。いつものカッチリとした格好でも様にはなっていたと思うが、警官の制服を着て混雑した道を的確に誘導している彼は最高に様になっていて職務中にもかかわらず胸がときめいてしまう。
かわいらしさと格好の良さを兼ねそろえている人が私の先輩であり、こうして一緒に仕事をすることができ、なおかつ私とふたりでいる時間を大切にしてくれている。これ以上幸せなことはないのではないかと思えるほど今が幸せで、だからこそ彼が私への興味を恋だと勘違いしている事実に苦しくなる。これが勘違いではなく本当の恋だったら、とも思うがアンドロイドと人間という壁にぶち当たることが目に見えているのでどちらにしても詰んでいる。八方ふさがりもいいところだ。

カモの親子を車の通らない道まで連れていき、もう大通りには近づかないでねと見送っていると「無事に誘導できてよかったですね」と車の通りがよくなった道路をバックにコナーがやってきた。彼に対してネガティブなことを考えていたためひとりで勝手に気まずくなるが、そのことを彼が知る由はないため「親ガモを抱えていたからだとわかってはいるのですが、子ガモがまるであなたを親と慕っているように見えてとても微笑ましく思いましたよ」と言葉を続ける。確かにちょこちょこと私が抱えている親ガモの後をついてくる子ガモを見て自分についてきているように思えてほんわかしたが、それを彼が微笑ましく見ているとは思わなかったので何だか気恥ずかしい。
その気恥ずかしさをどうにかしようと子ガモを限界まで捕まえて腕に抱えるコナーもとても微笑ましかったと矛先を彼に変えれば「それはあなたも同じでしょう?逃げ出さないよう必死に抱えていてかわいらしかったですよ」と返され無事撃沈。穏やかにそんな爆弾を落とさないでほしい。こちとら恋愛に不器用で今も不毛な恋をしているのだから、そうやって気を持たせることはしないでほしい。お願いだから。
きっと耳まで赤くなっている顔を背け、そろそろ帰らないとハンクに怒られるとポリスカーに戻ろうと歩き出す私の名をコナーが呼んでいる。きっとなぜ急に顔を背けたのか知りたくて呼んでいるのだろうけど、まだ顔が熱をもっているため振り返ることはできない。致し方ないとはいえ無視するかたちになってしまい申し訳なく思いつつ歩いているといきなり肩を掴まれたうえに後ろに引かれ、ぐらりと体勢を崩したところで耳元で発せられた彼の私の名を呼ぶ声。これはずるい。こんな程よく低くて良い、それも自分好みの声で耳を刺激されたらもうどうにもできないではないか。

その場に崩れ落ちる私を「大丈夫か!?」と慌てて抱えるコナーに身を預け、ゆったりと彼の名を呼ぶ。
もう勘違いでも何でもいい。彼の興味が、好意が尽きるその日まで私はアンドロイドであり人間である彼を愛そう。たとえそれが許されないことだとしても。


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