田舎娘はアンドロイドの夢をみる2

重い目蓋をのろりとあげると、目の前には知らない天井と無表情でこちらを見るコナーというへんてこな光景が広がっていた。なぜコナーがここに…とぼんやりと視線を彷徨わせる私の名を呼ぶ彼の声が、相変わらず自分好みの良い声で自然と目蓋が下りていく。
ふかふかとは言い難いがそれなりに寝心地のいいところで起床時間を気にせずこうして横になっていられる喜びを噛みしめる。デトロイト市警に配属されてからというもの、故郷でのんびりと働いていた頃より格段に危険なことが増えたため、こうして穏やかでゆるやかに流れる時を何よりも欲するようになっていた。もう毎日が非番ならいいのに。

「いくら非番だからとはいえ、正午まで睡眠をとった挙句再度睡眠をとるのは推奨できません」

眠りに落ちる前のようにふわふわとした心地よさの中どうすれば毎日が非番になるのかを考えていると、長く聞いていたら確実に身体が火照ってしまうであろう程よく低く良い声が上から降ってきた。あぁ、そうだ。昨日はコナーの声を聞きながら眠りに落ちたんだ。ハンク行きつけのバーで黄色く点滅するLEDを見ながら。だからなんだろうか、そのコナーに起こされる夢を見ることができるなんて。
とろりと目を開けるとそこには先ほどよりも険しい顔をしたコナーが相も変わらず私を見下ろしていてほんのり悲しい気持ちになる。夢なのだからそんなに険しい顔などしないで笑ってくれればいいのに。片方の口の端をあげて不器用にほほ笑む、あの胸がじんわりと暖かくなる笑顔をみせてくれればいいのに。
しかめっ面の彼を見るのが嫌で「ほら、起きてください」と私の肩に置かれた手を上から握り首を横に振った。本当ならここで相手にそんな顔をしないでほしい、笑ってほしいと言うのが一番なのだと思う。けれど喉がはりついて思うように声が出せない。昨日の飲酒によるものだろうか。夢なのに妙なところで現実的だ。…そういえば、コナーの手も触り始めはひんやりとしていたけれど私の熱が伝わったのか今ではほんのり温かい。これも妙に現実的だ。
……もしかするとこれは夢ではなく現実に起こっていることなのかもしれない。

今までのぬるま湯に浸かっているような心地よさはこの状況が夢ではないかもしれないという限りなく事実に近い予想により一瞬にしてなくなった。今あるのは仰向けで寝ていた私を起こそうとした彼が私の肩に手を置き、そしてその手を私が握っているという事実だけ。
彼の手を握る手から瞬く間に汗がふきだし、途端にじめじめと感触が悪くなる。いや、それだけではない。全身から嫌な汗がふきだしている。このままだとベッドが湿ってしまうほどに。と、思ったところでハッとする。このベッドは誰のベッドだ?今いるこの部屋、家は誰が所有しているものなんだ?私は一体どこでこんなにも無防備に眠っていたんだ…?
今さらながら自分の無防備さに背筋が凍る。故郷であれば多少無防備でも次から気を付ければいいだろう。だが、ここはデトロイト。都会の中の都会であるデトロイトだ。少しでも気を抜けば何かしらの犯罪に巻き込まれるかもしれない場所。そう、まさに今こうして無防備であるが故にイケメン万能捜査アンドロイドであるコナーに迫られたり……あれ?
思考の海に潜ってしまうという悪い癖のせいで、彼が徐々に私との距離を縮めていることに気付くのが遅れてしまった。そういうわけで昨日と同じようにLEDリングを黄色くしたコナーが今にも私に覆いかぶさろうとしているのだけれど、いかんせん彼の体重を一身に受けている肩が痛い。見た目とは裏腹に実は重いのだろうか。体重をかけられた肩が軋む音が骨を通して聞こえてくる。しかしコナーはそれに気付くことなくもう片方の手を私の顔の横に置いたため、結果的に上半身だけ覆いかぶさるかたちになり、しかもそのおかげで彼の体重が分散され痛みが大幅に軽減された。これには私も今置かれている状況を忘れて思わずにっこりと笑ってしまった。

「…人の家で何やってんだ、お前等」

コナーの体重によって肩が抜ける心配がなくなりにこやかに笑う私と、それを間近で食い入るように見つめる真顔ではあるもののLEDは黄色いままであるコナー。この傍から見たら確実に誤解されるであろう体勢の私達を見つけてしまったハンクは明らかに呆れていた。しかし予想外の声に驚いた弾みでコナーに思い切り額を打ち付け、そのまま意識を手放した私には知る由もない。




結局夕方までベッドにうえで過ごした私は、目が覚めるなりベッドの脇に待機していたコナーによってハンクがいるリビングまでせっせと運ばれた。そしてまだぼんやりしている私にハンクは昨日から今日、つまりコナーに頭突きをして気を失うところまでの詳細を心底呆れた顔で話し始めた。

なんでも昨日はバーで眠ってしまい声をかけても揺すっても軽く頬を叩いても起きない私に呆れ、コナーと共にハンクの家まで連れて帰ってくれたらしい。それでぽんぽんと衣服を脱いでいく私に苦労しながらハンクの寝間着を着せ、そのままベッドに放り込んで自分もソファーで一夜を明かしたと。ちなみにコナーのことは放っておいたらしい。確かにいつもはデトロイト市警の一室で生活をしているコナーも、非番のときはハンクに連れられて彼の家に泊まっているみたいだからある程度適当な扱いをされても平気なのかもしれない。現にコナーは自分を放っておいたというハンクに対して特に何も思っていないらしく何も話さない。なんて心の広いアンドロイドなんだろう。私だったらきっとそんなことをされたら部屋の隅でふてくされている。
…少し脱線したが翌日になり目が覚めてすぐコナーを呼ぶも応答がなかったため、もしやと思い自室にきてみれば私とコナーがいい雰囲気を作っていて思わず声をかけたらしい。「モーテルやらホテルだったらどうぞごゆっくりって言ってやったんだがな」と言われ慌ててそういう意図はなかったと否定。そしてずっと黙っているコナーにも否定してほしくて彼のほうを見ると、そこには私をここに連れてきたときまでは青色だったLEDを黄色に染め苦しそうに俯いている彼がいて二の句が継げられなくなる。それはハンクも同じようで「コナー…お前…」と声を詰まらせた。

しばらくの沈黙のあと「…もうこんな時間か。コナー、こいつのこと家まで送ってやれ」というハンクの言葉で顔をあげた私とコナーは「お前等のことはお前等でしか解決できねぇんだよ。わかったか」の一言に頷くと、私の着替えが終わり次第すぐハンクの家を出た。そして適当なところでタクシーを拾い、今に至る。

「昨日は…いえ、昨日も今日も僕はあなたに迷惑をかけていますね。すみません」

タクシーに乗り込んですぐ、コナーにこの2日間のことを謝罪された。ハンクにああは言われたけれど、お互いきっと何も言葉を発することのないまま帰路につくものだとばかり思っていたので驚いて隣にいる彼を見たら「だけど先ほどあなたにしたことをもうしないと断言することは、今の僕にはできない。…ごめんなさい」と言葉を重ねられもっと驚く羽目になった。
断言できないのはなぜ?まさか私に後輩以上の感情を持っているから…?と驚きつつ自分に都合のいいことを考えもじもじと照れるも、昨日酒の勢いで彼の顔が好みだということを告げてしまったのを思い出し青ざめる。よほどのことがない限り、好意を寄せられて悪く思う人はいないだろう。それは人の心を持つアンドロイドも同じであるはず。ならば、それがきっかけで自分に好意を持つ人のことが気になりはじめやがて恋心が生まれる、という興味と恋を同一視してしまう状態になることだってありえるはずだ。
あまりにもしつこく彼の顔を好みだと言ったせいで彼は私に興味を持ち、私を気にするようになってしまった。そしてそこから生まれた感情を恋だと勘違いしてあのような行為に及んでしまったのだ。
一刻も早くその勘違いをどうにかし、あれは気の迷い、悪い夢だったんだと彼に思ってもらえるように働きかけようとしたまさにそのとき、まるで彼が先手を打つように「…こんな僕は、嫌いかな」と訴えてきた。いつもはキリッと整っている眉が力なく下がり、目も不安そうに伏せられている。そんな捨てられた子犬のような顔をする彼にその感情は勘違いだと指摘できる人はいるのだろうか?もしいたとしたら指摘できない側である自分とは相容れないだろう。彼の手を取り必死に嫌いではないと伝える私に「よかった…嫌われていなくて。あんなことをしておいて虫のいい話だけど、君には嫌われたくないんだ」と安心する彼を見てそう思った。


「…では、僕はこれで」

あのあと「…実はなぜ君にあんなことをしてしまったのか、自分でもよくわからないんだ」「ベッドで眠る君を見ていて、気づいたら正午を過ぎていた。それで目を覚ましたはずにもかかわらず再び睡眠をとろうとする君を起こそうと肩を掴んだ僕の手を君が掴み、気付けば覆いかぶさっていた」「昨日だってそうだ。君は僕と一対一になることを避けているのに僕に対してウインクをした。いつも事務的な態度をとっていた君がだよ?それなのに相変わらずハンクとばかり話をしていて僕を見ようともしない」「…君は気まぐれだ。だから僕は君の気持ちを把握しかねて、昨日も気付いたら君に怒りをぶつけてしまって…」と落ち込み始めるコナーに焦りつつ、先ほどの出来事を起こした理由がなんとなくわかり腑に落ちた。いくら寝ぼけていたからといって、あれだけ思わせぶりなことをすれば相手も無意識とはいえそれにあわせて何かしらのアクションを取らざるを得ない。彼には申し訳ないことばかりしているとつくづく思う。これ以上迷惑をかけないためにも彼の勘違いを今指摘するべきか。
しかし、相手の勘違いに付け込んで自分の都合のいいようにしていることに罪悪感を覚える私に「どうした?」と心なしか心配そうに顔を覗き込んでくるコナーに対して、今しがた覚えた罪悪感と彼を愛おしく思う感情が膨れ上がり結局指摘することはできず。
…いや、散々顔が好みだなんだと言っておきながらあれなのだけど、故郷を離れ孤独に耐える一方の自分にこうして優しい言葉をかけてくれる人を好きにならないはずがなかった。というわけで、私はコナーに好意を抱いている。今改めて自覚した。
そしてそうしているうちにタクシーが止まり、私達はタクシーを降りた。コナーはハンクの言う通り私を家まで送り届けたあと、そのまま帰路につこうとしている。


せめて姿が見えなくなるまでとその場に佇み彼の背中を見守っていたら数メートル先を歩く彼の足が止まり、勢いよく振り返ると険しい表情でこちらに戻ってきた。彼が何を思って戻ってきたのかまるでわからない私は目の前で何かを話そうと口を開いては閉じ、また開くといったことを繰り返している彼をただ見つめていることしかできない。
それからどれくらいそうしていただろうか。いきなり名を呼ばれびくりと身体を震わせると同時に手を握られ「これからはいくらでも僕を見てかまいません。ですから、もう僕を避けないでください。ハンクとだけでなく僕とも話をしてください。…どうか、お願いします」と懇願されてしまい途方に暮れる。私の何気ない行動が彼をここまで傷つけ、本来なら言わなくてもいいことを言わせてしまった。
贖罪の意味も込めてコナーの手を握り返すと揺れる彼の瞳が遠慮がちに私をとらえ、その瞳に映っているであろう私にも言い聞かせるよう、明日から1日に一度はコーヒーを共に飲む時間を設けよう。そこでお互いの話をふたりだけでしよう。と提案する。彼は「ああ、ぜひ。ぜひそうしよう」と何度も頷いた。

このままずっと勘違いしていてくれればという思いと、いつかはその感情が勘違いからきていることを指摘しなければという思いがせめぎ合いうまく笑うことができなかった。


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