田舎娘はアンドロイドの夢をみる

主要人物3人が生きているルートのED後の話。
田舎からやってきた警察官とコナーの夢小説。




細々としたいざこざはあれど犯罪と呼べるようなことは滅多にないド田舎で生まれ育った私は、欠員やらなんやらで運よく採用されたその田舎で警察官として日々のんびりと職務を遂行していたため、都会とはまるで無縁の生活を送っていた。
とはいえ、いまだにアンドロイドすらいない田舎で通える範囲内にポリスアカデミーなどなかったので一時期ポリスアカデミーのある程よく都会な街に滞在していたし、テレビや電子書籍などでよく見ていたので完全に都会を知らないわけではない。
…そう、ないはずだった。

ダメ元で受けた昇格試験に合格し、階級があがった実感もそれを喜ぶ暇もなくあれよあれよという間にデトロイトというとても都会なところにあるデトロイト市警に配属された私を待っていたのは、都会の建物の高さとその建物の密度とそこに住む人の多さと通りを行く人の密度と歩行の速さと家賃や物価の高さ、などといった都会の洗礼だった。
百聞は一見に如かずという言葉があるけれど、まさにこれだと思う。この都会のごちゃまぜ感はテレビや電子書籍ではわからない。もちろん程よく都会な街に一時期に滞在したことがあったとしても。デトロイトのごちゃまぜ感は体験しないとわからない。
そんなわけで、アンドロイドが起こした自由と平等を望むデモのあとのまだ微かに混乱の残るデトロイトの荒波に揉まれに揉まれている。それはもう、日々もみくちゃにされてボロボロになるくらいに。


「そろそろ休憩をとっては?」

書類とにらめっこをしていた顔をあげ声のするほうに目を向けると、その声の持ち主であるコナーは改めて「休憩をとってはいかがですか?」とコーヒーの入ったカップを差し出してきた。それをありがとうと礼を言い受け取ると、彼は口角の片側だけをぎこちなくあげながら私のデスクの辛うじてあいているところに腰を下ろす。
このコナーという人は、私の上司であるハンクアンダーソン警部補の捜査のサポートをするアンドロイドであると同時に私の先輩でもある。なんでもアンドロイド達がデモを起こしたときに変異体という、今までになかった感情が芽生えるというまるで人間のように物事を考え行動に移すことができるアンドロイドになったらしい。
故郷にアンドロイドがいなかったせいで変異体であるアンドロイドと変異体ではないアンドロイドの見分けがいまいちつかないのだけど、彼を見ていると人間と同じように人を気遣ったり怒ったりしているのできっとそれが変異体か変異体じゃないかの違いなんだと思う。たぶん。

「僕の顔に何か?」

ぼんやりとアンドロイドのことについて考えていた私は、そのあいだずっとコナーのことを見ていたらしい。首を傾げた彼が私に近づこうと身を乗り出してきた。それを回避するべく足で床を蹴りキャスター付きの椅子ごと後退する。そんな私を見て彼はさらに首を傾げ「なぜ距離をとるんです?」と疑問を口にするけれどこればかりは許してほしい。だって彼の、コナーの顔が整いすぎている。
まぁ、アンドロイドだから顔が整っているのも当たり前といえば当たり前のことだし、ここデトロイトは故郷とは違い格好のいい人やきれいな人がたくさんいる。この何か月かで嫌というほどわかった。では、なぜわかりきっていることなのにコナーの顔が近づくとこう動揺してしまうのか。それは単刀直入に言うと好みなのだ、彼の顔が。もうどうしようもないくらい好みの顔をしているのだ。

最初の何日間は彼のイケメンフェイスに耐性がなくて露骨に避けてしまった。これはとても失礼なことだし、やってはいけないことだったと落ち込むコナーとそれを不器用ながらも慰め、私に「アンドロイドが苦手なのはしょうがねぇ。俺も前はそうだった。けどな、あいつにも俺達と同じ心がある。そこんとこ考えてくれねぇか?」と言うハンクを見て思った私は、それからはコナーが近くにきても努めて冷静に対処してきた。勤務中は特に。
それが功を奏したのか滅多なことでは動揺しなくなった、はずだったのに勤務中である今こうして相変わらず首を傾げながら私の名前を呼ぶコナーから一定の距離をとるほど動揺しているのは、これがその滅多なことに該当するからである。
昇格して、そしてこのデトロイト市警にきてまだ数か月しか経っていない私は、基本的に上司兼世話係のハンクと共に行動している。なので普段ならハンクの相棒であるコナーとはハンクを挟んだ3人で話している。しかし、ハンクいわく「あいつ、今まで自分が後輩の立場だったから嬉しいんだろうな。お前がいるといっちょ前に先輩面しやがる」らしいコナーは後輩である私を気遣い、こうしてひとりで書類と格闘しているときなどに声をかけてくれるのだ。
故郷とはまるで違う環境に加え軽口を叩ける友達も近くにいないこの状況のせいで重度のホームシックにかかっている身としては、彼の優しさが胸どころか全身に染み渡るくらい嬉しい。けれど彼は顔立ちが整っている。しかもものすごく自分好みで理想の顔立ちだ。そんな見た目も中身もパーフェクトな人とふたりきりで、さらには至近距離で話すなんて私には無理だ。アメリカ育ちなのにもかかわらず日本人の両親から受け継いだとしか思えないほど初な私には。

「何やってんだ?お前等」

「あぁ、ハンク。丁度いい「つーか、何サボってんだお前は。さっさとその書類どうにかしろ。じゃねぇとこのあと飲みに連れて行ってやらねぇぞ」」

私の名を呼び再度近づこうとするコナーに対してこちらも再度後退しようとしたそのとき、不在だったハンクが今にも後退しそうな私を椅子ごと押しながら現れた。いきなり椅子を押され驚く私をよそにコナーの言葉を遮り私をデスクに戻したハンクは「ハンク、話を聞いてください」とムッとするコナーに「聞いてほしかったら俺にもコーヒーを持ってくるんだな」と言い、渋々コーヒーを取りに行く彼の後ろ姿をポカンと見ていた私の肩を軽く叩いたあと、バチンとウインクをした。
ハンクは見た目や言動とは裏腹にコナーや私に優しくしてくれる。現に今だってそうだ。コナーと一対一で話すのは苦手だとまだここにきたばかりの頃に零した言葉を覚えていてくれたんだろう。彼の興味を私からハンクに逸らしてくれた。それに、いまだにこちらで友達ができない私を時々こうやってハンクの行きつけのバーに連れて行ってくれる。人と話すことに飢えている私がそのまま飢え死にしないように、コナーに対する苦手意識を少しでもなくしてくれようと私の話を聞いてくれるのだ。

さぁ、早いとここの書類を片付けてしまおう。ハンクとおいしい酒を飲むために。
書類に手を付ける前に飲んだコーヒーは思わず笑ってしまうほど自分好みの味で、ハンクにコーヒーを持ってきたコナーに改めて礼をする代わりにウインクをした。



「単刀直入に言います。あなたは僕のことをどう思っていますか」

あのあと急いで書類をどうにかし「よし、終わったな。んじゃ、行くか」と席を立つハンクに続き席を立ったところで「僕も行きます」と珍しくついてきたコナーと一緒にハンクの車で行きつけのバーまでやってきた。
デモの前はアンドロイドは立ち入り禁止だったらしいこの店もデモ後はそれもなくなり、さらに酒などを必要としないアンドロイド用に酒を模したブルーブラッドを提供している。
今まで何度かハンクがコナーをこのバーに誘う光景を目にしたことがあるが、そのどの誘いにもコナーが首を縦に振ることはなかった。「僕よりも彼女を誘ってみては?」と言うばかりで。
当時は酒が飲めないから行きたくないのだとばかり思っていたけれど、バーにブルーブラッドがあることがわかってからはまだ慣れない私を気遣いあえてハンクの誘いを断っていたのではないかと思っている。もしかしたら本当にただ行きたくなくて私を生贄にしていただけかもしれないけれど。

「お、おいコナー…何だよいきなり。お前も酔っちまったのか?」

「ブルーブラッドにアルコールは入っていません。だから酔ってはいない」

「じゃあ何で「ハンク、少し黙っていてくれませんか。僕は彼女と話をしているんだ」」

車の中で「どういう風の吹き回しだ?お前もくるなんて」と聞くハンクを無視するコナーがバーに着いたからといってその訳を話すはずもなく、テーブルを挟んだ向かい側で自分の頼んだブルーブラッドをちびちびと飲み始めた。そんな彼を最初こそどうしたのかと心配していたのだけれど、ハンクの「まぁ、こいつのことは放っとけ。言いたくなったら言うだろ」という言葉と元々あまりアルコールには強くない身体に少量とはいえ度数が高めの酒を入れたによってわりと早くにコナーを心配する気持ちは薄れていった。
アルコールのおかげでふわふわと浮き上がりそうなくらい気持ちいいのと人と話せる喜びにテンションもどんどんあがっていき、普段なら絶対しないようなことも何の躊躇もなくしてしまう。これがアルコールの怖いところである。

というわけでハンクが酒を取りに行っているあいだ、私はブルーブラッドの入ったグラスを置きこちらを見ていたコナーを見ていた。いつもは人の顔をジロジロと見るのはよくないと思いそこまで長く見ることはしなかったのだけど、今はアルコールのせいで理性が仕事をしてくれない。なのでじっくりとコナーの顔を堪能し、一房だけ垂れさがっている前髪にかわいらしさを見出しひとり笑っていたら今まで青かったLEDがいつの間にか黄色に変化していた。
青色は正常、黄色はちょっとした異常、赤色は異常だとハンクが教えてくれたような気がするけど思い出すことができない。でも私の様子を目を丸くして見ているコナーはいつもとは違う気がする。従ってLEDがくるくると黄色く光っている今のコナーは身体のどこかに異常を感じているはず。そう思い身を乗り出す私にこれでもかというほど目を丸くする彼の額に手を置くも、その額はひんやりと冷たい。そうか、アンドロイド一部を除いて体温がない。じゃあ、熱による異常ではない…?
無遠慮に頬やら首を触り、時々自分より色素の薄い瞳に見入っている私を「何やってんだ!?」と引きはがしたのは戻ってきたハンクだった。コナーはこのときはまだ何かを言おうと口を動かしては口を噤む、ということを繰り返しているだけだった。

「黙っていないで答えてくれ。君は僕のことをどう思っているんだ」

「おいおい…お前「ハンク!」」

「…わかったよ」

ハンクが戻ってきたことによってまた話せると思った私は、おとなしく椅子に座りなおすとハンクのほうに身体を向けまた話し始めた。そのときにはもうコナーのことが頭から抜け落ちていたからだ。きっとそれが気に障ったんだろう。テーブルにグラスを叩きつける音に驚く私に、LEDを真っ赤に染めたコナーがとうとう口を開いた。私が彼のことをどう思っているのかと。
コナーが怒っているのはわかる。現場以外ではハンクがいくら怒ろうと受け流すあの彼がハンクに対して声を荒げただけでなく黙れとまで言ったのだ。かなり怒っているとみていい。しかし、その怒りと私への問いがあまりにもちぐはぐで思わず首を傾げてしまう。なぜ私が彼をどう思っているのかをそこまで怒りながら聞くのだろう…?
黙ったままでいる私に業を煮やしたのか、先ほどとは逆にコナーが身を乗り出しいまだにボーッとしている私の顔を覗き込んできた。それでもまだ顔が整っている人は怒ってもかっこいいというようなことを思いつつ彼の顔を見ていると隣から「おい、暴力だけはやめろよ!」という言葉をぶつけられてハッとする。確かにこのままだと彼の怒りが頂点に達し、本来なら振るわなくてもいい暴力を振るってしまうかもしれない。
そんな、彼にはせめて勤務時間外だけでも穏やかに過ごしてほしいのに。

そこからの私の行動はいつもにも増して俊敏だったと思う。まず今までの非礼、コナーとふたりでいるときにだけある一定の距離をとり続けていたことやその距離をとり続けていた理由である彼の顔があまりにも自分の好みすぎて側にこられるとどうにかなりそうだったことを詫び、次に彼が聞きたかったことである彼をどのように思っているのかについてを一から十まで詳しく答え、さらにまだデトロイト市警に馴染みきれていない私に優しくしてくれてありがとうと礼を言うところまでやってのけた。
常日頃から思っていたことなのでそれを本人に言うことができてよかったと思うし、何だか胸のつっかえが取れたようで気分がいい。だけど「そんな理由でこいつのこと避けてたのかよ…」と呆れるハンクを見て、いろいろと申し訳ない気持ちになったのも事実である。
そんな理由でコナー苦手意識を持ってしまい本当に申し訳ない…

「僕の顔が好みだから、僕が優しいから、僕に好意を持っているから、だから僕を避けてハンクとばかり話していた…?」

「…おい、コナー?」

「僕のことが好きなのになぜ…?なぜ、ハンクとばかり…」

「おいおい、大丈夫かよ…まったく、オーバーヒート起こしても知らねぇからな」

ぼそぼそと何かを話すコナーのくるくると回るように光る黄色のLEDを見てたら何だか眠くなってきた。そう頻繁にこられるところでもないしもう少し飲みたいと思いながらも目はだんだんと閉じていき、コナーが私の名前をぽつりと呟く声と共に眠りに落ちる。
彼の声を聞いて眠りにつくことができるなんて、今日はきっといい夢が見られるだろう。彼の声は彼の顔や性格と同じくらい私好みで最高なのだから。


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