田舎娘はアンドロイドの夢をみる3

そういえばアンドロイドは飲食を必要としないため、ブルーブラッド以外の何かを食べたり飲んだりすることはない。厳密に言えば食物を体内に取り入れることはできるのだが、風味を感じることはできないためする意味がない。食物に含まれている成分やカロリーも目視できるので、体内に取り入れるどころか口に含む必要すらないのだ。
アンドロイドの食事情、というのは大袈裟かもしれないがそれを改めて知ったのはコナーとコーヒーを飲む約束をした翌日だった。ハンクに押し付けられた書類と格闘している私に「お疲れ様です」と持っていたコーヒーを差し出すコナーに礼を言いつつ、ひとつしかないコーヒーを見てコナーはもうコーヒーを飲んでしまったのかと聞いたときに教えてくれたのだ。アンドロイドに飲食する必要がないことを。
身近にアンドロイドがいる生活をもう何か月もしているにもかかわらずこのような初歩的なことすら知らなかった自分を恥じるとともに、彼に対してアンドロイドに無知なことを詫びた。しかし「それは本を正せばあなたが我々を人間と対等に見ているということ。謝る必要などありませんよ」と穏やかに言われてしまい気分が沈む。アンドロイドに人権が与えられ、自由に生きることができるようになった今でも以前のようにアンドロイドを物として見ている人間はまだいるし、嫌っている者もいる。いつになればこの問題が解決するときがくるのだろう。人間とアンドロイドのあいだにある溝はまだ深い。



コナーとコーヒー片手に日常のあれやこれを話し始めてもう一か月が過ぎた。最初はオフィスで私のデスクの片隅に彼が座るかたちで話していたのだが、そのうち私達のそのやりとりをハンクがにやりと笑いながら見ていることに気が付いた。コナーはそのことに対して「このようにあなたと一対一で話すことができるようになった日からあの表情でしたが」と言っていたので単に私が鈍感なだけで気付く前からにやりとしていたらしい。
まぁ、ただにやりと笑うだけで何も言ってこなかったのでしばらくはハンクににやりとされながらもオフィスでコナーとたわいない話をしていたのだけれど、今度は制服警官のクリスミラーが私達を何か微笑ましいものを見るような目で見ていることに気付いた。このことについても「今日が初めてというわけではなく5日前からあの表情を浮かべていましたが」と話すコナーによって自分がポンコツであることを改めて実感させられたわけだが、そのことはこの際どうでもいいとして、私はその日からコナーと話しているときの周りの様子を観察することにした。そしてわかったのが、ハンクやクリスだけでなくこのオフィスにいる者や訪れる者皆が私達を見て何かしらのアクションを取るということだった。
ハンクやクリスのように肯定的に見てくれている人がいる一方でアンドロイドを毛嫌いしているギャビンリード警官のように顔をしかめる人もいる。このデトロイト市警の中でも差別があることを痛感した私は、これからはオフィスではなくブレイクルームで話したいとお願いし「いいですよ」と快く了承してくれたコナーと共に話す場所をオフィスからブレイクルームに変更することにした。ブレイクルームも密室ではないため誰かに私達ふたりのやりとりを見せてしまう可能性がおおいにあるが、オフィスよりかはマシだろう。

「おやおや、プラスチック相手にお熱いね〜。ここがモーテルじゃなくて警察署だってこと忘れてんのかな〜?」

未熟故に現場に連れて行ってはくれるものの「さぁ、ここからは俺達の仕事だ。お前は情報を集めてコナーに送ってくれ」と警察署に戻されることが多々あるためほぼ内勤な私は、今日も今日とてデスクで情報を収集しそれをコナーに送ったり、ハンクが溜めた書類を黙々と片付けていたのだが「おう、帰ったぞ。コナーの休憩に付き合ってやれ」と捜査の途中で一時的に戻ってきたハンクに促され、コナーが待っているブレイクルームに足を運んだ。そこで私のコーヒーを用意していてくれたコナーにコーヒーの礼と捜査に対しての労いの言葉を述べ、事件とはまったく関係ないことを話していたらこの署内で一番遭遇したくない人物、ギャビンリードが入ってきた。
この人は大のアンドロイド嫌いでコナーとは顔を合わせる度に嫌味を吐き、コナーと行動を共にしているハンクにも平気で悪態をつく。私がここに配属される前はコナーの腹を殴ったり無意味に銃をつきつけたりしたこともあるそうで、どう考えてもコナー側にいる私とは相容れないタイプの人間だ。コナーもいろいろと思うところがあるようでギャビンのことは基本的に無視をしている。そのせいで余計に絡んでくるような気もするが、嫌なものは嫌なのだろうし仕方ない。
ギャビンがここに入ってくる前に話していた内容が「そういえば僕の顔のどこが好みなのかまだ聞いていませんでした。具体的に教えてくれませんか?」「全部、ですか。これはまたちっとも具体的ではありませんね。もう少し具体的にお願いします」なため勘違いをしているのだろうが、私とコナーはモーテルに行く間柄ではない。もちろん恋人同士でもない。ただの先輩と先輩の顔が自分好みで最近まで先輩と一対一になると緊張して距離を取ろうとしていた後輩だ。と、もしコナーに八つ当たりしようとしても阻止できるようさりげなくコナーとギャビンのあいだに立ち、そう説明する。しかし相手はあの嫌味悪態何でもござれの嫌われ者ギャビン。「こんな冴えねぇ顔が好みねぇ…お前趣味悪いんじゃねぇ?ま、職場で愛玩人形愛でてるやつに趣味が悪いも何もあったもんじゃねぇけどな」と下衆な笑みを浮かべながらこちらを挑発してきた。
よしきた。その喧嘩買ってやる。

「ダメだ。挑発に乗ってはいけない」

腰に装着しているホルスターから銃を取り出し相手の頭に風穴を開けてやろうとするも、ホルスターから銃を出す前にコナーによって銃ごと手を掴まれる。思わず振り返りコナーを睨むと険しい顔で私の手を掴み続けるコナーがそこにいた。
そうだ。私は警官だ。こちらに危害を加えようとしていない人を撃ってはいけない。それはわかっている。だけど、それでも許せなかった。コナーを愛玩人形だと侮辱したギャビンのことが、どうしても。…まぁ、私がギャビンを撃つ前にギャビンが私を撃つ確率のほうが高かっただろうと、私よりも早く銃を構えたギャビンを見てそう思ったのだけれど。
自分の能力の低さを目の当たりにして即座に戦意を喪失した私の手を銃からそっと剥がすコナー。ギャビンが何かを言っている気がするが、今彼に何かを仕掛けても力の差は歴然でどうせ返り討ちにされるのがおちだ。だからもう何もする気も起きない。そんな私の手を取り、コナーはわーわーと騒ぐギャビンを無視してブレイクルームを出る。そして自分のデスクで音楽を聴いていたハンクに「少し彼女と散歩をしてきます」と言い残し、私をここから外に連れ出した。彼は一体どこに行こうとしているんだろう。

コナーに手を引かれてとぼとぼと歩いていると裏道なのか人通りの少ない道のベンチの前で止まったコナーの背に頭をぶつけた。いきなりのことによろける私をすかさず支え、目の前のベンチに座らせたあと「ここで待っていてください」とコナーはその場を後に。きっと何か考えがあってのことなんだろうけど、自分のポンコツ具合に落ち込んでいるときにひとりにされるとどんどん気分が沈んでいくのでできればひとりにはしてほしくなかった。一緒にいてほしかった。たとえそれがわがままだとしても、そのせいで彼に嫌われてしまうかもしれなくても。
今回のギャビンとのやりとりの末に自覚した自分の浅はかな行動と実力不足に加え、ポリスアカデミー時代から今までの失敗やそれに対する教官や上司、先輩の叱咤や怒号を思い出し涙がにじむ。警察官なんて私には務まらないと散々言われたけれど、これまでなんとかやってこられたしきっとこれからもなんとかやっていける。そう思っていた。だけどやはり私はこの職に向いていないのかもしれない。もう、無理なのかもしれない。

ここを辞めたらどうしようか。故郷に帰り両親や兄妹達がやっている牧場を手伝わせてもらおうか。ああ、両親ももういい年だし身を固めてはどうかと言っていたし牧場を手伝いながら結婚相手を探そうか。そうだ。それがいい。…コナーとはもう会えなくなるけれど。
いつの間にかほろりと流れ落ちる涙を拭う気力もなくぼんやりと今後の身の振り方を考えていると、聞きなれた足音が向こうから聞こえてきた。特に何も思うこともなく顔をあげ、その足音の主であるコナーを見るとLEDが青色で真顔の平常コナーからLEDが赤色でこれでもかというほど目を見開いた挙句持っていた紙袋を落とした異常コナーにがらりと変わったため、彼が今捜査中の容疑者を見つけためそのような表情をしたのだと思いベンチから立ち上がり辺りを見回す。しかし私の名を大声で叫ぶコナーのそのあまりの声の大きさと、まるで瞬間移動でもしたのかと思えるくらい素早く私の傍にきた彼に身体を反転させられたことにより十分に見回すことができなかった。
自分の意思とは関係なく急に身体を反転されたせいで脳がシェイクされて気持ちが悪いし、両肩に手を置き骨が軋むほど強く掴み「外傷はない…周囲に人間とアンドロイドの反応もなし…しかし涙を流している…一体なぜ…」と至近距離で呟くコナーの意図がわからなくてさっきとは別の意味で涙は出てくるし、肩の痛みやらなんやらで止まらない涙に焦ったのか犬のようにべろりと頬や目尻を舐めた末「これは、怒りと悲しみを感じている…?」と涙の成分を分析するしでもうよくわからない。何なんだこの状況は。

「てっきり僕がいないあいだに危害を加えられたのだとばかり…すみません…」

コナーが肩から手を退かすのが先か、私の肩の骨が砕けるのが先かを考える余裕もなく彼の顔面に頭突きによる渾身の一撃を食らわせ物理的に手を退かしたことは後悔していない。けれどもこうしてベンチの隅にちょこんと座り、心底申し訳なさそうな声色で謝るまだ鼻血を出した跡が残るコナーに対して頭突きではなく違う物理的方法で手を退かさせればよかったという後悔はしている。
泣いている私を何者かに危害が加えられたものだと勘違いしてすっ飛んできてくれたコナーに彼から私へのまっすぐな好意を感じるけれど、それは勘違いからくるものだと自分に言い聞かせ、いろいろと期待してしまう自分を律する。そしてまだ「異常は見られませんが、肩はまだ痛みますか?病院で処置を受けますか?」と心配する彼にもう肩は平気だと話し、泣いていた理由を話そうとしたところでハッと何か思い当たることがあったのかいきなり「君の趣味は悪くない!悪いのは君を罵ったギャビンのほうだ!」と言われそのまま首を傾げる羽目に。なぜ今ギャビンの話を…?ギャビンとこの涙の関連性とは一体…?
ぐるぐるとなぜコナーがギャビンの名を出して私を慰め始めたのかを考えている今も「君は優しい。アンドロイドである僕を尊重してくれる。だけど、その優しさが仇となりギャビンの言葉を真に受けてこんなことになってしまった」「優しくするなとは言わない。僕にそう言う権利はない。けれどあの男にはしなくてもいいんじゃないか?僕とハンクだけでいいんじゃないか?」「もしまたあの男に君が泣かされたら、今度は僕が奴を撃ってしまうかもしれない。だから、あいつには優しくしないでほしい。僕のためにも」と矛盾したことを言うコナーにピンときた。彼は私がギャビンに趣味が悪いと言われたことに対して悲しんでいると思っているんだ。

「違う…?ギャビンは関係ない…?」

コナーの不器用な慰めと捜査以外では少しずれた考えや行動をする彼を微笑ましく思いつつ、これ以上勘違いさせるわけにはいけないとギャビンに悪口を言われたせいで泣いていたわけではないことを伝えると、彼はよくわからないといつもより角度をつけて首を傾げた。彼には涙の理由を話してもいいとは思うのだけれど、それを話すとまたいらぬ心配をかけてしまうと思い、先ほど彼が落とした紙袋について聞くことで誤魔化すことに。
その問いにそうだ!とでも言うように立ち上がるコナー。サッと紙袋が落ちているところまで移動し、恐る恐る中身を確認して顔を顰め、心なしかしょんぼりと「これで君の気も晴れると思ったんだけど…」と戻ってきた彼が持つ何かの液体が滴り落ちている紙袋を覗くと、そこには蓋が開いていて中身がこぼれているプラスチックのカップとびしょびしょに濡れているドーナツが入っていた。この特徴的なドーナツは前に私がおいしいと話したことがあるものだ。それをわざわざ覚えていてくれただけでなく、こうして落ち込む私に差し入れて元気づけようとしてくれたことが嬉しい。本当に嬉しい。
コナーの隙をついてドーナツを口に含むと、かなり甘い生地からじゅわりと苦みが染み出す。これはコーヒーだ。ブラックコーヒーだ。甘いものには苦いものをぶつけれは実質カロリー0ということで、ドーナツを食べるときには必ずブラックコーヒーを用意する私のことをここまでちゃんと見てくれていたんだ、彼は。

「君が好きなものだからかな。とてもおいしく感じるよ」

私が食べているからと食べる必要のないものを食べ、感じることのない味を感じた振りをしてくれるこの人のことが愛おしくて仕方がない。


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