プロローグ3
「…ブチャラティ。」
「ああ、わかっている。」
リストランテを出た辺りから何者かが後をつけて来ている。それは当然の事ながら俺だけでなく皆が気付いていた。
「周囲を見張れ、ナランチャ。」
「おうよ、任しとけ!」
エアロスミスのレーダーで探知してみると、やはりこちらの動きに合わせて近付いてくる呼吸の反応が一つ。ポルポの隠し財産に気付いた追っ手だろうか。
「どうするブチャラティ?確かにこいつ、俺たちにくっついて来てはいるが…動きがド素人だぜ。」
人混みに紛れるでもなく、足音を消すでもない。けど確実に後をつけてきているこいつは、一体何者なんだ?
「うむ…妙だな。とりあえずまだ攻撃はするな。俺とお前で近付いて様子を見る。」
首を縦に振るナランチャと目配せをしてすばやく追っ手の元に移動する。するとそいつはこちらに気付いたのか一目散に反対方向へ走り出した。
「クソッ、ブチャラティ!」
「ああ、追うぞ」
奴との距離はそう遠くない。それに相手は走るのがあまり得意ではないらしく、俺たちの足ならばすぐに追い付けそうだ。しかも、走れば走るほどエアロスミスの探知で自分の位置がより正確に現れるのを奴は知らない。
「ナランチャ、構わない。撃て!」
「行けッ!エアロスミス!」
機関銃を連射し足止めを喰らわせるのが確実だ。この射程なら間違いなく命中するだろう。
「っ!?運の良いやつ、一発も当たってねえぜ!」
「なんだと!?」
おかしい。この距離で当たらないなんて普通の人間では有り得ない。普通の人間、なら…?
「待てナランチャ、そいつはスタンド使いかもしれない。気を付けろ!」
「まじかよ、けどそれなら尚更ぶち込んでやらなきゃだぜ!」
エアロスミスの弾丸が硝煙で前が見えなくなるほどに撃ち込まれる。
「どうだ、やったか!?」
「っ、いや…」
煙の中でのそりと動く人影。どうやらこの追っ手、相当注意しなければならないらしい。
「っ、こっちに向かってくる!」
「いや、待てナランチャ!」
更に撃ち込もうとするナランチャを止め、煙から姿を現した追っ手に目をやる。どうやらこいつ、抵抗する意思はないらしい。
『…えっと、ちょっと一旦話し合いません?』
そう言って力なく両手を挙げて出てきたのは、10代半ばかそこらの女だった。
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ブチャラティとかいう男の話を聞いて確信したことがある。それはやはりこの世界は私が元々いた場所ではないということだ。
「志賀レイ。日本人の女でカタギ…らしいな。話からするに、どうやらお前はジョルノの入団試験中に再点火を目撃してしまったようだ。スタンド能力はその際に身に付けたとみて間違いないだろう。」
『スタンド能力…ってやっぱこれのこと?』
出そうと念じるとバッと出てくる分身のようなもの。どうやらこれは「スタンド」というらしい。こんな力、私のいた世界だったらありえない。
「そうだ。それはスタンドといって精神力の具現化のようなものだ。そして俺たちの攻撃が効かないことから、お前のスタンド能力は恐らく『スタンド攻撃を無効化する』ってとこだろう。」
『へえ…それって役立つのかな。』
「少なくともその能力が無ければお前は今生きていないだろうな。」
『うわ物騒。』
言葉の端々に不穏さを感じるブチャラティは、恐らくギャングだ。自分から立場を明かした訳じゃないけど、暗に一般人ではないと仄めかすような話し方をする。しかも話の主導権を握っている辺り、多分リーダー格なんだろう。
「おいおいブチャラティ、こんな怪しい奴の話信じるってのかよ?」
もう一方のオレンジのバンダナをした少年はナランチャというらしい。彼は私をかなり警戒していて、今にも殴りかかりそうな勢いで睨み付けてくる。
「ナランチャ。気持ちは分かるが冷静になれ。こいつの素性がわからねえ以上こちらの手の内は見せるな。」
『素性もなにも一般人なんですけど…』
手の内うんぬんとか言われちゃってる辺りあんまり信用されてないな。まあ後を付けてきた奴に一般人ですって言われてはいそうですかとはならないか。でも、私は何がなんでも元の世界に帰る方法を探さなくてはならない。
『いやあ、けど信じてもらわなくちゃあならないんですよ。私はこれからあんた達の仲間になるんだから。』
「はあ!?何言ってんだお前!」
大声を上げるナランチャの反応は最もだ。私だって同じ立場なら正気かって思うだろう。けど、今の私には彼らに着いて行けば帰る手がかりが掴めるという、奇妙な確信があった。
「残念だが無理な話だな。お前には何かメリットがあるらしいが俺たちには全くない。そう思わないか?」
『メリットならありますよ。私があなたたちの盾になる。』
私のスタンドは「スタンド攻撃を無効化する」能力。それは攻撃を防ぐ盾のようなものだ。
「盾…だと?」
『スタンド使いって、あなたたちだけじゃあないんでしょ?いつどこから攻撃されるか分からない、そんな状況なら私のスタンドってけっこう役立つと思うんですよ。』
「……。」
『身を呈してあなたたちを庇う。そうしても私には害はないし仮に死んだとしてもその辺にほっぽいてもらえればいいので。』
「…なぜそこまでして俺たちに着いてこようとするんだ?」
『私、自分がどこから来たのか覚えてないんですよ。元の所に帰る手がかりが欲しい。そのためならなんだってする。あなたたちに着いて行けばそれが分かる気がするんです。』
「…無茶苦茶だな。」
そこから黙り込んで何かを考えるブチャラティ。この反応を見ると少しは考えてくれてるらしい。きっと彼のチームには私のような「防御」に特化した人物はいないからなのだろう。
「…なあブチャラティ、本当にこいつをチームに入れるなんてこたあしねえよな?」
ナランチャは恐る恐るといったように問いかける。ブチャラティは怪訝そうな顔をしてこちらを見た。
「…志賀レイ。本当に敵ではないんだな?」
『ええ、もちろん。だって通りすがりの一般人ですから。』
元の世界に帰れるのならば、なんだってする。その言葉を信じてもらえたかはともかく、その覚悟はきっとブチャラティやナランチャにも伝わっているはずだ。
「…よし、いいだろう。俺たちに着いてこい、レイ。どうやら嘘はついてねえみたいだ。しかしもし俺たちに攻撃するような素振りを少しでも見せたらその時はお前を殺す。いいな?」
「おいブチャラティ!正気かよ、こんな怪しい奴をチームに入れるなんてよお!」
「くどいぞナランチャ。話からするにこいつは行く宛てのない孤児だ。一時的に預かって様子を見る。手がかりが見つかり次第すぐに帰すさ。」
「っ、けどよ…。俺は…俺は認めねぇからな!」
絞り出すように言うとナランチャは背を向けて仲間の元へ走って行った。
「すまないな。俺の仲間は新入りにちと厳しい質なんだ。」
『構いませんよ。当然の反応だからね。』
とにもかくにも仮にもチームに入れてもらえたのだ、今はそれだけでも十分すぎる。
「それじゃあ行こう。向こうで俺の仲間たちを紹介する。」
『ええ、よろしくお願いします。』
こうして私の、いや私たちの奇妙な旅は幕を開けたのであった。
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